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『高貴と情熱、それから 』
神取 アウィンla3388

 SALFに籍を置いてからもアウィン・ノルデン(la3388)の生活にさして変化はない。無論、放浪者といえども時間には抗えず、鮪の如く働き続けようが睡眠という足枷もある。元々バイト三昧のところに新たな仕事――自由意思だが拘束時間もまちまちだ――が加わればシフトの変更を申し出たり、辞めざるを得ない場合もあった。幸いにも人工知能なるものが発展していても人手が求められる業種は意外と多く、ジャンルに拘らず様々なバイトをこなし続けていても未体験のものも数知れず。とにかく働き通しで空いた時間に読むのも無料求人情報誌であるアウィンが得る知識の大半は仕事仲間との何気ない雑談が元となっていた。といっても興味を持つことは滅多にないが。
 ――どういう感じかって……そういう感じじゃない?
 言って、それなりに親しいので気にならないものの、不躾にこちらを指すのはバイト仲間である女子大生だった。居酒屋での同僚は男女共に大学生という身分の者が多く、歳も然程変わらないので初対面の印象さえ打ち砕ければ気易いらしい。ぎこちなさが抜けると十中八九もっと冷たい人だと思った、なんか近寄り難かったなどと言われるので、それを指しているのだろう。この同僚も最初は余所余所しかったが、今では賄い料理も対面で食べるようになった。普段は他の面々と話しているのに時折思い出したようにアウィンへ水を向けてくる。何か日常の不満を聞き、率直に意見を述べるのが殆どだがその日は違い。だから尚のこと印象に残ったのだろう。
 女子大生が指し示したのはアウィンの瞳だった。そして話の種に振ってきたのは同じ名前の宝石があるということだ。アウィンは鉱物名であり宝石としてはアウイナイトと呼ばれているだとか、ドイツという国の一地方でしか採れない等の雑学を交えつつ面白い偶然もあるねと笑う。放浪者と知っているが故の台詞だ。自身も偶然の一致に驚いて、だから興味を抱いて訊いた。どういう宝石なんだ、と。そうして返ってきたのが先程の反応だ。
 ふと何かに興味を惹かれることはあっても、大抵は慌ただしい日々に押し流されて忘れてしまう。しかし今回は心の片隅に残っていたのだろう。明朝に任務を控え、居酒屋も夜間警備もシフトを入れていないタイミングで見慣れた筈の街にたまたま、これまで意識していなかったパワーストーンの店の看板が目に入る。先日の話が脳裏に過れば、アウィンの足は自然とそちらへと向いた。通りがかっただけで手持ちの金は高が知れているし、希少な石と言っていたから足りない可能性もある。そもそも買いたいと思う程の関心ではないのだ。ただ一度だけ実物を見てみたい。
 言葉の響きから神秘的な雰囲気を想像していたが、特に敷居の高くないカジュアルなアクセサリーショップといった感じだ。違う点を挙げるとするならば、中央のテーブルに剥き出しの鉱石が所狭しと並べられていることだろう。色もピンクや紫に緑と無い色を探す方が難しそうだ。長身を少し屈めてラベルを確認し、アウイナイトを探すが見つからず。暫くして他の客が何故か距離を取るので目立ったらしく店員に声をかけられた。目が合えば柔らかい声音で何をお探しでしょうかと訊かれる。姿勢を正すと、
「アウイナイトを探しているのだが、こちらには置いていないだろうか?」
 尋ねると店員はあぁ、と一人頷いた後、レアストーンですが丁度ありますよと出入口とは逆の方向に回った。後をついていけば手のひらを向けて示される。石の入った小瓶の後ろには吹き出しや下線で強調されたポップが貼られている。買えるのは今だけと煽り文句付きで。
 それは他と比べて小振りで数も少ないが晴天というよりかは澄んだ海を思わせる青い宝石だった。鮮やかさに目を細めて、毎日鏡越しに見ている自分の眼と同じだと言われると、どうも浮き足立つような居心地の悪さを感じる。どちらかといえば母の瞳に近い気がした。アウィンの目や髪の色は母親譲りだ。顔立ちも男女の差異はあれど一目で親子と分かる程似ている。
