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『木漏れ日を背に、光灯る明日へ 』
手繰 音唯aa0944)&ノエルaa0944hero001)&紫葉aa2611)&黒桜aa2611hero001

 夢。夢の中にいる。
 ふと、遠くから声がした。その声は、誰のものだったろう。聞き覚えのある声。……煩いと感じる時もあるけど、けれど、少し、安心する声。
 そもそも、どうして自分は今寝ているのだろうか。
 微睡みの中で、手繰 音唯(aa0944)は思考を巡らそうとする。
 夢の始まりを探す。蘇ってくるのは、身体に負った痛みと、胸を燃やした怒りと悔しさ。
(ああ、そうか……。私は、あの時……)
 音唯は、再会を果たしたのだ。憎むべき敵。
 ――あの、愚神と。

 ◆

 その日は、音唯にとっていつも通りの、何気ない一日になるはずだった。
 特に予定もないから買い物をしよう、と。日用品や、料理の材料を買いに行くために音唯は一人で道を歩いていた。エージェントとしての生活は、大変な事もあるが新しく出来た家族のおかげか日々は穏やかで凪いでいる。
 共に暮らすパートナーと猫の姿を思い浮かべると、いつも警戒をあらわにしている音唯の頬も少しだけ緩んだ。
 しかし、次の瞬間目に入ってきた姿に、彼女の笑みが陰る。
「あ、れは……」
 無意識の内に唇から零れ落ちた言葉は、上手く声にならず掠れている。その場に縫い付けられたかのように、音唯は目の前にいる相手を凝視した。
 脳裏に甦った血に染まった記憶が、音唯の頭の中と心をかき乱す。瞬くように切り替わる幼少時の音唯の記憶の中には、とある少女が決まって微笑んでいる。
 それは施設に住んでいた時に出会った、音唯にとっての唯一の友人。まるで道を照らす灯のように、音唯の心に明かりをくれた存在だ。
 けれどその灯火は、無遠慮に日常を荒らす愚神の手により、かき消された。耳に残る悲鳴。視界を埋め尽くす、赤、赤、赤。
 ――あの日、愚神は、音唯の友を殺した。
 そこに理由などない。気まぐれに現れ、快楽のため罪なき者を殺めて、また消える。音唯をあの日見逃した事すら、奴にとっては気まぐれに過ぎなかったのだろう。そのせいで、音唯は今もなおあの日の記憶に苦しめられているというのに。
 死にたかったわけではない。生きていたからこそ、出会えた大切な人もいる。けれど、友人の死を、目の前で消えてしまった彼女の表情を、どうしても忘れる事は叶わない。
 その愚神が、今、何の因果か自分の目の前に立っていた。いつ現れたのか、何をするでもなくこちらを見つめている。まるであの日の再現のように。音唯の心に影を作る憎悪の対象が、友のかたきが、いる。音唯のすぐ、前に。
「お前……お前だけは、許さないっ!!」
 それを認識した瞬間、無意識の内に音唯の足は動いていた。音唯は自分が泣いている事すらも気付かずに、声を張り上げる。
 パートナーの姿は、今はない。音唯一人だけで勝てる相手ではないと、頭のどこかで冷静な部分は警鐘を鳴らしていた。けれど、ここで足を止めるわけにはいかなかった。
 記憶の中の友人の微笑む顔が、最期に見せた痛ましい姿に塗り替えられていく。飛び出した音唯を、愚神は迎え撃った。その顔は、音唯という『獲物』を待っていたとでも言うかのようにどこか楽しげに歪むのだった。

