▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ガラスのお人形の夢 』
夢洲 蜜柑aa0921)&オリガ・スカウロンスカヤaa4368


 街の装いは、半月ほどの間にすっかり変わっていた。
 桜のピンク色に彩られていた店先は、白とブルー、そして緑色の初夏のたたずまいだ。
 足りないものをちょっと買いに出たはずの夢洲 蜜柑(aa0921)だったが、思わず1軒の店先で足を止める。
「わあ、綺麗!」
 そこは雑貨店で、ショウウィンドウには夏向けのディスプレイがしつらえられてあった。
 薄緑の葉をつけたフェイクグリーンが、爽やかな風の吹く高原を思わせる。
 白いバラの造花を入れた大きなガラスの花瓶も、とても涼しげだ。
 そんな中に、可愛らしい食器やこまごまとした雑貨がセンス良く並んでいた。
 どうやらジューン・ブライドにあわせたギフトの展示らしい。
 その中で蜜柑が心を惹かれたのは、高さ30センチほどのガラスのお人形だった。
 バレリーナのようにきちんとまとめた髪、細いうなじ、優雅な肩から腕のライン。
 目鼻の造形は簡略化されていながら、うっとりと目を閉じる顔がとても優しく、それでいてどこか凛とした雰囲気も漂わせる。
 ドレスはタイトな体のラインを経て流れるようなドレープを描き、ガラスとは思えないほど柔らかく裾を引いている。
 花嫁をイメージしたクリスタルガラスのお人形を、蜜柑はショウウィンドウに額をくっつけるようにして熱心に眺めていた。
「ほんとに素敵ね。……でも誰かに似ているわ」
 誰だろう?
 暫く考えていた蜜柑だが、ふとひとりの女性の姿が浮かぶ。
(あっ、そうだ! これって……)
 が、それは目の前のガラスに映った姿で。なんと蜜柑の名を呼んだのだ。
「蜜柑ちゃん? こんなところでお会いするなんて、珍しいですね」
「えっ、オリガお姉様!?」
 振り向くと、オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)が穏やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。

 蜜柑はびっくりしたが、すぐに立ち直ると立ち方を改め、きちんと挨拶を返す。
「こんにちは、オリガお姉様。お外で会うなんてびっくりしました」
 淑女教育に身を入れていたお陰で、こういうときにもレディとして振る舞うことができるようになった。
 オリガもそれが分かるのか、優しく目を細めて、蜜柑に会釈を返す。
「私もですよ。どこかで見たことがあるお嬢さんがいらっしゃると思って」
 そこでオリガはショウウィンドウに目をやる。
「何か素敵なものがありましたか? 随分と熱心に見ていらっしゃったようだけど」
「えっ、あの……」
 蜜柑の頬がカッと熱くなる。
 だが改めて人形を見ると、不思議なほど素直に言葉がこぼれだす。
「あのガラスのお人形がとても素敵だなって思ったんです」
「まあ本当に。とても優美なデザインね」
 オリガもすぐにその人形に気が付いたようだ。
「私もいつか、あんな花嫁さんになれたらなって思って。それと……お人形が、オリガお姉様によく似ているなって思ったんです」
「私に?」
 オリガが目を丸くして蜜柑を振り向き、冗談めかして笑おうとした口元をわずかに改めた。
 人形を見つめ続ける蜜柑の表情は、どこか張り詰めて見えたのだ。

「ねえ蜜柑ちゃん、今、少し時間はあるかしら?」
「え?」
 夢から醒めたような表情の蜜柑を、オリガは努めて明るく誘った。
「少しお茶でもお付き合いいただけるかしら?」
 蜜柑の顔がぱっと明るくなる。
「はいっ!」
 が、すぐに自分の声があまりに元気いっぱいで恥ずかしくなり、顔を赤くする。
 くるくる変わる蜜柑の表情を見るオリガは、実に楽しそうだ。
「じゃあご一緒しましょう。この先に素敵なお店があるんですよ」
 ふたりは連れ立って歩きだした。


