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『己の心を俺は語りうるか 』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

●学園に咲く華
 地球の姿が違えば、文化は変わる。不知火 楓(la2790)と不知火 仙火(la2785)、二人が越えてやってきた地球は、二人が暮らしてきた地球が歩んだ時間よりさらに四半世紀は進んだ世界だ。魂を手に入れたアンドロイドが世界を当たり前のように闊歩しているし、無茶苦茶なサイズの人工島が洋上を動き回って世界の脅威に対抗している。見るものすべてが不可思議だ。
 しかし、故郷とこの世界には大きな共通点があった。それが久遠ヶ原学園である。世界の脅威に対抗する力を持った少年少女を集め、一般的な教養を修めさせると同時に、手にした力の扱い方について修練を積ませる。それがこの学園の役割であった。
 この世界で仮の日々を過ごす間、楓と仙火は共に久遠ヶ原学園の大学部へ籍を置く事にした。教育機関に潜り込んで、この世界に関する知識を身に着けるため。ライセンサーとして戦う力を磨くため。そして……

 薙刀を構え、楓は正面の対戦相手と向かい合う。紅白の旗が振り下ろされた瞬間、二人は一斉に踏み込んだ。気勢を発し、間合いを盗み合いながら、楓は機を窺う。嘗ての世界で学んだ陰陽道の成果は活かせなくても、父から授けられた厳しい鍛錬の成果は、未だ彼女に沁みついている。
 楓の圧に耐えかね、ついに対戦相手が一歩踏み込んで来る。刹那、楓が動いた。相手が薙刀を振り上げるよりも早く、その篭手に鋭い一撃を加えた。紅の旗が一斉に上がる。
「小手あり」
 少女達はどよめく。この久遠ヶ原なぎなた部の中でも、楓の技量は頭一つ抜けていた。
(……流石だな)
 体育館2階の観戦席。その柵にもたれ掛かって、仙火は楓の試合稽古を眺めていた。中段から八相に構え直し、1本取られて焦る対戦相手へ更にプレッシャーをかけている。こうなったらもう楓には一分の負けもない。
 凛とした気勢と共に、楓は対戦相手の脳天を打ち抜いた。太刀風のように荒々しくも、華のような美しさを秘めた一撃である。
 礼を終え、彼女は面紐を解いて素顔を露わにする。どこか中性的な面立ちは、青年と見紛うほどの端麗さだ。傍に居る女子達が、彼女を見つめて格好いいだの何だのと言っている。
(確かにな)
 仙火の目から見ても、彼女は格好良い。姫若と呼ばれるもさもありなんだ。彼はふと笑みを浮かべると、くるりと踵を返した。
 手拭いで汗を拭い、楓は静かに立ち上がる。振り返ると、体育館を立ち去ろうとする仙火の姿が見えた。派手な柄の裾が翻る。
「仙火……」
 周囲の部員達がひそひそと何か話しているのも構わず、楓は仙火の背中を目で追い続けていた。