 ◆

 現在の時間を確認し、ノエル(aa0944hero001)は歩いていた足を家の方へと向ける。
「そろそろ、音唯のところに帰らないとねぇ」
 音唯は買い物に行くと言っていたが、もう帰っている時間だろう。今日は任務も何もないオフの日だが、ノエルの帰りがあんまり遅いと音唯も心配するはずだ。
 確か今日は何を作ると言っていたっけ。料理が得意な彼女が、買う予定の材料をメモしながら夕食のメニューについて一緒に暮らしている猫と話していた時の会話をノエルは思い出し、思わず笑みを浮かべる。普段はクールな様子の彼女だが、動物を前にした時はその顔は子供のように綻ぶのだ。
 ふとその時、見覚えのあるポニーテールが視界の端に映った気がして、ノエルは足を止める。
「……音唯?」
 どこかへと走り去っていく音唯の姿が、遠くに見えた。何かを追っている。鬼気迫った様子から、相手が普通の人間ではない事を悟る。
 いったい何を追っているのか。ノエルは考え、すぐにとある可能性に行き着いた。
 音唯の過去を、ノエルは知っている。初めて会った愚神に彼女が奪われたものはあまりに大きく、その事は未だに癒えない傷として彼女の心に刻み込まれている事も。
 もし、あの愚神と偶然遭遇していたとしたら……音唯はきっと、一人だったとしても立ち向かってしまうだろう。
「あぁ、くそっ……」
 慌てて、彼女の後を追う。全く手のかかる子だ、なんて軽口を叩く暇すらも惜しくて、その代わりにとある人へと連絡を繋げた。たった二人で愚神と戦って、勝機があるとは思えない。当時施設の関係で知り合った知人なら、力になってくれるかもしれない。
 突然の連絡に相手は嫌な声一つもらさず、すぐにノエルのただならぬ様子に気付いたのか緊迫した様子で『何があった?』と問うてきた。
「音唯が一人で愚神を追っていったんだよねぇ」
『……今、なんて言った……!』
「ごめんねぇ。説明する時間、あんまなくてさぁ……」
 珍しく、相手は動揺するような声を出した。簡潔に、先程見た光景についてノエルは相手へと伝える。心配させないためにもいつも通りの笑みを返そうとしたのに、どうにも上手く行かずわざとらしい笑声になってしまった。全く、らしくない。音唯を失うかもしれない恐怖が、ノエルの心をかき乱していた。
『……ノエル、俺はそっちに行くから、待ってろ』
 相手の声に安堵して、初めて自分が予想以上に焦っていた事にノエルは気付いた。相手とは、仲が悪いわけではないが、特別仲が良いわけでもない。
 それでも力になると言ってくれる相手の優しさに、ノエルは心の底から「ありがとねぇ」と返すのだった。

 ノエルから連絡を受けた紫葉(aa2611)は、慌てた様子でパートナーである黒桜(aa2611hero001)の姿を探す。
「紫葉……行く、の……?」
「……ああ。危険な戦いになるかもしれない。でも……黒桜の力を、貸してほしい」
 しばし思案してからそう口からこぼした彼の瞳は、どこか不安げに揺れている。それが、黒桜の事を心配してるから故の不安だと気付き、なるべく優しげな笑みを浮かべて黒桜は頷いた。
「いい、よ……」
 愚神との戦い。不安が募らないといえば、嘘になる。黒桜の胸に、どこか嫌な予感がよぎった。黒く暗いその感情に、押し潰されそうになる。
 けれど、今自分の隣には、光がある。紫葉が、いる。
「音唯さんやノエルさん、助けに、行こう?」
 その言葉に紫葉が頷いてくれた、ただそれだけの事で黒桜は胸にあった暗闇が晴れていくのを感じる。共鳴し、二人は駆け出した。

 ◆

 ノエルが現場に辿り着いた時、そこには悪夢のような景色があった。
 音唯を連れ出し壊そうと企んでいた愚神は、不気味に笑い彼女の事を見下ろしている。単独で挑み、勝てるはずもなかったのだ。追い詰められた音唯は、その身体を床へと投げ出しており動く気配がない。
 傷つき倒れた音唯は、遠目では呼吸をしているのかが分からずノエルは心臓が握りつぶされたかのような心地になった。
「おい……しっかりしろ、音唯っ!」
 慌ててノエルは彼女の傍まで駆け、その名を呼ぶ。苦しそうに少女はうめき声をもらした。息がある事にホッとするが、けれどその身体は傷ついており、呼吸もかすかなものだ。
「ノ……エル……」
 か細い声で、彼女がノエルの名を呼ぶ。瞼を開く力もないのか、紫色の瞳がそこから覗く事はない。
「…………ごめん……。凄く、眠く……なって……」
 言いたい事があるはずなのに上手く頭が回らず、音唯はなんとかそれだけ口にした。もやもやとした霧がかったような世界で、手招く眠気に抗えずにその身を任せる。
「音唯! 音唯っ!」
 名を呼ぶ声が、だんだんと遠くなる。それでも、音唯は普段お守りとして身につけている古びたナイフだけはぎゅっと握りしめる。
 ノエルもそれに気付き、ナイフを握る彼女の手の上にそっと自分の手を重ねた。そのお守りを、決して彼女が放してしまわないように。
 愚神はこちらを見ている。二人の様子を見て、楽しんでいるようだった。常人には理解出来ない思考を持つ相手は、快楽のために人をいたぶる事を好む。
 音唯だけは何とか守らなくてはいけない。かばうように彼女の前へと立ったノエルに、愚神は容赦などせずその武器を振るった。
 しかし、訪れるはずの衝撃は、ない。何かが弾かれるような音と共に、誰かがノエルの前へと立ちふさがる。黒い桜の花弁が、周囲へと花吹雪のように舞っていた。
「音唯さん、ノエルさん! お待たせです、よ!」
「ここは、俺と黒桜で引き受ける」
 目の前に、紫葉達が立っていた。黒桜の姿で喋った後、すぐに紫葉の姿へと変わった相手は、追撃してきた愚神の攻撃を大剣で受け止める。
「でも、紫葉達は……」
「いいから……行けっ!!」
 気絶するように眠ってしまった音唯の姿を一度見て、ぐっとノエルは言葉を飲み込む。音唯を抱きかかえ、ノエルは二人の友人へと謝罪と感謝の言葉を告げると駆け出した。

