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『Hell on Earth 』
ヨハネス・リントヴルムla3074

●生き残った男
 白い壁にフローリングの小奇麗なアパート。備え付けのクローゼットやベッド以外には何もないアパート。その隅っこで、ヨハネス・リントヴルム(la3074)はただ蹲っていた。彼は既に、生きながらにして死んでいたのである。
「どうして」
 自分が生き残ってしまったのだろう。何度繰り返したかもわからない問いかけを、今日も彼は繰り返す。眼を閉ざせば、今日も惨劇が始まる。
 ドイツの片田舎に鳴り響く警報。しかし、避難するよりも先に、ライセンサーが現れるよりも先に、ナイトメアが襲い掛かってきた。ただの押し入り強盗とはわけが違う。血は繋がらずとも家族として幸せに暮らしていた3人を、それはあっという間に引き裂いた。喉笛に噛み付かれた娘は、声にならない叫びを上げた。機械の身体を踏み潰されて、妻は顔色を失い死の恐怖に喘いだ。部屋の隅に倒れた夫は、ただそれを見つめている事しか出来なかった。
 そしていよいよ己の番という時になって、ライセンサーは現れてしまったのである。
「俺が2人を殺したんだ。俺が!」
 惨劇を繰り返す度に、記憶は歪んでいく。全身打撲で生死の境を彷徨っていても、彼はちょっと腕や脚の骨が折れていたくらいと思うようになっていたし、死の境に妻が『ごめんなさい』と口にしても、最早その音はすっかり抜け落ちて、ただ助けを求める言葉にすり替わっていた。
 ヨハネスは辺りを掻きむしった。爪の先に血が滲む。あの時何故自分は立ち上がらなかったのか。今日もまた己を責める。もっとちゃんと守ってやるべきだった。いっそ、自分が囮になって死んでいればよかったと。ただの人ながらに、二人を逃がそうとまさに囮となってナイトメアに立ち向かおうとしていたことなど、既に忘却の彼方だ。
「僕は……どうして生きているんだ」
 ただひたすらの絶望が、ヨハネスを包み込む。崩れ落ち、そのまま床に仰向けとなった。最早涙は渇き果てた。さりとて首や手首を掻っ切ったり、絶食した果てに死ぬ勇気も彼には無かった。自ら命を絶てば、いよいよ2人は絶望し2度と会おうとはしてくれないだろう。それは嫌だった。嫌な自分も情けなかった。
 彼はぼんやりと天井を見上げる。適合者として認められ、整理できない感情を叩きつけるようにライセンサーに登録してからおよそ半月が経った。特に仕事をするでもなく、遊び惚けるでもなく、ただ白い天井を見つめるだけの生活を彼は送ってきた。自分が生き延びたいがために、暗闇の中でじっと寝そべっていただけの自分にはお似合いだと思っていた。それ以外には許されないと信じていた。
 だが、何もせずこの世界にただ漂うことほど苦しい事は無い。病床からずっとこうしてきたヨハネスは、もう限界だった。

『ナイトメアが出現しました。直ちに指定のシェルターへ避難してください。付近のライセンサーは、直ちに出場してください』

 その時、窓を貫きサイレンの音が響き渡る。機械の無機質な声が飛んでくる。ヨハネスはむくりとその身を起こした。
「迎え……に来てくれたのかな。こんな僕のために」
 彼はぽつりと呟き、ふらりと立ち上がる。ロクに動きもせず、弱り切った身体。どんなナイトメアでも、いとも簡単に今の自分は殺せるような気がした。
(行こう。あの時に死ぬべきだった命だ)
 帽子を目深に被って、彼は外に出た。罪に塗れた人生を終わりにするために。

