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『偽りの水鏡(3) 』
白鳥・瑞科8402

 普段は平和な公園も、怪物のせいで今は戦場と化している。昨夜の雨の尾を引くように、頭上を覆っているのは曇天。二人の聖女は、その人けのない静かな公園で対峙していた。
 正確には、聖女とそれを真似た怪異だ。自分と同じ姿をした者と対峙する事となったというのに、白鳥・瑞科(8402)の顔に動揺の色はない。聖女の振るった剣が、水で出来たもう一人の自分を薙いだ。
 端正な顔立ちの聖女が象る表情は、やはり聖母の如き穏やかな微笑みであった。整った顔立ちの彼女が優雅に舞う姿は、まるで映画のワンシーンかと思う程に完成された美しさを持っているが、その手にあるものが剣であるという事実がこの場所が戦場であるという事を思い出させる。
 地を蹴り、再び瑞科は駆けた。スリットから惜しげもなくその美脚を晒し、相手との距離を瞬時に詰める。柔らかな髪が、ヴェールと共に風に揺れた。
 相手も水で作り出した剣で応戦するが、身体を真似てもその実力までは真似しきれないのか、その切っ先が瑞科に届く事はない。
「確かに、あなたが出会った中で一番強いのはわたくしでしょうけれど……」
 くすり、とその麗しい唇に笑みを乗せ、瑞科は穏やかな声音で言葉を紡いでいく。その顔にあるのは、自分の実力に対する絶対的な自信であった。
「見た目だけを真似ても意味はありませんわよ? わたくしの動きに、ついてこれまして?」
 所詮は形を真似ただけの、偽りの水鏡。見様見真似では、瑞科の速さには追いつく事は難しい。戦闘が続くにつれ真似する事すらもおざなりになってきたのか、敵は瑞科が今まで浮かべた事がないような焦った表情になった。
 剣が、また戦場を駆ける。瑞科がその時、初めて攻撃を外した。剣先が、怪物から少し離れた空を斬る。
 それを好機と見た怪物は、慌てて自身も剣を振るう。その剣は水で作られている偽物だが、硬度すら真似たそれは本物の剣と等しい鋭さを持っている。瑞科の柔らかそうな肌にそれが食い込む瞬間を想像し、怪物は笑みを深めた。
 しかし、瑞科もまた穏やかな笑みを浮かべている事に気付き、怪物の顔色が陰る。
「単純な方ですわね。わたくしの予想通りに動いてくださるなんて……少し張り合いがありませんわ」
 怪物の身体を痛みが襲った。その手から持っていた剣が落ち、地に触れたそれは水飛沫となりかき消える。何が起こったのか信じられない顔で怪物が見下ろした自身の身体には、一本のナイフが刺さっていた。
 先程の瑞科のミスは、ブラフだったのだ。剣で注意を逸らし、聖女は太腿に装着したベルトに括り付けていたナイフを目にも留まらぬ速さで抜いてみせた。後はそれを、瞬きする間すらも与えずに敵に向かい振るうだけだ。鋭いナイフの切っ先は、未だ怪物の身体へと食い込んでいる。
 相手も、慌てて同じ武器で応戦しようとしたのだろう。自らの身体の一部を、ナイフの形へと変えようとし、水の姿の怪異は蠢いた。
 けれど、遅い。笑みを深めた聖女は、意識を集中する。
「残念ですけれど、これでおしまいですわ」
 瑞科が剣をブラフにし、振るったナイフ。このナイフすらも、実は次の攻撃のための一手にすぎなかった。相手よりも数歩先を、瑞科は常に予想して動いている。今の瑞科しか見ていない相手が、その速度に追いつけるはずもない。
 曇り空の下、突然辺りを支配するのは眩い光だ。しかし、その正体は雷ではない。
 瑞科の放った電撃が、ナイフを伝い怪物の身体へと走る。彼女の意のままに動くその電撃が、身体を喰らうかのように怪物の身体を這った。
 瑞科は、後方へと身体を舞わせ相手と少し距離を取る。怪物が霧散し、雨のようにその身体は周囲へと降り注いだ。その雨のかからない場所から、そっと相手の最期を見守りながら、聖女はしばしの間祈りを捧げるのであった。

 ◆

 携帯通信機で神父へと連絡を入れるついでに、瑞科は現在の時間を確認する。瑞科が任務を開始してから、さして時間は経っていなかった。
「任務の報告をした後は、訓練にいたしましょう」
 この後の予定をたて、瑞科は微笑む。任務を終えたばかりだが、彼女は特に疲れを感じていなかった。もっと強い敵と戦った事も、数えきれない程ある。今回の相手は、少々物足りないくらいだ。
「罪なき方達を苦しめる魔の手をまた一つ倒せましたわね。これからも、悪はわたくしが裁かなくてはいけませんわ」
 雲間から差し込む日差しが、瑞科の晴れ晴れとした笑顔を照らしている。それは勝者のためのスポットライトであり、瑞科の歩む未来を明るく照らす光であった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
瑞科さんのご活躍、このような感じとなりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
このたびはご発注誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月10日

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