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『偽りの水鏡(2) 』
白鳥・瑞科8402

 水の流れる音がする。昨夜降った雨の名残は、まだ街の至るところに散見されていた。
 濡れて危険なため遊具が使えないせいか、水たまりが点々と存在しているその公園に人けはない。いるのは、たった一人の女だけだ。
 隠しきれない気品に溢れ、優雅さを感じる足取りで歩いている彼女の姿を見て、水たまりに擬態していた怪物は人知れずに笑う。
 周囲の水が、この世の理に反するように宙へとその身を踊らせた。やがてそれは意思を持つかのように一つの箇所へと集まり、巨大な凶器へと姿を変える。そして、女……白鳥・瑞科(8402)の背後へと、はい寄るのだ。
 襲撃者は水音に身を隠しながら、その後姿だけでも人を魅了する彼女の背中へと狙いを定めた。ふわりと揺れる茶色のロングヘアが、怪物にはこちらを手招いているかのように思えてならないのだろう。まるで歓喜するかのように、水面が揺れる。豊満でありながらもスレンダーな身体を持つ彼女に、容赦なく魔の手は襲いかかった。
 ――しかし、その手が彼女に届く事はなかった。
 次の瞬間、瑞科は音もなく姿を消していたのだ。周囲の者の視線を否でも応でもさらう可憐な彼女の姿を、見失えるはずがない。だが、確かに瑞科の姿はまるで幻だったかのようにかき消えているのであった。
 怪物の身体が、動揺を表すかのように揺れる。見失ってしまった獲物を探し、怪物は辺りの様子を伺った。前方にも、後方にも人の姿はない。瑞科がここに居たという証拠は、華やかな残り香だけしか存在しなかった。
 名残惜しいながらも、次の獲物を待つ事に決めた怪物は再び水たまりの姿へと擬態しようとする。
 刹那、何かが宙へと走った。光が差すように鋭い一撃が、怪物に叩き込まれる。
 水飛沫が上がり、怪物は霧散した。それは怪物の意思によるものではない。受けた衝撃に対する、悲鳴の代わりのようなものだった。
 突然、空から降ってきた何者かが、怪物の身体を鋭い剣で切り裂いたのだ。くすり、とその剣を持つ影は微笑む。人を夢中にさせる扇情的な姿の修道女が、近くへと華麗に着地してみせた。
「教会」屈指の実力を持つ戦闘シスター、白鳥・瑞科がそこには立っている。
 敵の奇襲を、瑞科は跳躍する事で避けていたのだ。そして、天使のように舞い降りると同時に、重力を味方につけた強烈な一撃を敵へと叩き込んだのである。
「やはり、ただの水ではありませんわね。水に取り憑いているというより、水に似た怪物かしら」
 瞬時に相手と距離を取り、敵の反撃を避けながらも瑞科は冷静に分析をする。感触は水そのものだが、確かに相手へとダメージは通っているらしい。瑞科の攻撃に、時折怪物は怯えるようにその身体を震わせていた。
 恐らく、怪物は水とよく似たその姿を隠すために、わざと水気の多い日を選んで人々を襲っていたのだろう。
「狡猾ですわね。罪なき者を傷つけてきた事、悔い改めなさいませ。これ以上の悪事は許しませんわ」
 剣を振るう瑞科の追撃が、怪物に叩き込まれた。敵はようやく、今日の獲物がただの獲物ではない事を悟る。
 怪物はその姿を、竜のような形へと変えた。水で出来たドラゴンが、その鋭い爪で瑞科の事を狙う。ナイフよりも鋭いその攻撃が、聖女へと襲いかかった。
 しかし、戦場を自由に駆ける彼女を異形の無遠慮な手がとらえる事は叶わない。軽々と瑞科は、相手の攻撃を避けてみせる。もちろん、その合間に敵へと攻撃を加える事も忘れない。聖女の振るう剣の切っ先が、敵を苛む華麗な軌跡を宙へと描いた。
 鮮やかな瑞科の連撃に、怪物は再び形を変える。瞬時に蛇のように姿になった怪物は、その身体を伸ばして駆ける聖女の後を追った。
「遅いですわ!」
 しかし、彼女の速さには追いつけない。次々に姿を変え、形を変え、瑞科の弱点をつける凶器を探しているかのように怪物は多彩な攻撃を繰り出す。
 それでも、雫一つすら、彼女に届く事はないのである。戦いながらも、瑞科は足元に無数に存在する水たまりすらも避けていた。その身体を汚す事は、水滴一つであろうとも許されてはいないのだ。
 不意に、周囲の空気が変わった事に瑞科は気付く。怪物は一度霧散し、そして再び姿を変えた。
 その姿を見て、どこか納得するように聖女は笑みを深める。
「あなたは、そうやって強い者の姿を真似てきたのですわね。だとしたら、あなたがその姿をとるのは必然……と言えるかもしれませんわ」
 怪物が知っている者の中で最も強い者。それは、今相手が対峙している瑞科に他ならない。
 水の怪物は、魅惑に溢れた聖女の姿をなぞるように真似る。瑞科の見つめる先、水で出来たもう一人の白鳥・瑞科……彼女の姿を真似た、水の怪物が立ちふさがっていた。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月06日

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