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『スターダムへ登れ 』
春月aa4200)&レイオンaa4200hero001

●ダンス少女の夢
 その戦いは絶望との戦いであった。エージェントは希望を捨てず戦い抜き、遂に王は倒れた。幾つかの“些細な問題”は未だ残しつつも、人類は平和を手にする事が出来たのである。それまでは戦いに明け暮れていたエージェント達も、遂に平和への道を歩き出す事になった。
 天涯孤独の身ながら能天気に前向きに生きてきた少女、春月(aa4200)もまたその一人。戦乱の中、懐に温め続けてきた夢へ向かって邁進する時が来たのである。

●スターダム目指して
 都内の外れにあるアパート。春月は軽やかな足取りで階段を駆け登り、自らの暮らす部屋の扉を力強く押し開いた。
「レイオン!」
 靴を脱ぐのももどかしく、土間にばらばらと転がしたまま春月は居間へと飛び込んだ。その場でステップを踏みながら、春月はキッチンに立つレイオン(aa4200hero001)の背中に歩み寄っていく。その手には一枚の紙が握られていた。
「レイオン、見てよこれ!」
「まずは部屋で踊るのを止めて。下まで響いたら迷惑だよ」
 振り返ったが、春月は結局踊るのを止めていない。抜き足差し足、全く音を立てずに踊っている。ステップにターンを決めながら、春月は得意げに笑う。
「シノビダンスなら大丈夫だよー」
「そういう問題じゃ……まあいいや。で、何を見ろって?」
「これ!」
 春月はびしりと一枚の紙を差し出す。それはH.O.P.E.芸能課のバックダンサー募集要項だった。彼女はなおも無音ダンスを続けたまま、意気込んで語り始める。
「H.O.P.E.のエージェントになってから! うちは今まで任務でお金を稼ぎながら本格的なダンスを学んできた! そして今遂に! うちの磨き上げてきたダンスの実力を試す時が来たってわけよ!」
 ロックダンスを披露しつつ、春月はそっとレイオンへ手を差し伸べる。彼は苦笑しながらその手をスルーする。自分まで踊る気にはなれなかった。器用な春月と違って、レイオンが踊れば確実に下の住人から怒りの突き上げを喰らう事になるだろう。
「なるほどね。それで今日からもう張り切ってるんだ」
「もちろん。どんなダンスにも応えられるようにしておかないとさ」
 かっくり肩を落としつつ、春月はまた一人だけで踊り始める。レイオンは彼女の溌溂とした動きをじっと見つめた。これからもきっと、こうして自分は春月のダンスの一番の観客であり続けるのだろう。誓約通りに。
 レイオンは頬を緩めると、静かにキッチンへと戻った。今日はカレーである。これくらいは春月にも作ってもらいたかったが、彼女はやっぱりダンスに夢中。
(料理の練習はまた今度……かな)
 小皿にカレーを一掬い、レイオンはそっと啜った。

●春月のダンス
 数日後、レイオンは野外のライブ会場にいた。隅っこの席に座って、H.O.P.E.のエージェント系アイドル達のパフォーマンスを眺めている。その手にはライブのプログラムがしっかりと握られていた。
(春月の出番は次か……)
 春月が昼夜分かたずダンスの練習に明け暮れていた姿はしっかりと見ていた。おバカなところはあるが、ダンスにかけて他人に譲るところは無い。必ず成功させるはず。そうは思っていても、万が一を考えてしまう。子を見守る親のような、妹を見守る兄のような目でレイオンはステージを見つめていた。
 MCのナレーションと共に、観客達がどっと歓声を上げる。赤と青、派手な衣装をまとった二人組のアイドルがマイクを手に飛び出し、顔に似合わぬロックでハードな曲を歌い始めた。その背後、バックダンサーズの中に春月がいた。
(頑張れ……!)
 半ば祈るような気持ちでレイオンは春月の姿を見守る。レザー生地の派手な衣装に身を包んだ春月は、いつもの笑みを弾けさせ、ダンサー達のセンターで堂々とダンスを披露している。普段市井やレッスン場で踊っている時と変わらない。ただダンスが好きで、それを見て貰いたいから、彼女はひたすらに踊っているのだ。
 アイドル達の歌、春月のダンスパフォーマンスに合わせて、観客の熱も上がっていく。気付けば、レイオンすらも片脚で節を取っていた。
(すごいな。……春月は、本当に踊りが上手なんだね)
 この世界に現れた時から、レイオンはずっと春月の踊りに目を奪われてきた。今や、この場にいるあらゆる人々が春月の踊りに目を奪われている。イロハのイも知らぬまま、気の向くままに踊るだけだった彼女が、基礎を叩き込まれた事で誰をも魅了するダンスを披露するまでになっていたのである。
 そんな彼女の成長を何処か寂しく思いつつ、彼はじっとダンスを見つめていた。

 しかし、そんな平和な一時はけたたましく響き渡るサイレンによっていきなり断ち切られた。ステージ上のアイドルは歌を止め、気色を変えてじっと周囲を窺っていた。
『次元断層を確認。付近にイントルージョナーが出現します。H.O.P.E.職員の誘導に従って、直ちに避難してください。エージェントの皆さんは、直ちにイントルージョナーへの対応をお願いします』
「こんなときに……」
 レイオンは溜め息をつく。王に勝ち、平和を手に入れてもまだ戦いは終わったわけではなかった。勿論、王や愚神十三騎なんかに比べればその脅威度はすこぶる低い。しかし、放置も出来ないのだ。騒がしくなったステージや会場を駆け抜け、レイオンはステージの上に飛び乗る。
「あー、もう! ちょいとちょいと! やるせねえことしやがるもんだい! 今いいとこだったじゃねえか!?」
 どこで聞き学んできたのか、江戸弁のような言葉遣いで春月は何処にいるとも知れないイントルージョナーを罵っている。レイオンはそんな春月に駆け寄った。
「文句を言っている場合じゃないよ。まずはこの場を何とかしないと」
「しゃーないねえ。いっちょうやるかい!」
 レイオンの差し出した手を春月が取ると、二人の姿は一瞬にして融け合った。

