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『草間興信所に怪しい荷物が届いた後の話。 』
黒・冥月2778

 待て待て待て、と思う。

 草間興信所に届いた怪しい荷物。「中身の入った棺めいた箱」――つまり、人でも入っていそうな大きさ形に重さの箱、と言う事だろう。
 いきなりそんな事を聞かされては何事かと思う。それはまぁ電話の向こう、草間興信所の方でも同様だろうが――今はエヴァ・ペルマネントからの依頼の一環として、ノインの素体の血縁者――の一族情報を調査していた所。そんな中で興信所所長からの連絡を受け、暫定的な結論は出たかと思えた所で、これだ。
 殆ど反射的に思案を巡らせる。「お前また何かやったのか」――別に何をやった覚えも無い。少なくとも“最近は”何者かに恨みを買う様な事をした覚えは無い。
 けれど。





 ――「草間興信所方、黒冥月(2778)様」。





 まぁ、こんな宛名になっているなら、草間が怒鳴るのもわからないでも無い。心当たりは全く無いが、宛名が指し示す相手は間違いなく私だ。

(おい! 聞いてるのか)
「うるさい。騒ぐな」
(……心当たりはあるんだな?)
「ある訳無いだろう」
(嘘吐け。お前はいつ何処で誰にどんな恨みを買ってるかわかったもんじゃないだろうが)
「心外だな。昔ならいざ知らず、どう考えても今は無い」
(……自覚無しか)
「何の自覚だ。……まぁ問答していても埒が明かん。私が帰るまで触るな。可能なら人気のない広い所に運んでおけ」
(おい、爆発でもするってのか)
「知らん。怪しい機械音とかは」
(無いな)
「霊的気配の感知もした方がいい」
 零に頼めるか。
(ああ。……。……妙な感じだそうだ。ただ、危険な感じはしないらしい)
「そうか」

 何にしろ、用心に越した事は無い。
 ひとまずの指示をするだけして、冥月は急ぎ草間興信所に向かう事にする。



 冥月は電話を受けていたその場から影を介しての移動を数回、可能な距離になった時点で草間興信所の応接間へと直接出た。問題の箱はすぐに視界に入る――確かにこれはほぼ棺にしか見えない。
 ……と言うかよくこんな物がしれっと配達されて来たな。そうも思うがまぁ、今から運んで来た配達員当人をすぐ捕まえるのは難しかろうと思うのでさておく。
 それより、当の荷物自体の対処が先だ。

「ひとまず動かさないでおいたが。下手に運び出そうとすると目立つ」
 後はお前の影に任せた。
「賢明だな」
「これ、冥月さんの御荷物じゃないって事は……何なんでしょう?」
「それをこれから調べる、って事だ」

 影内に沈めて検分する――これで万が一爆発したとしても被害は出ない。
 二人も同席しろ。



 影内空間。

 宣言通りに棺めいた箱を沈め、影で内部を走査する。
 中にあったのは――想像通りと言うか、何と言うか。

「……死体か?」

 そうは口に出してみるが、どうも違和感がある。何と言うか、生きていたと思しき形跡も死因の痕跡も見当たらないのだ。端的に言えば、綺麗過ぎる。普通に生きていればどうしたって付くだろう細かい傷や新陳代謝の痕跡と言った経年の証があまりにも無く、何処か作り物めいた無機質な感触がある。
 走査した限りでは、生身だろうとは思うのだが。

「生きてるって事か?」
 死体かどうか疑問と言う事は。
「いや……そうも言えない。よくわからん」
「冥月さんもですか」
「零もか」
 そういえば妙な感じと言っていたそうだが。
「はい。人間らしい霊的な気配だけはあるんですけど……」
 気配の『元』になる物自体は何故か無い、みたいな。
「……例えば魂が抜けてるとかって事か?」
「あっ、そうかもしれません」
「……誰だかは見当付きそうか?」
「そうだな……誰かに似てる気はするんだが……ああ、中の奴は私と同年代の男で全裸だ。因みに結構立派だ」

