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『波紋と回想 』
小宮 雅春aa4756

 ぱた、ぱた、ぱた。さあああ。

 世界へと零れ落ちる雫に、小宮 雅春(aa4756)は空を見上げた。薄暗く、重たげな雲。少し前の時もこんな感じだった気がする。下を見れば、既にできた水溜りで波紋がいくつも揺らめき、重なって。
 ああでも、と雅春は折り畳み傘を取り出しながら口角を緩ませた。
(今日も『たのしいもの』を見つけに行ってるかな?)
 それは自らの英雄が1人のこと。雨の中でも楽しそうに駆けまわって、雅春にも自分の見つけた『たのしいもの』を見せてくれたことを思いだす。そうそう、あの後自分ともう1人の英雄のためにレインコートを買っても良いと思ったのだった。
(傘も良いんだけどね)
 ふと立ち止まって、目を閉じる。感じるのは湿った水の、雨の匂い。そしてぽつぽつと傘へ当たる雫の音。不揃いなその音はまるで楽器を弾いているかのようで、英雄が耳を澄ましたならこれも『たのしいもの』に入るかもしれない──なんて。
(……いや、でも)
 やっぱり駆け出してしまうかもしれないな、なんて雅春は小さく笑って。再び足を踏み出せば靴先が雨で濡れていく。
 もう梅雨の季節。雨が頻繁に降るのは1月ほどか。じめじめとしたその期間が終わればうだるような暑さがやってくる。
(今度はちゃんと、海遊びを教えてあげないと)
 次に思い出したのは雨の日よりずっと前、今年の2月のこと。慰安用のレクリエーションとして企画されていた海遊びの日だ。……間違いなく、8月ではなく2月である。
 冬だから当然寒くて、けれども初めての海水浴だった英雄は勘違いをしたまま入水。雅春はラッシュパーカーのチャックをしっかりと上げたのだが、如何せんあの寒さはどうにもならなかった。海に吹く風は一段と寒かったのだ。同行者がコンロでお湯を沸かしてくれたため、足湯をして多少は凌げたという程度だろう。
 ちなみにそんな雅春とは対照的に英雄は泳いで、スイカ割りをして、ビーチフラッグ対決をして。2月という寒さをものともせず、海水浴を満喫していたのであった。
(肌が焼ける暑さも、海水の冷たさも……きっと、いつものようにはしゃぐんだろうなぁ)
 冬との違いに驚きながら、目を輝かせながらまた海へと飛び込んでいく姿が脳裏に易々と思い浮かぶ。そしてまたスイカ割りやビーチフラッグ対決をしたがるのかもしれない。前回であれば風邪を心配したが、夏は熱中症の心配をすることになりそうだ。
(ああ、でも。今度はメロンソーダも美味しく飲めそうかな?)
 ひんやり冷やされたメロンソーダ。ビーチフラッグ対決の優勝賞品であった片割れである。先日の海水浴で飲んだら体の外も内も冷たくて仕方なかっただろうが、夏なら丁度良い冷たさに違いない。スイカだって美味しく食べられる事だろう。日が暮れたら海辺で花火も良いかもしれない。
 こんな風にこれからの楽しいことを考えてしまうのは、英雄の影響だろうか。今は共鳴しているわけではないのだけれど。
 以前は、雨の日は家で過ごすものだと思っていた。夏も暑いから、快適な室内で過ごすことが多かったかもしれない。けれど外にもこうして楽しみがあると気づけたのはつい先日の雨の日。そう、英雄がレインコートを着て雅春を外へと誘った日。雨の中で色々なものを見た。
 淡い色の紫陽花。その上で食事中のカタツムリ。波紋の揺れる水溜りを英雄が飛び越えて。
「……あ、」
 視線を落とした先。道端に咲いた紫陽花の影に、小さな生き物の姿を見つけた。ジッと見つめてくるその姿に思わず立ち止まるも、それは──カエルは機敏な動きで草陰へと隠れていってしまう。しゃがんで紫陽花の下を覗いてみるも、残念ながらカエルの姿は既にそこにない。
(……また見られるかな?)
 次にここを通りかかったら、再び居やしないだろうか。そうであれば──元気いっぱいな英雄に見せられるのに。

 ふと、名前を呼ばれて雅春は顔を上げた。反対側から駆けてくる、レインコートを着た小柄な姿。どうやら雅春のお迎えに来たらしい。
 再び視線を紫陽花の下へと向けるが、やはり姿はなかった。生き物なのだから仕方がない。ましてや素早い動きをする動物なら尚更。
 実物を見せる事を諦めた雅春は立ち上がり、今見たものの話をすべく英雄の方へと足を踏み出す。

 ぱた、ぱた、ぱた。その下で傘が1つと、合羽が1つ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 お世話になっております。納品が遅くなり申し訳ございませんでした。小宮 雅春さんのおまかせノベル、お届けいたします。
 他に納品されておりましたノベルとリプレイより、それぞれ要素を持ち込ませて頂きました。お気に召していただけましたら幸いです。
 リテイク等ございましたら、お気軽にお知らせくださいませ。
 この度はご発注ありがとうございました!
おまかせノベル -
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2019年06月03日

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