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『和気藹々 』
泉 杏樹aa0045)&クローソーaa0045hero002)&榊 守aa0045hero001

●慰めの終わり
 リオ・ベルデ共和国のとある役場。その一室で、榊 守(aa0045hero001)は一組の家族と向かい合っていた。右と左にそれぞれ父と母が座って、間には一人の少年が収まっている。その顔は両親にちっとも似ていない。
 当然だ。この少年は、今まさに里親へ引き取られようとしているのだから。ついでに言うなら、守は少年に里親が見つかるまでその面倒を見ていたのである。
「……とまあ、こっちでやってきたのは大体そんなもんです。こんな事言える義理じゃあないかもしれませんが……まあ、この子の事、よろしく頼みます」
 守は父と母に向かって、それぞれ一回ずつ深々と頭を下げた。その姿は、子どもを下宿に預ける父親の如くである。少年はそのまま下宿から帰ってこないまま、きっと独り立ちしてしまうのだが。
「おっさん。……ハンバーグ美味かった。ありがとう」
 ぶすっとした顔のまま、少年はぼそぼそと呟く。守はちらりと少年の顔を見遣ると、わざと不機嫌な声を上げてみせた。
「……おっさんはねえだろ、お前」
 少年も、今出会ったばかりの夫婦も、守自身も、その小言がただの強がりという事はよくわかっていた。たった一か月程度の縁だったとしても、守にとっては大切な一つの縁だった。
(これでいいんだ。慰めの為に子どもの面倒見たって、誰の得にもなりゃあしない)
 守は己に言い聞かせる。両親を失った子どもに同情したから引き取った、というのも嘘では決してない。けれども、やはり引き取ろうという気になったのは、一人きりの生活が暇だらけで寂しかったからに違いなかった。そんな邪な気持ちで引き取って育てても、互いのためにはならない。そう感じていたからこそ、彼はこうして里親に少年の全てを委ねる事に決めたのである。
 役場の外に立ち、三人並んで車に乗り込む背中を守は見つめる。去り際に、少年は守へ手を振った。彼も手を振り返しながら、動き出す車をいつまでも見つめていた。
 電子タバコを取り出して、彼はそっとスイッチを入れる。深々と蒸気を吸い込みながら、彼はぽつりと溜め息をつくのだった。

●帰ってきた家族
 かくして寂しい日々を送っていた守であったが、ようやく泉 杏樹(aa0045)とクローソー(aa0045hero002)から連絡が舞い込んできた。今から帰ると。二人はH.O.P.E.所属の歌手グループとして、世界を股にかけてのコンサートツアーを敢行していたのである。
 世界一周、およそ数か月かかった大掛かりなツアー。守にとっては願ってもない知らせだった。二人を出迎えるべく、早速彼は料理に取り掛かったのである。

 マンションの扉を、杏樹はそっと開く。ゆったりと玄関を見渡すと、そろりと足を踏み入れる。髪に挿した簪が小さく揺れた。
(……良い匂いです)
 キッチンの方から、くつくつと何かの煮える音が聞こえてくる。ふわりと漂う香りは、お米の炊けた匂いに、醤油や味噌の煮える匂い。懐かしい日本の香りだ。自ら望んでリオ・ベルデに暮らすことを決めた杏樹だったが、やはり故郷を偲ばせる匂いは格別だった。
 クロトも杏樹の隣に並び、その鼻を小さく動かした。
「これは、随分と榊は張り切っているようだな」
 こくりと頷くと、杏樹は小さな鞄をコート掛けに引っ掛け、そっとキッチンを目指す。今や杏樹も20代の半ばを過ぎた頃。何かにぶつかって物音を立てるようなヘマはしない。すぐにキッチンへ辿り着き、その中を覗き込んだ。
 守はリズミカルに包丁を動かし、果物の飾り切りをしていた。その目の前には、ミルクチョコレートでコーティングされた、つややかなチョコレートケーキがおかれている。チョコミルクのクリームで飾られ、上には種々多様な果物が盛りつけられている。その手つきや鼻歌交じりに料理を続ける様子は、どこからどう見ても浮かれている。それでも今の杏樹にはわかる。
(随分と、寂しい思いをさせてしまいました)
 そっと杏樹は歩み寄り、守は包丁を置いたタイミングを見計らって抱きつく。
「うおっ」
「ただいま、です」
 昔と変わらない声色、語調で帰りの挨拶を告げる。昔と今、絆は何一つ変わるところは無いのだと守へ伝えるために。ちらりと彼を見上げると、守はふっと微笑み杏樹の頭にそっと手を乗せた。
「お嬢、お帰りだな」
 いつまでも子どものような表情を見せる杏樹。それは大人になった杏樹の細やかな気配りの為せる業。それに気づいて自らも合わせている大人か、ただ乗せられている子どもか。彼のただ嬉しそうな表情からは、そこまでは読み取れない。
「クロトも、ただいまだぞ。榊が一人で寂しがってるといけないから、頑張って早く帰ってきた」
 そこへクロトがやってきて、赤、白、ロゼのワイン三本セットを守の目の前に突き出す。どれも最高級の品物だ。
「寂しくなんてなかったよ。……まあ、こいつは受け取っておくが」
 そんな言葉が男の強がりという事くらい、もう杏樹にさえ分かっていた。杏樹は静かに微笑み、静かに傍の鍋を開く。肉じゃがのジャガイモが、いかにも美味そうに黄金色の光を放っていた。
「……肉じゃがですか。最近和食は食べられてなくて、ちょうど、榊さんの作る肉じゃが、食べたいと思ってたところだったんです」
「そうか。そうだろう。そうだと思ったんだ」
 守は思わず声を弾ませる。早速食器棚から皿を取り出し、肉じゃがを取り分け始めた。
「お腹も空いた頃だろ。すぐに食べようぜ」