●自分に出来る仕事を
 共鳴した途端、春月は金髪碧眼に変身する。片刃の長剣を背負い、春月はその場でまごついている少年少女に駆け寄っていく。
「大丈夫だから落ち着きな! 今からうちがついててやるから。イントルージョナーが来たって安心だい! ほらこっち!」
 春月は彼らを手招きし、職員達が作る避難の列へと彼らを導いていく。会場の奥では、出現した獣とエージェント達が対峙していた。周囲を嚇す咆哮が、春月たちのところまで響き渡った。
 聞いた瞬間、春月は背中の剣に手を掛け、ふっと息を吐き出す。エージェントになったからといって、誰もが好戦的に振舞えるわけではない。春月はどうしたって戦いが怖かった。
 けれど、だからこそ化け物に対峙する人々の恐怖感はよくわかる。春月は少女の肩をそっと叩いた。
「怖いよな。でもびくびくして動かなかったら、あいつらも上手く戦えねえんだ。きっちり避難するのがエージェントに協力するって事なのよ」
 どこからともなく、翼を広げた巨大な蝙蝠が飛び掛かってくる。少女は悲鳴を上げた。春月は歯を食いしばると、剣を抜き放ってその突進を受け止める。
「こういうことだ! ほら、行った行った!」
 春月は手をひらひらさせ、少女達を追い払う。彼らは顔を見合わせると、ばたばたと走って避難の列へと紛れて消えた。
『大丈夫かい、春月』
「こうなっちまったらしゃーないさ。やってやるよ」
 言い放つと、春月は蝙蝠と向かい合う。蝙蝠はバタバタと羽ばたき、その度に激しい風が春月に襲い掛かった。何とか足を踏ん張って、春月は蝙蝠に向かって一歩踏み込んだ。上から下へ、ぶんと剣を振り下ろす。蝙蝠は浮き上がってふわりと躱した。そのまま蝙蝠は急降下、春月を蹴りつけようとする。
「そんなの!」
 春月はサイドステップ、ターンを繰り返してその爪を素早く躱した。そのまま背後に回り込むと、足音を忍ばせ間合いを詰める。
「これが、シノビダンスの神髄ってんだ!」
 忍び寄る春月に、一瞬蝙蝠は反応が遅れた。その隙に春月は、力一杯に剣を振り下ろした。素人同然の太刀筋だが、脳天に当たれば関係ない。鈍い音と共に、蝙蝠は白目を剥いてその場に倒れた。
「……はっはぁ。それでおわりなのかい?」
 剣を構え直し、じっと蝙蝠を見据える春月。しかし蝙蝠は倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。

●天真爛漫
 かくして、エージェントの活躍によりイントルージョナーは鎮圧された。討伐された個体も捕獲された個体も、纏めて檻に放り込まれて運び出される。だが、平穏が戻ってきても観客までも戻ってこなかった。
 共鳴を解いた春月は、ステージに腰かけてがっくりと頭を垂れる。
「ライブは中止……中止かぁ……良いとこだったのに……」
『運が悪かった、かな。まだまだ大変な事は山積みって事なんだね……』
 レイオンには微笑みかけてやるくらいしか出来なかった。春月は頬杖ついてぶつぶつと呟き続けていたが、やがて跳び上がって彼女はステージに立った。
「もうしょうがない! 客は居なくてもステージには立てる! だから踊る!」
 そう春月は宣言すると、ステージの真ん中に立って軽快に踊りだした。
「これがマグロダンス! 踊り続けないと死んじゃうのよ!」
『春月……』
 ノリに任せた叫びに、レイオンはやっぱり苦笑する。しかし、彼女が夢中で踊り続けている間に、戦いを終えたエージェント達がステージに集まり、次々にジャンルを変える春月のダンスをじっと見つめ始めた。
「いーぞー! もっともっと!」
 誰かがこういって囃し始める。
「オッケー! こんなダンスだって出来ちゃうんだから!」
 春月もそう言って、見様見真似のブレイクダンスを始める。そんな事をしている間に、エージェントの人だかりに気付いた人々が一人、また一人とステージに集まり始めた。10分も踊っていたら、いつの間にやら小さなライブくらいの人数が集まっていた。
「イエーイ! みんなノってるー!?」
 ステージの主人公となった春月は、エージェント達も巻き込みながら踊り続けている。春月は足元のレイオンに振り返ると、静かに彼へ手を伸ばした。
「レイオンも! 今日は踊ってくれるよね?」
 レイオンは春月の手を見つめる。
(こういう子なんだね)
 彼は小さく納得する。春月のひたむきさは、こうしてどんどん誰かを巻き込み、皆を元気にする力があるのだ。
 春月は、きっとダンサーとしてスターの階段を駆け登っていくのだろう。
『仕方ないなあ……』

 彼はそっと春月の手を取った。

 END

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 春月(aa4200)
 レイオン(aa4200hero001)

●ライター通信
お初にお目にかかります。影絵企我です。

ダンスで身を立てるための第一歩……を想像しながら書かせて頂きました。満足いただけましたら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
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2019年06月07日

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