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『想いを込めて届けたい 』
鬼塚 小毬ka5959

 眉が吊り上がり、夕陽に似た赤い瞳が真剣な色を帯びる。唇から吐息を零すと、直ぐ真一文字に引き結んだ。それは戦いに赴く際の緊張と決意に揺れ動く様に似ているが、しかし常と違い、左右に輪を描く形に結う長髪は今は後ろに束ねてある。袖をたくし上げる金鹿(ka5959)の前にはテーブルがあって、そして食材や調理器具が載っていた。これから何を行なうかなど自明の理だ。――即ち料理の特訓。
 事の発端は約一週間前に遡る。とあるハンター仲間が一時重体になり、金鹿が知る頃――本部に戻ってきた頃には落ち着いていたものの回復するまで休養を余儀なくされ、見舞いを申し出たのが最初だ。純粋に心配していたし、暇で暇で仕方ない程世話を焼けばそれを嫌がって少しは自分の身を大事にしてくれるのではという思惑もあった。彼がその行為で自分を嫌いにならないだろうとある種の保険の上で成り立つ行ないではあるが、彼が幸せなら後のことは二の次でいいと思うのも本当だ。無茶ばかりするのはそれだけ危険な状況が続いている裏返しで、やむを得ないと割り切っているけれど。しかし、だからといって。
(見舞いに行っても抜け出そうとしているばかりか、まともな食事は久しぶり? 三食栄養機能食……? 一体、どういうことですの?!)
 と、幾らか表情に出てしまっていたかもしれないが、声にしなかっただけ上出来だ。そう自分を褒めたくなる衝撃を受け、そして、こう考えた。自主的にきちんと食事を摂らないのならば、摂る機会を用意すればいい。どの街にも美味しくて値段も程良い店はあるけれど、たまには自宅でゆっくりと楽しむのも悪くない筈。と思いつつもソサエティ職員から療養するよう言われている画しか浮かばないのがまた何とも言えない。嫌な想像を払いのけ、金鹿は一人決心した。こうなれば自ら料理を作って、多く作り過ぎてしまった体で彼の元へ押し付けに行こうと。まずは美味しく感じてもらうのが目標、それで普通の食事の良さに気付いてくれたら万々歳だ。となれば今度は別の人の手料理も食べるのかもしれない――想像すると正直複雑ではある。しかし毎回同じ依頼を受ける訳にもいかず、側に居続けるのも難しいからその辺りは割り切るしかない。というより成功後を懸念している場合ではなかった。
 じっとしていても何も始まらないと綺麗に手洗いし、作業を始めるまではいい。しかしまな板に載せた食材を切るのに矢鱈と時間がかかる。火加減が判らず野菜の表面が焦げてしまう。調味料を減らし過ぎた結果、味がぼやけてしまう――等々。根本的に向いていないという程酷くないが、いつも人様には出せない出来になる。目標が高過ぎるのを抜きにしても金鹿は正真正銘の初心者だった。
「……焦らずにやれば何も問題ありませんわ」
 と言いつつもやっと切り終えた玉葱と芋を鍋に投入する動きは恐る恐るといったふうだ。しかし慎重になり過ぎれば四日前のように狐色を通り越して焦げて、昨日は早めに火を消したら生焼けになり微妙な食感に挫けそうになった。人様に食べさせられないイコール自分で食べるしかないのだ。だからかえってまだ食べられる味なのが厄介になる。依頼で家を出ていたり疲労で余力がなかったりと毎日ではないこと。それと同じ轍は踏んでいないことがモチベーション維持に繋がっている。何よりも食は体の資本で、美味しい料理は心に潤いを齎すと身に沁みて解ったから彼にも同じ気持ちを感じてほしい。出来れば自分の料理で。そんなささやかな願いが金鹿を己との戦いに駆り出していた。幕はまだ上がったばかり。誓いは符術に留まらず、精神面の成長が肝要だ。最早ある意味修行と化している。
「次は牛肉で、その後少ししたら人参と白滝を加えれば良い筈ですわね」
 順番は本によって結構違っているので悩ましいところだ。つい零れそうになる溜め息を飲み込み、気を取り直すと炒めるのを止めてボウルを手に取る。つい声に出してしまうのも不安の表れだが工程は頭に入っており、火元から離れた場所に反省点を書き出したメモも貼っている。やるからには妥協せず努力を惜しまない。
(私は何故このような物まで用意したのでしょう……?)