●一家団欒
 ダイニングテーブルに並ぶのは、温かな湯気を立てる炊き込みご飯、じわりと焼けた鮭の切り身に肉じゃが。ついでにほうれん草の煮浸しもある。添えられた味噌汁の具は車麩に小葱だ。中央にはクロトが買ってきたばかりのワインや、丹念に守がデコレーションしたチョコレートケーキも並んでいる。
 それだけでも華やかだったが、杏樹にクロトがいるというだけで、守にとってはどんなレストランよりも最高の食卓だった。
「和食にワインか……少しちぐはぐな取り合わせになっちまったか」
 杏樹に赤ワインを注いでもらいながら、守はぽつりと呟く。杏樹は守にボトルを手渡し、自らのグラスを差し出した。
「そんな事は無いですよ。ワインと和食……合いますから」
 守は一瞬戸惑う。杏樹もいい大人。お酒を嗜んだって当然なのだが、こうもあからさまに見せつけられると胸の奥がきゅっとなる。
「ぼんやりするなよ。クロトが代わりに注ごうか」
「やめろ。俺が注ぐ」
 クロトの伸ばした手をさっと躱し、守は杏樹のグラスにワインを注いだ。
「ありがとうございます」
「じゃあクロトにも注いでくれ」
 今度はグラスをずいと差し出して来る。守は溜め息をつくと、ワインボトルを再び傾けた。
「それじゃあ、まずは乾杯だな。……コンサート成功を祝して、乾杯だ」
 三人はグラスを取ると、そっと目の前に掲げた。

 守が腕によりをかけた料理。自然と食事は進む。話にも次々花が咲く。主に饒舌だったのはクロトだったが。
「……イギリスの会場は特に大きかったな。H.O.P.E.芸能課のバックアップもあったが、当地のメディアも注目してくれていた。刺繍作家に頼んだ衣装も、杏樹にとても似合っていたぞ」
 クロトと杏樹は目配せする。華やかな藤模様の刺繍が施されたドレスを纏って、大舞台に詰めかけた観衆を前に、二人は普段以上に張り切って何曲も歌い上げたのだった。
「青藍さん達も、時間を作って会いに来てくれたのですよ」
 頬をほんのり赤くして、杏樹は携帯の画面を差し出す。そこに写っていたのは、花束を受け取りはにかむ杏樹と、そんな彼女の肩に手を回して笑う澪河 青藍(az0063)の姿。位は違えど、二人とも神職の家系に生まれた人間。境遇が近いこともあって、青藍が一線を退いた今でも、二人は家族ぐるみで互いに親交を温めあっていた。
「あいつらわざわざイギリスに来たのか? 仕事が忙しいって言ってたろ」
「仕事の都合でイギリスに来ていたそうだ。皆で食事の席を囲んだが、楽しかったぞ」
 青藍達と交わしたという会話を、あれもこれもとクロトは守に浴びせる。頬杖ついて、守は溜め息を零した。
「へえへえ、そうかよ」
 杏樹もクロトも揃って楽しそうなのは良いが、そこに加われないのが守は寂しい。
「なんだ……自慢か? お嬢と一緒でよかったな」
「妬いてるのか? よし、クロトはお姉さんだからな。慰めてやろう」
 クロトは首を傾げると、いきなり守の頭に向かってその腕をぐいと伸ばした。守は咄嗟にその腕を払いのけ、歯を剥き出す。
「あぁん? 妬いてねーよ、ばか」
「ふむ……クロトはただ、お前が寂しがり屋なくせに強がっているから、励ましてやろうと考えているだけなのだが。それに、杏樹がどれだけ外の世界で活躍しているのかを知るのは、榊だって嬉しいのではないのか」
 守は顔を顰める。その気遣いそのものは間違っていない。ただあんまりその思い出が鮮やか過ぎて、旅の思い出の自慢に聞こえて、守がただ僻んでしまっているだけなのだ。しかしそれを認める気にもなれず、守は呻いた。
「くそう。そうだよ。そうかもしれねえけどな……」
 そんな大人二人のやり取りを、杏樹はただ笑みを浮かべて見守っていた。いくつ歳を重ねても変わらない英雄二人の間で、杏樹はすっかり大人になっていたのだ。
「杏樹はほっとしています。……やっぱり、榊さんのご飯が一番美味しいですから」
「……そうだろ? そりゃそうだ。何年も何年もお嬢の為に作ってきた料理だ。お嬢の口には一番合うに決まってる」
 得意げに、空元気も交えて胸を張る守。そんな誤魔化しくらい、今の杏樹には御見通しだ。しかし、杏樹は昔のように知らない顔をして、守とクロトを見渡した。
「榊さんとクロトさんと、一緒の食事は嬉しいの」
 守とクロトは顔を見合わせる。そっとワイングラスを置いて、二人に微笑みかけた。
「これからも、ずっと、ずっと、三人とも家族ですよ。どれだけ離れても、杏樹が帰る場所はこの家なのです」
 この家族で一番寂しがりやな守。彼を安心させるための言葉。勿論、杏樹にとっても、それは本心であった。聞いた守は、思わず頬を綻ばせた。
「三人は家族で、俺が帰る場所か。それはいいな」
「ずっと一緒だな。クロトも嬉しいぞ」
 クロトも頷く。ワインボトルを取ると、守のグラスへお代わりを注いだ。浮かれた守は景気よくグラスを開けていくが、そこへ不意に不安が忍び寄ってくる。杏樹も十分年頃、結婚を考える時節だ。守は思わず唇を噛んだ。
「……けど。お嬢もいつか嫁に行くんだよな」
「いやいや。杏樹が結婚するなら、嫁に行くよりも婿を取る事になるんじゃないか? 泉家の跡取りだからな……そうしたら、きっとこれからも皆で一緒だぞ。何も心配する事は無い」
 クロトはくすりと笑うと、守の肩をぽんぽんと叩いた。守は口を尖らせ、黙ったままワインをぐいと煽る。
「結婚……どう、なるのかな……」
 歌手として世界を飛び回るうちに、箱入り娘もそれなりに世間ずれした。二人のやり取りを見ていた杏樹は、曖昧に微笑む。
「悪い。少しお嬢を困らせたか」
 グラスを置くと、守はうんと伸びをした。話しているうちに食事は進み、いつの間にか残っているのは真ん中のケーキだけだ。じっと見つめた守は、脇に置かれていたパン切りナイフを手に取る。
「じゃあ、そろそろデザートにでもするか」