 希少なだけあり値段も高めだ。天然モノは更に貴重で、と話す店員は一旦離れて戻ってくると指輪やネックレスに加工された物も見せてくれる。働くのが目的なので贅沢とは縁遠いアウィンだ。放浪者の中ではそこそこ金はある方だが、それでもついバイト代や生活費と比較し価格に衝撃を受ける。表情の変化としては微かに目が見開かれた程度に留まったが。ズレていない眼鏡の位置を無意味に直しつつ、ケースを受け取りそれを眺める。
(指輪か)
 石の美しさから目を背けるようにアウィンの思考を占めたのは自身が元いた世界で成し遂げられなかったこと――異母兄の婚儀と、そして代用品である自分がいなくなってしまったことへの罪の意識だった。母は後妻で庶民の出であり、更にいえば他界した前妻の侍女として仕えていた経歴を持つ。聞こえないとでも思っていたのだろうか、家に出入りする者の兄と比較する言葉を耳にしたことは一度や二度ではきかない。性格や勉強、礼儀作法。成長してからは話術に他の領主や領土に関する知識と、次期領主としての才覚を評価される。
(……初めから俺が領主になることなど有り得ないというのに)
 代用品が必要とされる事態に陥らなければ、自分がいなくてもノルデンの家は回る。仲は良好なので母だけでなく兄も父も心配してくれるだろうが。最初に放浪者の存在が確認されて三十四年。友好的関係を築くのに時間がかかったのを考慮しても未だ帰還する術が確立されていないのは焦ったく、しかしながら戦況が好転すればそれを研究する余力が出来、一気に解決するのではないかとも思う。
 例えば、任務で一定の戦果を挙げれば元の世界へ優先し帰還する許可を与えられる。というなら世間的には反発が起こりそうだが自分は望むところだとライセンサー一本に絞って活動していたかもしれない。しかし帰る宛てがない現状、目標は特になく、何事にも努力は欠かさないが、何を目指せばいいのか見えずにいる。大きな争い事のない世界で生まれ育ったが鍛錬をし続けたのが今に活かされているので、前は見えずともひた走る他に道はないだろう。
 似たような色合いの物を並べている為、ラピスラズリとユークレースがアウイナイトの隣に並ぶ。どちらも綺麗だが、アウィンにはアウイナイトよりもユークレースの方が綺麗に見えた。
 ――それで、宝石言葉というものがあって。
 思考に耽っている間も熱心に話していたのを聞き流しつつあったが、その言葉は何故か意識に引っかかった。店員は本当に宝石が好きなようで、微笑みながら指折り数える。高貴と情熱、それから。
「……過去との決別」
 鸚鵡返しに店員も頷き返す。何も過去の物事全てを指すのではなく失敗やしがらみといったマイナスの感情に対しての決別だという。きっと今の自分には必要なものだ。そして家名も家系も無関係なこの世界でしか出来ないことでもある。藍宝石の瞳を瞼に覆い隠して、そっと息を吐き出す。背筋は正したまま、少しだけ力が抜けた。張っていた肩肘が痛む。
「――こちらを頂きたいのだが」
 言ってアウィンが手に取ったのは小瓶に入ったアウイナイトだ。アクセサリーと比べて荒削りで、だが美しさもこの世界の人々が与えた意味も変わらない。だから今の自分にはこれで充分だと、そう思えた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
お兄さんに対する劣等感は地球に来ても消えたわけではなく、
だから元の世界のことに関しては暗めなところがありますが、
何も見えなくても前に進もうとする気持ちの強さもあると思いました。
働き続けていることがいつかアウィンさん自身の為になるような、
そんな変化への第一歩になればいいなと勝手に願いつつ。
元の世界での石の扱いと比較して〜とかも入れたかったんですが
どうにも尺が足りなくて無念です。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年06月04日

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