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『太陽は身を焦がし、月は静かに佇む 』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790

 今から取る行動がどういった結果を齎すかなんて、考える間もなかった。ただ心中には強迫観念にも似た感情が押し寄せ、もう二度と同じ思いをするのは御免だとそれだけで一杯になる。意志はライセンサーの根幹を為す力だ。もっと強くなりたい、人々を護りたい――そんな願いは劣勢を覆し、時に思いがけない勝利を約束する。そしてそれは裏を返せば、躊躇や卑屈が自身の持つ真価を曇らせる結果を迎える。
 少し離れた場所から己の名を呼ぶ声がする。戦場においては常に凛と響くその声音は微かに震えて、どんな表情を浮かべているか、手に取るように解った。
(――泣くなよな)
 いつからか、少なくともここ十年ばかりはそんな顔など見たこともないのに。何故だか彼女に対してそんな風に思ってしまう。
 鈍い痛みを抱えながら懸命に伸ばした手は柔らかでひどく頼りない、あの頃を思い起こす身体を引き寄せる。こちらの世界に転移してきたばかりの頃、瀕死の怪我を負おうとも手から離れなかった守護刀を放棄し。それでも眼前に迫る異形から一瞬たりとも目を逸らすことはしなかった。

「駆け落ちしようか? 二人で」
「……はぁ?」
 幼馴染という言葉から連想する以上に一緒に過ごした年月は濃いものだ。だから余計に捉えどころのない言動を向けられることが多いぶん、慣れきっているつもりだった。しかしながら今回ばかりは意表を突かれ、不知火 仙火(la2785)は素っ頓狂な声をあげて不知火 楓(la2790)の名前の如く紅葉を思わせる瞳を胡乱げに見返した。そんな視線を受ける楓はまるで何処吹く風で、先程の言動を撤回するでも仙火の反応を面白がるでもなくいつも通りの微笑を湛えている。
「どうせ元の世界に帰る目処もつかないしね。もう充分慣れたから、二人でも困ることもないだろう?」
 言って頭を傾ければ長い前髪が片目から唇の辺りにかかり見え辛くなる。未だに楓のことを男だと思っている女性たちが見たら騒ぎそうな仕草。女と解っていても然りか。本人が意図したものではなくて、見る人間が敵意や嫉妬の感情を抱いているからそう感じるのは重々承知だが、仙火の脳裏にはあの人と付き合ってるんでしょ、と告白してきた時の甘さを含んだ眼差しの真逆、恨みの篭った目を恋人に向けられた記憶が甦った。それも、一度や二度ではきかない。
 放浪者ながらも元の世界と遜色ない自宅に住み、まだ数人程度なら共同生活を送れるのではと思う広さの中では人と居てもどうにも寂寞が付き纏う。庭で家庭菜園に精を出している両親の姿も声も確認出来ないし、来客もないので居間にいるのは楓と自分の二人きりだ。何の気なしに投げかけられた言葉を意識するでもないが、隔絶されたような感覚がしないでもない。机の上に乗せた拳を握ったり緩めたり、そんな無駄な動作をしながらも脳内では様々な思考が駆け巡る。
「そうするか」
 常より若干低い声はいやに平坦だ。そう自覚しながら、仙火は机に手をついて立ち上がる。綺麗に磨かれた木の表面に己の顔が映った。零れそうになる息をぐっと飲み込んで楓を見下ろせば、彼女は何も言わずに同じように身体を起こした。まるで初めから返答を知っていたかのようだ。昔みたいに。
「なら折角だし、僕の行きたい所に付き合ってもらってもいいかな」
「……何処でもいいぜ。全部お前に任せるよ」
 ここ以外の場所なら何処だって変わりゃしない。まさか飲み込んだ言葉まで悟られやしないだろうかと懸念を抱きながら、先導するように我先にと前へ進んだ。すぐ後ろを完全に消す必要はないとはいえ、幼少のみぎりに身につけた技術は彼女の足音を小さくする。それを意識すれば仙火の歩みは強く踏み込んだものへと変わった。