●未来志向
 杏樹がチョコレートケーキに頬を落としそうになるのを一通り眺めて、三人は後片付けにかかった。流し台に立つ守の隣に、杏樹は布巾を手にして立っている。
「大丈夫か?」
「もちろんです」
 皿を受け取ると、布巾で杏樹は水分を丁寧に拭き取っていく。昔はこれでも十中八九手を滑らすのがオチだったから、随分な進歩である。
「料理とは言えないですけど、レトルト食品を温めるくらいなら、コンサート先でやりましたよ。榊さんの料理には敵わないですけど……それなりに美味しく食べられました」
「レトルトか……」
 お嬢の健康第一な榊は、スポンジを動かしながら顔を曇らせる。しかしクロトはどこ吹く風だ。
「次の国に飛んだ日は店が開いてない事なんてしょっちゅうだからな。ホテルで準備して食べるくらいしかなかったのだ」
「そうか。……まあ、袋に入ったままレンジにかけるとか、そんな事をやらなかっただけ良かったぜ」
「杏樹も、説明書きくらいは眼を通すようになりましたよ」
 杏樹は肩を竦める。守は深々と頷いた。間違いなく彼女も成長している。自分の想像など及ばないくらいに。
(むしろ、成長しなきゃならねえのは俺の方か)
 守はそう自分に言い聞かせた。昔とは違う。杏樹が安心できるように、自分が独り立ちしなければならないのだ。そう彼は悟った。
(俺も、俺なりに幸せの道を探さないといけないかもな)
 そう考えた時にふと思い浮かんだのは、リオ・ベルデに建つ黒い城で番人を務めている、一人の女の横顔だった。



 某日。守は胸を張って廊下を歩いていた。ここはブラックコート本部。リオ・ベルデのリンカー達が、リオ・ベルデで多発する愚神やイントルージョナーの襲撃事件に備えている詰所のような場所だ。
 その頂上、指令室の前に立つと、守はチャイムを鳴らす。すると、不機嫌な声がそのスピーカーから響いた。
「遅いぞ。君が時間を取ってくれというから待っていたのだが」
「すみません。相棒を見送っていたもので」
「泉杏樹か……まあそれならいい。入れ」
 扉がしゅっと開き、守は静かに指令室へ足を踏み入れる。書類にじっと眼を通していたイザベラ・クレイ(la0138)は、そっと書類をデスクに置き、ぐっと背筋を伸ばして守を見つめた。
「で、君の申し出とは、一体なんだ?」



 おわり




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 泉 杏樹(aa0045)
 榊 守(aa0045hero001)
 クローソー(aa0045hero002)
 澪河 青藍(az0063)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

丁度『ラザロの復活』の前後……という形で話を纏めています。これまで注文していただいたノベルの前日譚位に当たる形でしょうか。杏樹さんはかなり大人っぽくしていますが、問題ないでしょうか。何かあればリテイクをお願いします。

ではまた、ご縁がありましたら。
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2019年06月10日

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