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『On Stage 』
各務 千隼la0276

 バスドラムが重低の波動を刻み、ベースギターのスラップが重ねられた。そこへキーボードがなめらかな高音を絡ませ、さらには跳ねるように掻かれたリードギターの咆哮が押し入って――彼らが奏でるべき音から大きく外れたメロディーを縒り上げる。
 リハだからって遊びすぎだ。
 各務 千隼(la0276)は楽器隊の悪ふざけに苦笑し、マイクを手に取った。リズムを読み、メロディーに合わせ、声音を滑り込ませる。
『マイク チェック OneTwo
 音をくれよ イズムよりも リズム寄りの』
 ラップ調に声音を繰ってリズムを奪い、メロディーを引き寄せて歌い上げる彼。もともと誰かと話すのは苦手だが、演技というペルソナと通してなら、あらゆる誰かを奏でてみせる。

 声優として注目を集めつつある千隼は、SNSアイドル育成ゲーム『Legend Star☆Project』3rdライヴツアーのステージに立つ。
 とはいえ今年のバレンタインデー合わせで追加された新ユニットのキャストだから、彼自身は初めてのツアー参加となるし、今日は全4会場を巡るツアーの2会場め。正直なところ、会場の空気を掴めているとは言えなかったし、それだけに緊張も強い。
 だからこそなのだろう、楽器隊がいじってくれたのは。おかげで固まっていた体も喉もいい感じでほぐれていた。
 それに、いつまでも縮こまっているわけにはいかないからな。この道を行く、そう決めた以上は。
 楽屋に戻った彼は、長く伸ばした後ろ髪を結わえ、ポータブルミュージックプレイヤーのイヤホンを耳に挿し、自分の担当曲を流した。
 重ねられゆく音に導かれ、千隼という自我の半ばが“伯耆原エリク”に書き換えられていく。
 と。半ば残した自我が、構成台本の横に置かれた懐中時計へ吸い寄せられる。それは声優として生きることを決めた千隼に、親友がくれた大切な品だ。
 さすがに舞台や仕事場ではつけられないが、それでもなるべく身につけていられるよう、細いチェーンで繋ぎ、ネックレスのように首へかけておけるようにしてある。
 千隼は閉じられた蓋の内で刻まれ続ける時を、アイスブルーの眼で透かし見て。
「俺ん声ば聞いでぐれとは言わん。いづが聞かしぇてみせるはんで」
 と。思わず津軽弁と博多弁の入り交じる素の言葉を漏らし、すぐに気づいて――千隼はライセンスと共にSALFへ置いてきた前髪、その幻影を指で払いのけた。


『AL-chemy、伯耆原エリク役の各務千隼です』
 千隼が客席へ手を振れば、サイリウムのさざめきが大きな波へと変わり、高い声援がわっとステージへ押し寄せる。
 それをイタリア生まれのエリクらしい、大振りのゼスチャーで押し返し。
『今日もけっぱりま――がんばりますので、よろすくお願いします!』
 すぐさまユニットの相棒や共演の声優から『エリク訛ってるよー』、『おまえもう何ステージめだと思ってんだよ。緊張してんじゃねぇよ』などとツッコミが入った。
『青森と福岡のハーフだからニホンゴ慣れてないンダヨ! それに俺まだ2ステージめです! それは緊張しますよしますよねするでしょうすみません……』
 対して、強調したエリクと地のしゃべりを交えて返し、会場の笑いを誘う。
 周りのアシストのおかげもあって、いい感じで会場があたたまった。
 千隼は舞台袖のディレクターからバックバンドの準備ができた合図を受け、小さくうなずく。
 ユニット紹介を残してはけていく共演者へ感謝の意を送り、そして相棒と並んで息を絞った。
 同じステージを作ってくれる人たちと、ステージの下から支えてくれる人たちがいてくれる。だから俺は迷うことなく“俺”を演じられるんだ。
 そして。
『Buona sera! 僕らの歌で美味しい笑顔にしてあげる♪』