 何がだ。

「妙な情報を付け加えるな」
 零も居るんだぞ。
「なら隠す算段でも付けておけ。罠らしき物は無い」

 開けるぞ。



 影での走査の通りに、箱の中には人一人……と思しき中肉中背の姿。

 襟足程まである癖の無い真っ直ぐな髪は黒、肌も白い――が、病的と言う感触は全く無いし、逆に赤さが目立つ感じも無い。その筋からは羨まれそうな肌艶である。と言うかその肌自体も妙に見覚えがある気がするのは何故だ。妙な身の近さと言うか、親近感に似た物すらあるかもしれない。
 何らかの形での深い知人かと考え、改めて記憶を探ってみるが――やっぱり心当たりは思い付かない。……直に見ての見た目からの分析継続。色は白いが顔立ちからして恐らくアジア系。目が開いていない以上はっきりした事は言えないが、鼻筋も通っていて唇も薄く、目も切れ長と思われる。
 ……その辺りも何だか妙に見覚えがある気がするのは何故だ。

「あああ、あのこれって……!」
「……おい」
「何だ」
「お前本当に何の心当たりも無いのか。これ報復か何かって事じゃないのか」
「?」

 報復?

「これが何の報復になる?」
「ってお前……! これ歳の近い弟だか兄貴ってとこだろ、違うのか!?」

 何?

「何を言ってる」
「いや……あれ?」

 どうも草間の方は私の態度を見れば見る程何か釈然としなくなって来た様で、返す言葉に迷い始めた。が――報復? 歳の近い弟だか兄? ……つまり私のと言う事か? とかなり間を置いてから気が付き、何の話かと本気で訳がわからなくなる。
 と、そこに――こちらも何故か草間同様釈然としない様子な零が、えっと、どうぞ、と遠慮がちにコンパクト型の手鏡を開いて私に差し出して来た。自然、その鏡面を何となく視界に入れる――思いっきり腑に落ちた。





 ――こいつが誰かに似てるって、私自身か。





 そういう事である。
 自分に似ていれば細かいパーツに身の近さや親近感めいた物も湧くだろう。己の手指なら常日頃当たり前の様に目に入る物だし、肌艶まで無意識の内に認識に入っていておかしくない。
 つまり、これは。

「やられた、速水博士だ」

 少し前、ノインの新しい肉体調達が可能かの思案をしていた折。それが可能かもしれない相手として話にだけ出ていた速水博士――に偶然会える算段が付いたので、駄目元で会いに行ってみたその時の話である。妙に素直に当人に会えたかと思えば髪一筋を所望され、すぐ応じなかったら力尽くで来られそうになったのでそのまま交渉決裂と判断、余計な時間と面倒だけを買う羽目になった……と思っていた。
 あの時、髪一筋に該当するだろう物――即ち、速水博士が欲しただろう私の遺伝情報を与える物は全て拾ったつもりだったが。
 そうでも無かったと言う事か。

「これは博士が作った木偶だ。私が元なら確かに柵はないな」

 目の前のサンプルとの言葉の意味はこれか。
 細かい仕様はわからんが、作ってわざわざ送りつけて来たと言う事は――こちらと違い向こうはアレで交渉成立と受け取っていたのだろう。

「え、それって」
「一応霊的、生体的な罠の確認は必要だが恐らく大丈夫だ。ノインの体に使える筈だ」
「……!」
「しかし奴が私の――と言うか私の遺伝子を元にした、だが――体に入って好き放題するのを見るのはなかなか倒錯的なシチュだな」
「って何の話ですかっ」
「いやいや、つまりはそういう事になるだろう? 私と奴の関係も深まってしまう事になるが、許せよ、零」

 急な話に、目を白黒している零と草間。まさかここに来て完全解決の材料が揃うとは――エヴァの反応も楽しみだ。
 こうなれば関係者を集めて相談し、ノインにも伝えるか。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 いつも御世話になっております。
 今回も続きの発注有難う御座いました。
 そして今回もまた毎度の如くお渡しをお待たせしてしまっております。

 内容ですが、容姿説明詳しく出来たかなー(笑)、と言う辺りがまず気になっております。あと、ちょいちょい脱線し掛けて話が伸び掛けたのですが、内容が内容だったので「続き時に後回しでお願いする」のでは無く文章自体を絞ってみる形にしたのですが、把握し難くなってないと良いのですが。
 もし「荷物を直接届けた配達員」周りが気になる様でしたら、次回にでも突付いてやって下さい(その辺が主な脱線内容)

 また、PL情報としてのいつぞやの「目の前のサンプル」発言について書きそびれてたので追記を。
 実はあの時の速水博士自身が、今回の荷物と同じ工程で作られている木偶になりまして、だから心臓掴まれてもほぼ平然としていたと言う事情があります。「目の前のサンプル」=「速水博士当人」なのでした。

 と、今回はこんなところになりましたが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、次の機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年06月03日

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