●悪魔が囁く
 人々があちらこちらから逃げ惑ってくる。彼らと擦れ違いながら、ヨハネスはふらふらと現場へ歩いていく。
(当たり前のように逃げられて、皆は幸せものだな)
 彼らに恨みは無かったが、皆揃ってこの世の終わりのような顔をしているのが鼻に付いた。どうせナイトメアが片付いたら、彼らはいつもの生活へと戻るだけなのだ。本当の苦しみなんて、誰も知りやしない。そう思うと、だんだん厭になってくる。足をもつれさせながら、ヨハネスはがむしゃらに前へ前へと走った。
 渋滞した車をすり抜け、ヨハネスはようやく現場へ辿り着いた。既にやってきたライセンサーが数体のナイトメアと対峙している。
 その姿を見て、ヨハネスは思わず息を呑んだ。
「……なんだ」
 見てくれこそ巨大だが、その姿はその辺りの虫と大して変わるところは無かった。虫ケラだ。大きいだけの虫ケラだ。暗闇の中で見た時は、地獄から這い出した悪魔のように見えたのに。
「こんな奴に、二人は……」
 ナイトメアの正体を見たヨハネスは、にわかに怒りが湧いてきた。こんな奴に殺されようと思っていた自分がバカバカしくなった。何となく背負ってきた大剣を抜き放つと、ライセンサーと対峙する虫ケラの背後から、いきなり大剣を振り下ろした。不意を突いた一撃は、虫ケラの腹を押し潰す。肉が裂け、体液が迸った。粘っこい体液が、頬にべたりと張り付く。
「……はは」
 その時、まさしく胸がすくような思いがした。体液を拭うと、ヨハネスは何度も何度も大剣を振り上げ、その刃をナイトメアに叩きつけた。
「こうしてやる。こうしてやる!」
 何かに突き動かされるように、ナイトメアの四肢を断ち、節を腹の先から一つ一つ削ぎ落していく。目の前でライセンサーが呆然と立ち尽くしているが、もうそんなものは眼に入らなかった。
 口端から笑いが零れてくる。湧きあがってくる情念を、最早ヨハネスは押し留める事が出来なかった。

 気付けば、ナイトメアはただの穢い挽肉と化していた。コートにも大剣にも、肉塊がこびり付いている。目の前に立っていた青年は、刀を納めて首を傾げる。
「おい……大丈夫か?」
 ヨハネスは答えない。ただ胡乱な眼で青年を見遣ると、そのまま踵を返して歩き去った。
「……何もかも終わったんだ。どうせならどこまでも復讐してやろうじゃないか」

●黒ずくめの悪魔
 大都市の一角にある、とある喫茶店。黒尽くめのヨハネスは、隅の席に腰を下ろした。
「エスプレッソ」
 近づいてきたウェイターに言い放つ。カフェに来たときに飲むものはこれと決めていたのだ。立ち去るウェイターの背中を見遣り、ヨハネスは鞄から本を取り出した。ゴシックのグロテスクな表現を、ヨハネスは嘗めるように読み進めていく。
 うちに湧きあがる感情に任せて、ヨハネスは貪るようにナイトメアと対峙し続けた。様々なライセンサーとの邂逅を通して、『精神力こそがナイトメアと戦う上で肝要』と学び、『精神力を涵養するためには多少この世を楽しむ事も大切』なのだと気づいた。
 だから彼は楽しむ事にしたのだ。一匹でも多くのナイトメアを葬り去るために、この生き地獄を。病床で捨ててきたいくつもの趣味を、次々に蘇らせていった。
 久しぶりに絵本の一つでも描いてみようか。いつの間にか、ヨハネスはそんな事も考えるようになっていた。
「エスプレッソです」
 ウェイターがカップを運んでくる。恐る恐る、ウェイターはヨハネスの顔を覗き込んだ。
「ありがとう」
 彼は小さく微笑み、彼からカップを受け取る。

 濃厚な苦みが、口の中へと広がった。



 END





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 ヨハネス・リントヴルム(la3074)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

描写希望に合わせまして、前半部に特に力を入れて書かせて頂いたつもりです。満足いただける出来になっているでしょうか。何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、ご縁がありましたら。
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グロリアスドライヴ
2019年06月10日

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