 オリガが『素敵』というだけあって、その店はとても居心地の良い店だった。
 通りを1本入った静かな一角に、赤い扉や窓枠が良く目立つ。
 だが悪目立ちではなく、素朴な花が揺れる寄せ植えやすらりと大きな鉢植えの木がバランスよく並び、街に馴染んでいた。
 店の前にはテラス席もあり、まるでそこだけ外国のオープンカフェのようだ。
 クラシカルなベルの音を鳴らして扉が開くと、フリルが縁取る可愛いエプロンをつけた店員が出迎える。
 オリガは慣れた様子で明るい窓際の席に向かった。
 蜜柑は淑女らしくしようと思いつつも、つい辺りを見てしまう。
 壁に飾られた額縁、ドライフラワーのアレンジメント、使い込んだ木の椅子、クロスのかかったテーブル。
 初めて来た店なのに、どれも『懐かしい』と思うような温かみがある。
「素敵なお店ですね! 今までこんなお店があるなんて、知りませんでした」
 蜜柑の頬がばら色に染まるのを見て、オリガは嬉しそうに頷く。
「少し奥にありますからね。私もたまたま通りかかって見つけたのですよ」

 蜜柑は運ばれてきたメニューにじっくり目を通す。
(どれにしよう……! どれも素敵で迷っちゃう……!!)
 クランブルのアップルタルトも、ベリーいっぱいのシフォンケーキも、レモンパイも、どれもおいしそうだ。
 だがここは敢えて、シンプルなチーズケーキや、スコーンセットを攻めるのもいいかもしれない。
 シンプルなものほど、違いがわかるのだから……。
 などと迷いに迷った蜜柑だったが、そこではっと我に返った。
 そっと目線をメニューから外す。
 そこには楽しそうにこちらを見守るオリガの笑顔があったのだ。
「ごめんなさいっ! あたし、ずいぶんお姉様をお待たせしていました!」
「いいんですよ。どれも美味しそうで迷いますよね」
「ええ、そうなんです。でも決めなきゃ……」
 蜜柑は少し焦りながらページをめくり、救いを求めるようにオリガに尋ねる。
「お姉様はもう決まっていますよね? 何がおススメですか?」
「スコーンにしようかと思っていますよ。自分でも作れますが、お店の物はまた違って美味しいですから」
「そう、そうなんですよね!」
 蜜柑がぱっと顔を上げる。
「こういうときって、自分でも作れるプロの物にするか。自分では作らないものにするか。迷っちゃうんです!」
 言ってしまってから、蜜柑は思わず自分の口を手でふさぐ。
「ご、ごめんなさい……あたしったら恥ずかしい」
 しょぼんと肩を落とす蜜柑に、ついにオリガはたまらず噴き出した。
「あら失礼、でもそういう気持ち、よくわかりますわ。ではこうしましょう」
 オリガの提案に、蜜柑はびっくりすると同時に、嬉しくなる。

 やがて、香りの高いお茶と、お菓子のお皿が運ばれてきた。
 それぞれのお皿には、スコーンがひとつと、半分に切ったクランブルのアップルタルト。
「お店の方に、ちょっとだけ我儘を聞いてもらってしまいましたわ」
 オリガが少女のように悪戯っぽく笑う。
 ふたりでシェアしたいと頼むと、快く引き受けてくれたのだ。
「ご迷惑にならない範囲なら、自分の希望を伝えることは悪いことではないと思いますよ」
 勿論、相手に過度なサービスを期待することは絶対にダメ。
 オリガは穏やかに、自分の考えを語る。
 蜜柑は美味しいお菓子とお茶にうっとりしながら、オリガの優雅な仕草を密かに観察する。
(やっぱりオリガお姉様は素敵)
 蜜柑にとって、雲の上の人のような女性だ。
 美しく、仕草は優雅で、それでいて知識は豊富、頭脳明晰で、芯は強い。
(どうしたらこんな大人になれるのかな)
 蜜柑がティーカップをテーブルに置く。
 少し考えてから、以前から聞いて見たかったことを聞くかどうかを迷う。

