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『偽りの水鏡(1) 』
白鳥・瑞科8402

 カツカツと音をたてながら歩くその足に、迷いはない。ストッキングに包まれた足に履かれたヒールが地を叩く音が、風音に混じり心地の良いセッションを奏でる。先日降った雨の跡を器用に避けながら、白鳥・瑞科(8402)はただ一心に目的の場所を目指していた。
 仕事を終えたばかりだというのに、彼女の顔に疲労の色はない。なにせ、彼女の本当の仕事はこれからなのだ。先程まで行っていたのは、世間の目を欺くための表向きの仕事に過ぎない。
 瑞科が辿り着いたのは、とある教会だった。教会であり、「教会」だ。瑞科の所属している秘密組織の本拠地が、その教会の中には隠されている。
 慣れた足取りで彼女は奥へと進み、上司である神父のいる部屋の扉をノックするのであった。

 ◆

 人類に仇なす魑魅魍魎の類や組織をせん滅する事を主な目的としている組織、「教会」
 組織の優秀な武装審問官である瑞科は、神父から今回の任務について話を聞いた後、何かを考えるように眉根を寄せた。
 近頃、この街では罪なき市民が何者かに襲われる事件が立て続けに起こっている。何者か、という曖昧な表現になってしまうのには理由があった。事件の目撃者は何人かいるが、人によって証言が違い、怪物の正確な形が分からないのだ。
 ただ一つ分かるのは、それが人ならざる力を持っている存在……異形であるという点だけであった。
 正体が分からないのだから、その強さもどれほどのレベルなのかは不明である。それはすなわち、この任務がどれほど危険なものかも分からない、という事だ。
 だが、神父から任務の内容を告げられた瑞科は迷う事なく、頷く。
 穏やかな笑みを浮かべる瑞科の事を気遣う神父に、「問題ありませんわ」と言い切り、彼女は資料を読み進めていった。
 被害者の怪我の様子から同一の怪物が起こしている事件だと推測はしているが、ターゲットが現れる場所も時刻も決まってはいなかった。瑞科が敵の出現した近辺に向かったとしても、徒労に終わってしまうかもしれない。その事についても、神父はどうやら気がかりに思っているようだ。
「いいえ、ターゲットは今日、必ず現れるに違いありませんわ」
 資料を見ていた瑞科が、不意にそう呟いた。思わず聞き返してしまう神父に、聖女はやはり穏やかな笑みを返す。
 しかし、その瞳は常の穏やかさを持っていながらも、悪に対する怒りの色も宿していた。
「水ですわ」
 瑞科の声が、それこそ水滴が水面を作るかのように室内にポツリと落とされる。透き通ったその声音には、どこか確信めいた響きがあった。
「今までの動きを見るに、ターゲットが現れるのは水場の付近が多いですわ。水場以外にも時々姿を見せているようですけれど、それは決まって雨の降った日や、その翌日ばかり……一定以上の水がないと、恐らく存在出来ない怪物なのでしょうね」
 数々の任務をこなしてきた経験、そして育まれた知識から、瑞科は冷静にターゲットについて予測する。暗闇に光が差していくように、瑞科の言葉が徐々に敵の正体を暴いていった。
「恐らく、これは水に取り憑いた怪異。いいえ、水のフリをした怪異、なのかもしれませんわね」
 少ない資料からそこまで予想した瑞科の言葉を聞き、神父は思わず感嘆の息を吐く。瑞科は資料から顔を上げ神父と視線を合わせると、その麗しい唇で言葉の続きを紡いでいった。
 その表情は自信に満ちあふれており、神父の心に安堵の火を灯す。
「奇しくも――昨日は、雨でしたわね」
 水気が多く、任務を行うのに最適な日だ。

 ◆

 黒のラバースーツが、瑞科の肌を優しく撫でる。首から下を覆うように彼女の身体へと張り付いた衣服は、聖女の忠実な信者だとでも言うかのように彼女の身体を忠実になぞっている。
 彼女の魅惑的なボディラインを崩す事のないその夜の色をした戦闘服の上に纏うのは、彼女が着るに相応しい服、修道服だ。深いスリットが両脇に入っており、聖女が動くたびにその魅惑的な脚が覗く。太腿に食い込むニーソックスが、彼女の脚を彩っていた。
 細い腰には薄いながらも特殊な鉄の入ったコルセットがつけられており、一層彼女の身体を魅惑的なものにしていた。窓から入ってくる風が、彼女のつけた純白のヴェールを揺らす。その肩にかけられたケープもまた、彼女の心の内を現しているかのような白。
 ロンググローブの装着された手で、瑞科は慣れた手付きで着替えを進めていった。
 仕上げに足には、膝まであるロングブーツを履く。修道服……否、戦闘服を身にまとった瑞科は最後に全身鏡でその姿を確認し、満足げに笑みを浮かべた。
 この衣服は衝撃に耐えられる最先端の素材で作られており、その瑞科に似合った見た目もさる事ながら、戦場においては聖女を守る絶対的な防具となる。最も、敵の攻撃を瑞科が受けた事など今まで一度もないのだが。そう、ただの一度も。
 けれど、彼女が油断する事はない。優秀な瑞科だからこそ、与えられる任務は危険なものが多かった。今回の任務も、瑞科の予想通りなら一筋縄ではいかない相手と対峙する事となる。
(水……という事は、一定の姿を持たぬ怪物ですわね。少しは楽しませていただきたいものですわ)
 戦場に向かう彼女が浮かべたのは、まだ見ぬ強敵と戦える事に、どこか期待するような笑みだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月06日

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