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『あの虹を見よ 』
マチルダ・スカルラッティka4172

 雨が、弱く降っていた。マチルダ・スカルラッティ(ka4172)はその日、次の任務に必要だと思われる品物を入手するため、街へ買い出しに出ていた。
「あれっ、思ったより荷物が多くなっちゃった……」
 支払いを済ませ、雑貨屋の店員に荷物をまとめてもらうと、それはなかなかに重量のありそうな包みになっていた。持って帰れなくはないが、雨の中、傘を片手に歩くのかと思うと少し気が滅入る。
 うーん、とマチルダが首をひねっていると、雑貨屋の店主から、あとで届けてあげようか、と申し出があった。ちょうど同じ方向に配達に行く予定があるとのことだ。特に急いで必要な品というわけではなかったし、マチルダは有難くお願いすることにした。
「明日にでも届けてもらえれば充分ですから!」
 マチルダは雑貨屋にそう言い置いて、店を出た。ごく弱くではあったけれど、雨はまだ降っていた。
「ずいぶん雲が薄くなってる……、きっとそろそろ上がるね」
 マチルダは傘をさしつつ、空を見上げて呟いた。空についてはかなり詳しくなったと思う。もともと興味はある分野だったのだけれど、ここ数年、積極的に学ぶ機会を多く得ていたせいであることは間違いない。
「ん……、上がってきた……。あ、あれはもしかして」
 マチルダは、雲の切れ間から光が差し込んで筋をつくっているところがあることに気がついた。
「あそこ、きっと虹が出る……! しかも、あの光の感じ……、かなり大きな虹になるはず……!」
 マチルダはパッと顔を輝かせ、そして、急に慌ただしく動き始めた周囲を見回した。雨が上がったとなって、多くの店が外に陳列台を出し始めたからだ。誰も、頭上の虹の気配に気がつく様子はない。
 どうしようかな、とマチルダは少し頭を傾けて考えた。街中で見る虹も悪くはないけれど、折角だからどこかもっと開けた場所で見たいという気持ちもある。
「確か、この道を抜けた先に小さな公園があったはず……!」
 傘を畳み、マチルダは雨上がりの道を小走りに駆けた。



 公園は、閑散としていた。つい先ほどまで雨が降っていたのだから当然と言えば当然なのだが。虹はまだ、しっかりとした色を形成していない。間に合った、とマチルダは弾む息を整えながら微笑んだ。
 小さな公園だった。ベンチがいくつかと、滑り台しかない。初めて来たはずの場所だけれど、マチルダはなぜか少し懐かしさを感じた。ふふ、と柔らかく微笑んで、公園の中央に堂々と立つ滑り台に駆け寄り、小さな階段に足をかけて上までのぼった。
 滑り台の上から見上げる空は、遮るものが何もなく、広々としていた。雲間から差し込む光の筋が、少しずつ色を帯びてゆくのを、マチルダは特等席で眺める。
「赤、橙、黄……」
 マチルダはあらわれた色を呟きながら数えた。虹の色は五色だとも七色だとも言われる。七色が綺麗に見分けられるくらいはっきり見える虹は、そうはない。
 きっと、虹の色のあらわれ方にも何か条件があって、それを満たしていなければならないのだろう、とマチルダは考えた。空に親しむ機会が増えたとはいえ、まだまだ知らないことは多い。ちょっと調べてみようかな、などと考えて。
「いけない、いけない、折角の虹なのに」
 マチルダは首を振って一旦、考えを追い払った。何か気になることがあると、すぐ考え込んでしまうのは探究心旺盛な魔術師にありがちな癖だ。マチルダは自分だけでなく、知り合いにも数名、そうした魔術師がいることを思って、くすり、と笑った。
 そんなマチルダの笑顔に、まるで返事をするようにして、虹が輝きを増した。
「ああ……、やっぱり思った通り! なんて立派な虹!」
 マチルダは虹に負けないくらい、両目を輝かせた。胸の中が、幸福感でいっぱいになってゆく。なんて綺麗なのだろう、と思う。綺麗なばかりではない、とても神秘的だ。虹の出現には様々な条件があり、それを満たしているがゆえに空に架っているのだと、そんな理屈を理解しているマチルダでさえ「魔法みたいだ」と思ってしまうほどだ。
 そして、この綺麗な七色の架け橋は、時間が経てば儚くも消えてしまうのだ。美しいものの命ほど儚い、という言葉を、マチルダはぼんやり思い出していた。
 そう、そうだ、消えてしまうのだ、虹は。
 マチルダは、ハッとして、空から地上に視線を下げた。道をゆく人々は、誰もが忙しそうで、自分たちの頭上にこんなにも綺麗な虹が出ているということを少しも気が付いている様子がない。
 虹をひとりじめしている、と思うとそれはそれで少し優越感を抱かなくもないけれど、この空の芸術をマチルダしか見ていないなんて、それはあまりにも勿体ない。
 よし、とマチルダは気合を入れるように呟いて、満面の笑みになった。そして。
「ねえー!! 見てー!! 空に大きな虹が出てるの!!」
 滑り台の上から、見知らぬ人々に向かって、大声で叫んだ。そして、その声を聞いて空を見上げた人々が、マチルダと同じような、満面の笑みになっていくのを、虹を見ているときと同じくらいの幸福感で眺めたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
わたくしの中で、マチルダさんといえば、空の研究に熱心になってくださる、という印象でございまして。
そのためどうしても、空にまつわるお話を書かせていただきたく思いました。
楽しんでいただけたなら、大変嬉しく思います。
この度は誠に、ありがとうございました。
おまかせノベル -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年06月04日

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