 客席からの熱に煽られて、千隼のステップが加速する。それを肢体のひねりで作った溜めで抑え込み、リズムに合わせて解き放った。
 先に歌い終えたユニット曲では抑えていたが、こうしてソロ曲を歌うときにはついダンスも歌も“迸って”しまう。それも万象のエネルギーを受け止め、操るネメシスフォースの性が抜け切れていないからかもしれない――ステージを降りてから思ってもみるのだが。
 ステージの上でそれを振り切り、笑みを見せられるほどの経験は未だない。今は全力で“千隼”であることを全うするばかりだ。
『揺れる炎は 凍り透きとおる
 消えたわけじゃない 情熱は形を変えただけ』
 そうだ。俺はライセンサーとして燃やした気持ちを失ってなんかいない。自分が本当に想いを燃やして進むべき道へ踏み出した、それだけのことで。
 俺は大切な人たちを護りたい。EXISじゃなくマイクを通して、俺を支えてくれる人たちへ「魔法」を届けたいんだ。
 詞に自らの有り様を重ね、さらに大きく、さらに深く、紡ぐ。
 激しいダンスと玲瓏たる歌声に歓声を上げる観客の内、一部の女子がほうとため息をついた。千隼の真摯に得も言われぬ切なさを見て。さらにはその奥へ潜む、強くしなやかな決意を感じて。
 千隼から噴く透白の熱情が、彼に釘づけられた女子へ燃え移る。それは次第に周りへと燃え広がって、ついには会場を包み込んだ。
 歌声が、バックの楽器隊が、観客が、一体となって“千隼”を奏で、そこへ自らの形を重ね合わせた千隼は、さらに純然たる“千隼”を完成させていく。

 それを横から見ていたディレクターに、並んでいた舞台監督がささやく。あの子、舞台も向いてそうですけど。対してディレクターは、誘うなら彼が声でやってけなくなってからにしてくださいよと応えた。
 声優が自分ならではの芝居を身につけ、真価を発揮するには経験が必要だ。使えそうな若手を短いサイクルで使い潰しがちな業界ではあるが、できることならそこへ至るまで育ててみたい。
 人情などとっくに捨てたつもりのディレクターにすらそう思わせるだけのなにかが、千隼には確かにあるのだった。


 歌う順番おかしいって! などと全力でぼやきつつ、相棒が最後の振りを決めた千隼を冗談めかした手で押し退けた。
 これから相棒のソロ曲が始まるわけだが、ここまで観客の心を持っていかれた状況では、確かにどう立てなおせばいいものか、悩ましいところだろう。
「すまない」
 我を取り戻した千隼のひそめた謝罪へ、笑顔をかるく左右に振る相棒。ちなみに歌う順は、常に全力を出してしまう千隼を少しでも休ませるため、相棒自身が言い出してくれたことだ。
 かくてステージを引き受けてくれた相棒に感謝しつつ、千隼は袖へと駆け込んだ。
 ディレクターにもっと疲れるから走るなよーと注意され、慌てて歩調を緩めて楽屋まで戻る。相棒の歌が終わったら、間を置かずに参加声優全員でのラストソングが始まるのだ。
「着替えと、フォーメーションのチェックと、歌詞のチェック」
 口の中でやるべきことを整理して、ユニット衣装から体を引き抜いた。
 汗まみれの衣装の仕末をしたいとろだが、出番まで間がない。それでもせめて周囲を汚してしまわないようにと、適当に畳んで椅子の背へかけておくことにする。
 そうして汗だけは入念にぬぐい、ラストソング用の衣装を着込んだ、そのとき。
 腹を下から突き上げるような衝撃が千隼を楽屋ごと揺すぶった。
「なんだ!?」
 嫌なにおいがする。かつて赴いてきた戦場で感じたのと同じ、鼻の奥がひりつくこの感覚。
 考えるよりも早く、千隼は楽屋から駆け出していた。
 においの元へ、不穏の元へ、迅く、迅く、迅く――
 
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2019年06月10日

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