「どうかしましたか?」
 オリガが蜜柑の様子に気づいて、優しく声をかけた。
 本当に蜜柑に何かあったかと思ったわけではなく、蜜柑が何かを語りたい、その気持ちを後押しする言葉だ。
「あの……オリガお姉様は、ご結婚とか……どう、ですか……?」
「え?」
 蜜柑にしては歯切れの悪い言いようだ。
 何かもっと、本当に聞きたいことを、上手く言葉にできていないような。
「どう、というのは。私が結婚しないのかとか、そういうことでしょうか?」
「えっあの、そうだけど、そうじゃなくて!」
 蜜柑も混乱している。自分の考えが、上手く言葉にならないのだ。
「えっと、あたしはいつかお嫁さんになりたいんです。でも、オリガお姉様みたいな素敵な大人にもなりたくて……」
「まあ、それは光栄ですね。それで?」
 オリガが優しく促す。
 自分の考えを言葉にすることは、本来とても難しいことだ。
 あまり急かされたり、先回りされたりすると、考えは『表現しやすい』言葉によって曲げられてしまう。
 オリガは教育者でもあり、そのことをよく知っていた。
 だから蜜柑が自分の言葉を見つけ出すのを、辛抱強く、けれどどこか楽しみに待っている。
「素敵な女性って、お嫁さんになりたいとか、あんまりそういうことを言わないような気がするんです。そうじゃなくて、自分のやりたいことをやるんだって。だったらあたし、なんか違うなって思っちゃって……」
 蜜柑が黙り込む。


 オリガも知っていることだが、蜜柑は恋をしている。
 周りの大人から見れば、それは少女の憧れとも呼べるような、可愛らしい恋だ。
 だから蜜柑の夢が『素敵なお嫁さん』でも不思議とは思わない。
 だが大人から見れば、恋はいつか醒めるもの。
 お嫁さんは人生のゴールではなく、そこから始まる結婚生活のスタートなのだ。
 だから大人になるほど、『お嫁さん』は選択肢のひとつにまぎれていく。
 ――とはいえ、そんなつまらないことを、目の前の少女に語ることこそ馬鹿げている。
 少なくともオリガはそう思う。
 子供向けのおとぎ話を「大人になったらどうでもいいこと」と切り捨てるような愚かな大人を、オリガは認めないからだ。

「ねえ、蜜柑ちゃん」
 蜜柑が顔を上げる。
「私は、どちらかを選ばなくてもいいと思いますよ。私を素敵な女性と言ってくださるのは光栄ですけれど、自分のやりたいことをやってきただけですから」
 オリガが少し困ったように首をかしげる。
「それに、お嫁さんにはなっていないですし。でも素敵な人が現れたら、お嫁さんも悪くないと思っていますわ」
 もっとも、オリガがお嫁さんになりたいレベルの『素敵な人』がこの世界に実在するかは、誰にもわからない。
 だが蜜柑はびっくりしたように目を見張る。
「え? オリガお姉様でも、お嫁さんになってもいいかなって思うんですか?」
「そうですわね。だから蜜柑ちゃん、あなたももっと欲張っていいのですよ」
 自分のやりたいことを見つけること。
 がむしゃらにそれを追いかけること。
 それと、素敵な人のお嫁さんになりたいことは、決して相反することではないのだ。
「でも……難しそう」
 蜜柑がぽつりと呟く。
 オリガはそれを否定せず、静かに頷いた。
(やはり蜜柑ちゃんは賢いですね)
 そうなのだ。たくさんの物を欲張れば、それだけ自分が苦しい。
 オリガ自身、嫌な物、美しくないものを見て、それと戦って今まで生きてきたのだ。
 できれば蜜柑にはこの素直な心のまま、綺麗な物だけを見て、綺麗な女の子で居て欲しいとも思う。
 だが人間は、綺麗なだけのお人形ではいられない。
 蜜柑は内心でそれをわかっている。
「そうですね。難しいことです。だけど……」
 オリガは微笑む。その微笑みは力強さと不屈の闘志を秘めた、今まで蜜柑が見たことのないものだった。
「不可能ではありませんよ、蜜柑ちゃん」
「はいっ……!」

 蜜柑の未来は、まだまだこれから。
 世界がどんなに変わろうとも、欲しいものを諦めなければ、歩いて行ける。
 店を出た蜜柑は、どこか晴れ晴れした顔をしていた。
「オリガお姉様、またいろいろ教えていただいていいですか」
 偉大なる人生の先輩に、優しい導き手に。
 蜜柑はこの女性と出逢えた幸運を想う。
「勿論ですよ。またケーキをシェアしてお話しましょうね」
 そう言うオリガの微笑みを、蜜柑はやっぱり素敵だと思うのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

またまたご依頼いただき、ありがとうございます。
意外な(?)組み合わせのおまかせノベルで、どのような内容にしようか迷ったのですが。
蜜柑さんがオリガさんとふたりきりになったら、何を聞きたいだろうかと考え、このような感じになりました。
オリガさんは逆に蜜柑さんとふたりきりになったら、専門分野的に、観察者の立場になりそうだな……と。
もしお楽しみいただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年06月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.