 と味付けの段になって金鹿は小瓶を手にし首を傾げる。ラベルにはバニラエッセンスの文字が書かれていた。手作りの菓子を贈ろうと試みて用意したものだが、内容量は購入当時から殆ど減っていない。それは横に置いて、多少ロスしつつも冷静にレシピ通りの手順をこなしていった。
「どうもまた……微妙ですわね」
 手を合わせ、頂きますと挨拶してから幾つかの具を口にしてみるがどうもしっくり来ず表情が曇った。世辞抜きで美味しいと言われるかどうかといった具合だ。しかしながら到底納得し得る物ではなく、何が足りないか見当をつける為によく味わってみる。熟考の結果、
(私の記憶が確かならもう少し甘かった筈ですわ。味醂か砂糖がまだ足りていませんの?)
 という結論に至った。金鹿が求める理想は俗に言う“家庭の味”だ。それは当然、実家で母が作っていた数々の料理へ帰結する。符術師として一目を置かれる家ではあるが、家事の多くは余所と同様母が担っていた。反面で家を出る際に勘当のような反対はされなかったものの、独立は先の話だと考えていたようで符術以外の事柄は知識はあるけれど経験はない所謂箱入り娘だった。今は様々な物事を体験し、成長する途中。しかし料理本に実家の味は記載されておらず、独力でも改善しているのは間違いないが、妥協しない前提を踏まえると長期戦を強いられる確率が高い。
(私自身の力のみを試したいと言って出た手前、ケジメとして家に顔を出すのは全てが決着した後にしたいものですけれど……母に調理法を尋ねる文を出すくらいは良いでしょうか)
 それと過保護な兄が煩そうで面倒なのもある。金鹿も近頃は人のことを言えない溺愛っぷりを発揮しているが姉のようだと喜んでくれるので大丈夫だ。いや自分も兄を嫌っているわけではないけれども。ただ手料理を殿方に作ると正直に伝えたら、やれ何処の馬の骨だの目の黒い内は許さない等と興奮する様子がありありと想像出来る。なまじ否定出来ないだけに厄介だと頬の熱を下げるように首を振った。動揺が尾を引き完食後作り直した料理も、
「これでは見た目が少々……」
 一応煮崩れてはいないものの、どうにも食欲をそそらない画に仕上がっている。じゃが芋を掴むと大した手応えもなく箸が入っていき、眉がぎゅっと寄った。更に言うなら材料の配分を間違えたようで、脇役である人参や白滝の主張が強い。一旦食事の手を止め、脇に置いたメモに今日の反省点を付け足し一息ついた。
 彼の故郷はどうか判らないが、金鹿にとっての家庭の味は肉じゃがだ。実際は白ご飯や焼き魚、野菜の和え物なども思い浮かぶものの、こじ付けに使える料理は限られる。そのせいで難度が上がっている感も否めない。後は灸を据えるのは勿論、如何に心配しているかを素直に伝えられるかどうかも課題だ。山程想って口にした言葉でも相手に伝わらなければ何の意味もない。
 買い過ぎた和菓子と一緒に肉じゃがを容器に詰めて再び彼の家を訪ねる日はきっとそう遠くない。その時どんな言葉を交わすのか、自分に何が出来るのかはまだ分からないけれど。ただ喜んでもらえるようにと強く深く願った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
単純に知識がないのと、変に捻るのもどうかなと思ったので
かなり古いベタではありますが肉じゃがをセレクトしてます。
おまかせで書かせて頂いたお話の後日談要素はあんまり
入れられませんでしたが続きを書けてすごく嬉しかったです!
今回も本当にありがとうございました!
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2019年06月03日

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