 勝機はないという事は、ひと目で分かった。だからこそ、時間稼ぎを行いノエルと音唯を逃がす方が重要だと紫葉は冷静に判断したのだ。
 彼らの姿が視界から消えたのを確認し安堵の息を吐き、再び大剣を振るう。しかし、やはり神の名を冠する悪の強さは目を見張る程で。愚神はまるで玩具を相手にしているかのように気まぐれに手を抜き、かと思えば急に本気を出し、紫葉達の事を悪戯に苦しめた。
(良いように弄ばれてるな……。このままだと……)
 敵の一撃が、また襲いかかる。避けきれない、と瞬時に悟る。
 今この身体で、それを受けるわけにはいかなかった。
 その瞬間の咄嗟の自分の判断を、紫葉は褒めてやりたいくらいだった。繋がっていたものが、解かれていく感覚がある。繋いでた手をほどくように、離れていく感覚が名残惜しい。
 共鳴が解除された。黒桜が、「え?」と疑問の声を漏らした時には、全ては終わっている。
 倒れる黒桜の視界が、紅に染まる。今何が起こっているのか、理解するのに時間を取られた。違う。理解する事を、黒桜は無意識に拒んだ。
 紫葉が、血まみれになって倒れているなんて、そんな現実。どうやって理解しろと言うのだろう。
「い、いやぁあああああ!!!」
 悲鳴があがる。自分ですら今まで聞いた事がない、大きな声。慌てて、その倒れ伏した愛しい身体へと黒桜は駆け寄る。
 紫葉は、血の気を失った顔で黒桜を見て「よかった」と呟いた。彼は、咄嗟に共鳴を解除し、自分だけで攻撃を受けて黒桜をかばったのだ。その身を呈して、愚神の刃を受けた。
「よ、よくない、の。こんな、の、なに、も……なんで、どうして? どうしてな、の、紫葉っ!」
 黒桜は、かつての絶望を思い出す。滅んだ世界の景色が、黒桜の心を暗闇に染める。
 ずっと、その闇を抱えて生きてきた。そんな黒桜に、光をくれたのは、他でもない彼だったというのに。
「黒桜……最後の……願い……」
 紫葉の唇が、ゆっくりと動いた。最後というたったの二文字が、黒桜の心臓を嫌になる程叩く。うるさい自分の鼓動を、紫葉に分けてやりたいくらいだった。
「喋っちゃ、だ、だめ! 今、助け、を……」
 自分の身体の事など、紫葉が一番分かっている。だから、紫葉は助けを呼びに行こうとする黒桜の事を優しく掴んだ。最後まで彼は、優しい。
「笑って。生きて……そして、お前のさくらの歌……聞かせて……」
 黒桜は、息を呑む。決壊したかのように溢れる涙は止まってくれず、ひっきりなしにしゃくりあげる声が辺りに響く。
 嗚呼、でもこれは、普段わがままなど言わない彼が、口に出した恐らく最初で最後のわがままなのだ。
 黒桜は震える唇を叱咤し、何とか声を絞り出す。いつもは上手に歌えるはずなのに、音が少し外れてしまった。けれど、そんな事を気にする余裕もなく、黒桜は歌い始める。
 さくらの歌。彼と出会ってから、何度口ずさんだだろう。黒桜が歌う時、彼は決まって優しげな顔をしていた。今のように。
 彼は黒桜の光だった。けれど、紫葉にとっても、彼女は……かけがえのない、姉のような、そんな存在だったのだ。決して口にする事は出来なかったけど、紫葉にとっての彼女も、木漏れ日のように穏やかな光だった。
 だから、力を失っていながらも、紫葉の表情はどこまでも穏やかで……大切な彼女を守れた事を幸せに思うかのように、安らかなのだ。
「ありがとう……黒桜……」
「紫葉っ! 紫葉……私……あなたのために、歌うか、ら……。何度でも歌う……。聞いて、て……」
 ぐったりとした紫葉は、もう答えない。それでも少女は、歌い続ける。その声が彼の耳に届くと信じて。繰り返し、何度でも何度でも。