 久遠ヶ原学園、中央図書館。あらゆる学部の為の蔵書が収められており、あらゆるニーズに答える事が出来る。仙火はそんな図書館の片隅で、黙って本のページを捲っていた。傍らにはキーボードを取りつけたタブレット。ワープロアプリが起動して、つらつらと文章が書き連ねられていた。提出用のレポートである。
 言語論的転回。我々はごくごく自然に、「This is a pen.」というように、そこに「本物のペンのようなもの」があって、それを形容するために「ペン」という言葉があるのだと考える。しかし、さる哲学者が言うには、例えば「ペン」と「消しゴム」という言葉の違いを知らなければ、我々は「ペンのようなもの」を「ペン」であると認識できないのだ。
 つまり、人類の認識は、全て言語が先に立っている。言語表現をいかに行うかによって、人類の認識は変化する。
(……つまり、ただ『怒る』という言葉しか知らないのと、『激昂する』『失望する』『憤る』……と色々知ってるのとじゃ見える世界は変わるって事か?)
 彼はタブレットに向き直る。派手な柄の服に身を包んで、右に左に女の子を従えているような印象を持たれている彼であったが、そんじょそこらの大学生よりむしろ真面目な学生生活を送っていた。
「やあ仙火。勉強か」
 そんな折、楓がその背後からやってきて、その隣に腰を下ろす。仙火はページを睨みつけながら頷いた。
「意外と講義が重たかったんだ。『文化史について考える』なんて、美術品とか眺めて色々講釈するだけのもんかと思ったんだが……」
「どう見てもそんな雰囲気じゃないね。でも真面目に取り組んでるんだ」
 楓は横からレポートの文面を覗き込む。仙火は僅かに頬を赤らめると、そっとタブレットを引っ込めた。
「やめろよ。そりゃ真面目にはやるさ。受けちまったし、『想像力』の正体について語ってみせよう、なんて息巻いている教授をほったらかしにするなんて悪いだろ」
「いかにも仙火らしいね」
「そりゃどうも」
 彼はタブレットを楓の眼には見えないようにしながらレポートを書き進める。どこか子どもっぽさもあるそんな仕草を見て微笑み、楓はさらに言葉を続けた。
「あと聞いたよ。サークルは結局居合道にしたんだね。あんなに熱心に誘われてたのに」
「剣術の稽古なんて帰ったら幾らでも出来るからな。こっちでも防具着込んで竹刀振るのは少し気分が乗らない」
 いっそ毛色の違うサークルに入ろうかとも思ったが、それぞれが持つ空気に慣れず、結局得物を振る部活に落ち着いたのだった。
「そっちじゃないよ。逮捕術。あの子から一緒にやってみないかと誘われてたじゃないか」
「……どっちにしろ同じだ」
 仙火はふいと顔を背ける。格闘技から近接武器から模擬拳銃まで用いて戦う、非常に実戦的な格闘技、逮捕術。誘い主のスタイルには似合うだろうが、仙火の戦い方にはそれほど合っていなかった。
 囁き声でやり取りしていた二人だったが、どうにも周囲から視線が飛んでくる。二人が振り返ると、いかにも噂好きそうな女子達が彼らの様子をじっと窺っていた。花鳥風月を体現したような、美男美女が並んで座り、顔を近づけ何事かを囁いているのだ。ゴシップのネタにはぴったりである。
 仙火は溜め息をつくと、机に広げたものを一気にまとめた。
「悪い。ちょっと落ち着かねえから、また後でな」
「そうだね。まあ頑張りなよ」
 彼の背中を見送り、楓は小さく手を振るのだった。

