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『下町エンジニア 』
ハドレー・ヴァインロートla2191

●消えた研究者
 ハドレー・ヴァインロート(la2191)と言えば、かつてはその界隈で名の知らぬ者の無い腕利きの技術者であった。ひたすら高次AI技術、ひいてはそこから意識を手にして目覚めたヴァルキュリアについての研究に明け暮れる彼は、3度の飯より実験が大好きな男であった。
 そんな奴に妻も娘もいるという事実に研究者達は首を傾げたものだったが、結局ある日の事故で彼は全てを失ってしまった。失意のうちに彼は所属していた研究所を去り、その行方をくらました。その事件をきっかけにして得たIMD適性を頼りにSALFに所属したという噂もあったが、それを確かめようとする者もない。かくして、彼は界隈の表舞台からそっと姿を消してしまったのであった。

●下町のエンジニア
 地下鉄駅やバスが通り抜ける大通り。そこに生きる人々は、今日もパリッとした服に身を包み、堂々とオフィス街を行き交っている。ナイトメアの襲撃を凌ぐ傍ら、急成長を遂げた技術を余すことなく享受している。
 しかしながら、そんな都市圏を取り巻く下町は未だ古い技術が人々の生活の基盤となっていた。何世代も前のパソコンが、当たり前のように使われている。テレビもエアコンも何もかも、そこにあるのは既に都市圏では使われなくなったような過去の遺物ばかりであった。
 そんな下町に作業場を構え、ハドレーは暮らしていた。AI制御が当たり前になった現代だが、彼は旧式の電動工具を手に、ジャンク同然の旧式品に向かっていた。
「すみませーん」
 今日もまた誰かが、大きな箱を抱えて作業場にやってきた。ハドレーは古い基盤に目を落としたまま、振り返りもしない。青年は傍のデスクに箱を置くと、困ったように頭を掻く。
「すみません、ヴァインロートさん。お仕事を頼みたいのですが」
「勝手に置いてって欲しいな。置いてってくれれば後で直すから」
 低い声色で彼は呟く。まるで独り言のようだ。青年は小さく肩を竦め、そのまま踵を返して歩き去ってしまう。ハドレーはそんな青年に一顧だにせず、まるで何事もなかったかのように、基盤のはんだ付けを続けていた。
 眉目秀麗、才気溢れる天才と謳われた頃も今や昔、築き上げた社会的地位は投げ捨てて、無精髭によれよれのツナギ姿ではその恵まれた容姿も形無しだ。機械いじりに偏屈なまでに血道を上げるその姿だけが、往年の彼を偲ばせるのだ。
「……ふう」
 彼は溜め息をつくと、のっそりと立ち上がる。入り口近くに取り残された段ボール箱の蓋を、そっと開いた。中に収められていたのは、小さなラジオ。今やタブレット端末で何でも出来るようになった時代、ラジオなんてものは今や表舞台からは姿を消してしまった。彼はラジオを手に取ると、スイッチを入れる。甲高い雑音が作業場を満たした。
「スピーカーがもう駄目になってるかなあ、これは……」
 ハドレーはデスクにラジオを置くと、作業場の隅にまとめられた箱の山に向かう。『ラジオ』と側面に書き抜かれた箱を一つ手に取ると、中からラジオだったものを一つ取り出した。ボタンが欠けたり蓋が取れたり、最早ラジオとしての用を為していない。ハドレーはじっとそのジャンクを見つめる。
「確か、これのスピーカーは生きてたはず……」
 独り言をぶつぶつと呟きながら、彼は再びデスクに向かう。工具箱を引っ張り寄せると、中からドライバーを取り出して素早くラジオをばらし始めた。すっかり古くなってしまったスピーカーを取り外し、ジャンクから取り出したスピーカーを代わりに取り付ける。いわゆる共食い修理。ハドレーは慣れた手つきであっという間に片付けてしまった。
 再びラジオを組み上げると、ハドレーはバッテリーを入れてスイッチを付ける。相変わらずノイズ混じりだが、多少はまともに人間の声が聞こえてきた。
 どこかのアイドルが歌う、ポップなノリのメロディ。その声色を聞いていると、ハドレーはかつていた娘を思い出してしまう。溜め息が口から零れた。普段よりも猫背は酷く、瞳の色も陰っていた。
(あれはいま元気にしているかな)
 研究者としての最後の仕事として作った、娘の写し身たるヴァルキュリア。その姿を思い浮かべながら、彼は古ぼけた椅子にどさりと倒れ込むのだった。

●無気力な昼行灯
 翌昼。様子を見に来た青年は目を丸くした。そこにあったのは、スピーカーが復活し、外装もとりあえず塗り直された一品だ。
「もう直ったんですか! ありがとうございます」
「とりあえずお代はこんな感じだから」
 彼は栄養ゼリーを吸いながら請求書を差し出す。彼のこれまでの功績、能力を考えれば桁一つ安いレベルだったが、着物はツナギ、食べ物は栄養補助食品となれば、普段の生活費にもろくに頓着しないのがハドレーであった。
 請求書を見て目を見張った青年は、小さな支払用の端末を取り出す。ハドレーの差し出したタブレットに端末を翳して支払い完了だ。端末をしまいながら、青年は周囲をぐるりと見渡す。
「しかし、いつも思うんですけど、ヴァインロートさんは何でも直せるくらいの腕があるんですから、こんなところじゃなくて、もっといいところでお仕事をすればいいのに」
 聞いたハドレーは肩を竦める。
「……そうかもね」

 虚ろな目で窓の外を見つめ、彼は小さく嘆息するのだった。

 END



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 ハドレー・ヴァインロート(la2191)

●ライター通信
お初にお目にかかります。影絵企我です。

隠遁したエンジニア……というあたりで色々イメージを膨らませながら書かせて頂きました。
満足いただけましたら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
おまかせノベル -
影絵 企我 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年06月03日

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