 ◆

『ノエルさんへ』
 便箋に綴られた、その小さな文字をノエルの視線がなぞる。黒桜からあの日届いた手紙を、遠く離れた地へと逃げ延びた後もノエルはたびたび読み返している。
 愚神はあの後、異世界へと続く穴を開け、別世界へと逃げたらしい。紫葉を一度連れ帰り手紙を書いた後、黒桜は再び愚神が開けた穴の元へと向かったようだった。
『会えるかどうかは分かりませんが、私は愚神を追う事にします。音唯さんの事をよろしくお願いします』
 黒桜からの手紙の最後の一文は、そう締めくくられていた。
 手紙は、音唯の分も用意されている。焦っていた状況だったというのに、最後に会った自分達が心配しないように手紙をしたためてくれた彼女の優しさにノエルは感謝する。
 あの日から、もうどれ程の月日が流れただろうか。音唯は未だ、眠り続けている。この現実を拒絶するように瞼を閉じている彼女の姿を、ノエルは見下ろす。
「音唯……」
 名前を呼ぶ。久しく聞いていない彼女の声を懐かしく思う。
 基本的にはツンツンとした態度だけれど、ノエル相手だと子供っぽい反応を見せてくれる事もあった。頭を撫でると目に見えて困惑する様がおかしくて、でも撫でられる事に慣れていないのだという事実をノエルに知らしめもし、少し寂しくも思った。
 その髪を撫でても、今は何の反応もない。けれど、伝わってくる温度が彼女が生きている事を教えてくれた。
 眠る彼女は最初の頃ひどくうなされていたが、最近は落ち着いてきている。いったいどんな夢を見ているのか、それを彼女に直接聞ける事が出来る日をノエルはひたすらに待っていた。

 不意に、ぴしり、と音がした。最初は何の音だったかは分からなかったが、それが音唯の方から聞こえてくる事に気付きノエルは慌てて身を乗り出す。
「ナイフが……? ね、ねぇ! 音唯、大丈夫なの!?」
 音唯の身に何かが起こったのか、心配しながらノエルは様子を伺う。
 その瞬間――目が合った。ゆっくりと瞼を開いた彼女の、その紫色の瞳と。

 ◆

 夢。夢の中にいる。
 最初の頃は、友達が殺された場面ばかりを、ずっとその夢か現かも分からない状態で繰り返した。何度も何度も絶望が、音唯を襲う。
 だが、次第に、夢の内容は変わっていった。高校生の少女が、銃を持ち敵と戦っている。
 その姿は、音唯に似ていた。銃を構え、敵を狙い撃つ。掴んだ勝利に、絶望しかなかった世界に希望の光が差し込む。
 ふと、遠くから声がした。その声は、誰のものだったろう。聞き覚えのある声。……煩いと感じる時もあるけど、けれど、少し、安心する声。

 気がつくと、目の前に敵の姿はなかった。天井が見える。身体がだるい。何だか、ずっと寝ていた後のようだ。
 視線を感じそちらを向くと、一人の少年と目が合った。
「ノエ……ル……?」
 嗚呼、そうか、帰ってこれたのか。自分は現実に。彼の傍に。
 次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。ノエルが、笑って言う。
「死んだと思ったねぇ……ははっ……」
 笑っているけれど、その声には嗚咽が混ざっている。
「おはよう。……ただいま」
 音唯も笑みを浮かべたが、でもやっぱり少しだけ泣いてしまうのだった。

 音唯が眠っている間に、世界の戦いは終わったらしい。
 たくさんの犠牲があった。友の事も、紫葉の事も、忘れる事は出来ない。忘れてはいけない。
「行こう、ノエル」
 ナイフは壊れてしまった。世界は変わっていく。音唯の周りも、常に変化し続けている。
 けれど、音唯はだからこそ誓うのだ。この変わっていく世界で戦う事を。
 未来を信じ、生き続ける事を。
 少女の手に、パートナーの手が重なる。施設で育ち、友を失った。人生は決して、楽しい事だけではない。それでも、歩くのを止める気はない。
 いつか自分の姿が、夢の中の自分によく似たあの少女と重なる日がくるだろう。世界を守るために戦う彼女は、恐らくそう遠くない未来での自分の姿なのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
お時間頂いてしまい申し訳御座いません。
皆様にとって恐らく転機とも言える重要なお話、とお見受けしましたので、緊張しながらも私なりに心を込めて執筆させていただきました。
お気に召すものになっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご発注誠にありがとうございました。また何かありましたら、よろしくお願いいたします。
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2019年06月10日

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