●不知火、駆ける
 久遠ヶ原学園の学生には一つの義務がある。最先端の技術や学問を修める代わりに、SALFのライセンサーとして世界のどこかに襲撃してきたナイトメアを討ち果たす義務だ。
 楓と仙火ももちろん例外ではない。コートにSALFの腕章を付け、その他の仲間と共に輸送機に揺られて戦場を目指していた。
『現在襲撃を確認しているのは“ワーグル”です。四肢で歩行し鋭い牙を持つ、昆虫というよりは、むしろ甲殻に包まれた狼のようなナイトメアです。爪と牙の攻撃には注意してください』
 輸送機のハッチが開く。仙火と楓は頷き合うと、一斉に垂れ下がったロープを取って一気に地面へ降り立った。揃って薙刀と刀を抜き、足音を忍ばせ街の中を一気に走った。ビルの陰に隠れて路地の向こうを窺う。彼方から人々の悲鳴が聞こえてくる。仙火は合図を送ると、非常梯子を一気に伝ってバルコニーへと上がる。そのままいくつものバルコニーを伝い、大通りをじっと見下ろした。傷つき倒れた人を爪で踏みつけにして、一体のナイトメアが複眼をぎらつかせて周囲を窺っていた。
「くそっ……」
『どうする。今はまだ気づかれていないようだけど』
「俺が行く。俺にあいつが気を取られてる隙に楓が奇襲をかけろ」
 ビルの陰から様子を窺っていた楓は、それを聞いて小首を傾げる。
『ふむ? 位置取り的には、むしろ仙火の方が奇襲は効果的な気がするけど……』
「それでもだ。行くぞ」
 言うや否や、仙火はいきなりベランダから飛び出した。刀を振り上げ、ナイトメアに向かっていきなり突っ込む。その背中に白い翼の幻影が浮かんだ。
「まずはざっくり、ってな!」
 懐へ飛び込み、仙火はその脳天に刃を振り下ろした。ナイトメアは突然降ってきた一撃に怯む。その隙に仙火は大太刀を振り抜きナイトメアの足下を薙ぎ払った。ナイトメアはごろりと転がるが、素早く立ち上がって仙火へと飛び掛かる。刀を霞に構え、仙火はその爪を受け止めた。
 狼は一回りも二回りも巨大。押し合い圧し合いでは決して勝てない。仙火はくるりくるりと身を翻し、突き出される爪を次々にやり過ごしていく。
(今だ)
 ビルの陰に向かって目配せする。楓は薙刀を脇に構え、滑るように走り出した。彼女もまた忍の一族。猫のようにしなやかに、一切の足音を立てずに忍び寄った。
 仙火が一歩踏み込み、狼の一撃を正面から受け止める。彼はよろめき後退り。狼は好機とみて身を逸らした。その背中が無防備にさらされる。
「隙だらけだよ」
 楓は鋭く突きを繰り出した。甲殻の隙間に刃が食い込み、内側に隠れた柔らかい肉が裂ける。体液がぼたぼたと垂れ、狼はもがき苦しむ。楓は柄を掴んだまましがみつき、狼の背中に飛び乗った。
「一度捉えた獲物、決して逃がしはしないよ」
 楓は薙刀の柄を握りしめたまま深く念じる。EXISの出力を高めて、ゼロ距離でフォースアローを叩き込む。甲殻が砕け、肉が深く抉れた。狼は呻いてその大口を開いた。仙火は素早く態勢を立て直し、再び狼へと踏み込む。
「こいつで終わりだ」
 仙火は身を翻し、狼の口蓋に向かって、柄も通れと刃を突き立てた。蛙を潰したような、断末魔の叫びが辺り一面に響き渡る。仙火が鋭く刃を引き抜くと、狼はぐったりとその場に倒れた。
「じゃあな」
 刀に纏わる体液を払い落し、仙火は刃を鞘に納める。
「他の増援に行こうか」
 彼らは頷き合うと、再び曇天に包まれた街を走り出した。

●交じる思い
 無事に戦いは終わり、命を落とした人、怪我をした人、ナイトメアの死骸が然るべき場所へとそれぞれ回収されていく。そんな姿を二人は遠巻きに眺めていた。
「ねえ、一つ聞いてもいいかな」
 ふと、楓が口を開く。仙火は腕組みしたまま振り返った。
「何だ」
「さっきだよ。僕には、僕が正面に立って狼を押さえている間に、仙火が空から一気に一撃を加えた方がより効果的だったと思えてならないんだ。けれど君は、頑として譲らなかった」
 楓はいかにも不思議そうな顔をしていた。仙火にしても、楓の言う事はもっともと思った。しかしやはり、囮として矢面に立つ事を楓に強いる事など出来なかったのである。
「だってそりゃあ……」
 そこまで言いかけた途端、分からなくなった。楓に対して抱いている感情を、表現する言葉が見つからない。これほどまで楓に傷ついて欲しくない理由を語れない。幼馴染だから? その程度の事なのか? 自分の中にある言葉をあれでもないこれでもないと探ってみても、それが正しい言葉なのか自信が無い。
「楓に怪我されちゃ困る。ただそれだけだ」
 結局単純極まりない事しか言えなかった。忸怩たる顔の仙火に楓はくすりと笑う。
「そうか。怪我されちゃ困る……か。それはね仙火。僕だって同じだよ」
 頬を和らげ、彼女は晴れ間の差した空を見上げた。
「僕だって、仙火に傷ついてもらったら困るんだ。お互い様さ。……だから、君ばかりが気も身も張るなんて、ダメだよ」
 黙ったまま仙火は肩を竦める。



 二人はじっと、隣同士で寄り添い続けていた。

 END


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 楓(la2790)
 不知火 仙火(la2785)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

お二人の学園生活と、その裏で繰り広げられる共闘を……というイメージで書かせて頂きました。一応仙火君は人文科学系かな……と思いつつ(自分もそうだから書きやすかったので)、勉強の様子を書かせて頂きました。(すみません。色々修正させて頂きました。ちょっと疲れていたかも……)

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年06月03日

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