「楓、なんで学校なんだよ」
「僕の好きにしていいって言ったのは君だよ?」
 いつの間にか隣に並んだ楓が言ってくすりと笑い声を零す。はー、と大袈裟に溜め息をつけば、彼女の笑みはますます深くなった。前へ向き直ると近代的な校舎の窓越しに学生が行き交う姿が見える。
「駆け落ちじゃなかったのかよ」
 素振りならばいざ知らず、ただ屋敷から久遠ヶ原学園に辿り着くまでの移動でも幾分気は紛れ、軽口を叩く余裕も少しは出てきた。冗談に冗談を重ねて外に出てきたはいいが、これでは再び、この世界での日常に立ち戻ったことになる。どうせだったら近場でも行ったことのない穴場が良かった。
「仙火はそんなことしない」
「なんでそんなことが言い切れんだ。するかもしれねえだろ」
 変なところでムキになっているのは自覚している。らしくないことも。しかし一度疑問を抱けば自分の存在、その心の在り方を見失うときだってあるのだ。
「……彼女となら、したいと思うのかな?」
 仙火の真正面でくるりと身を翻した楓がそう問いかけてくる。心なしか苦しげに眉根を寄せて。ただそれも一瞬のことだった。薄く開かれた唇が微笑を形作る。
 その言葉が指す彼女が誰かは当然のように理解出来て、だが明確な否定の意思は喉の奥で絡まり出てこない。ごくりと生唾を飲み込み、
「俺の話なんかどうでもいいって――」
 話題を変える為に口にする筈だった続きは再び引っかかった。――楓に胸倉を掴まれたことで。
「どうでも良くないよ。僕が君のことを心配しない筈ないんだから」
 楓も女だ。肉薄する距離にあっても彼女の目線は仙火よりも低く、警戒心の無さから思わず引っ張られたものの、もし今力ずくでこられても抵抗出来るだろう。自分にとって楓は楓だと、そう思っていたから深く意識したことはなかったが。彼女はそっと息を吐き、小さくごめんと謝罪した。手がほどける様を見ていると力が入っていたそれは白くなっている。直ぐに隠すようにもう片方の手で覆われた。
「……この前言ったことを憶えてる?」
「この前?」
「少なくとも僕は救われたよ、ってそう言った」
 苦く鮮明な記憶に顔が強張るのが自分でも解った。嫌な出来事は何度も繰り返す。うんざりする程。
(ホントは全部分かってるんだろ。だったらほっといてくれよ! ……慰めなんかゴメンだ)
 唇を噛めば裂けるのではないかと思うような痛みが生じる。先日の怪我はその比ではなかった。しかしそれ以上に痛いのは――。

 ◆◇◆

「あの時、確かに僕の命を助けてくれたのは君じゃない」
 言えば、渋面がより深くなって、赤い瞳が白い睫毛に烟る。瞼を下ろせば昨日のことのように甦る記憶と僅かに重なった。
 親同士が兄妹分だから幼馴染なだけで楓の家は不知火でも末端の血筋だ。だから万が一が起きれば自分が代わりにという意識は常にあったし、何より、そうしたしがらみを抜きにしても仙火のことを大事に想っていた。一人では到底倒せない相手と認識して自らの素性を偽ったのだから、後悔はない。それでも敵の只中に一人ぼっちになれば、恐怖は水のように胸の内に染み込んでいく。
(僕が勝手にやったことなのにね……)
 奴らは元より跡取り息子を殺すつもりだった。それが違ったとなれば死は必然で、表面上冷静でいられたのは単純に許容量を超えた恐れに押し潰されていたからだ。彼はそれを強さだと解釈したようだが。
「でも君が僕の元に駆けつけてくれた時に思ったんだよ。もう大丈夫だって。何も怖くない、ってね」
 自らの胸元に手を当て、開いたワイシャツを握り込む。なぜ仙火にこの想いは伝わらないのだろう。たまらなくもどかしい感情が吐息になり、楓から冗談めかした気性を見失わせる。
 単身駆けつけた彼の身体は未成熟で、勝ち目などないのは分かりきっていた。それでも普段笑いつつも他人から遠ざけられることに対する悲しみを秘めた瞳が、炎のサムライと自称するその通りに苛烈な炎を宿して煌めく。驕りではなく、自らの勝利を微塵も疑っていない眼差しだった。だから客観的な予想は霧散し、楓の心中から綺麗に恐怖を消し去っていったのだ。彼が返り討ちに遭い、その身を案じても落胆を覚えることはついぞなかった。それに私情を廃して意見を述べるにしても、仙火が時間を稼いでくれたお陰で彼の父親に助けて貰うチャンスが与えられたとも言える。あの日を契機に、楓が求める強さの意味は変わった。
「この前、君が助けた子もきっと僕と同じ気持ちになったんだろうね」
 今は真剣に言葉を重ねたとて真に彼に届くとは思えないけれど。幼馴染だから解ることがある。――幼馴染だから躊躇うこともある。しかし見守るだけで、あの子に全部任せようとすると何かが内側で燻り出した。あの金色の眼差しから目を逸らしたくなるが、そうしたくないとも思う。
 懐から取り出した手紙を仙火の眼前へと提示する。あの日以降見る回数が増えた顰めっ面のままで生真面目に彼はそれを受け取った。済まないとは思うが、既に封は切ってある。断りはSALF本部に少年が母親と共に訪れ、顔を合わせた際に入れておいた。
 目を細めて文面を追う仙火の顔を眺めながら、楓はその内容を思い返す。平たく言うなら助けてくれたことを感謝するものだ。拙くて平仮名だらけで、子供らしい率直さが好ましく綴られている。あの少年にとって彼は本物のヒーローだった。視線が下がるにつれ仙火の表情が曇り、吐く声音は苦々しい。
「何がヒーローだよ……ギリギリ庇うだけ庇ってぶっ倒れた奴なんざ格好良くないだろ」
 情けねえと付け足された声は小さく、独り言のようだった。拳は紙を握りかけて、直ぐ思い留まる。自らが抱く高過ぎる理想に押し潰されそうになる様は痛々しい。――けれど。
「仙火。強さって一体、何なんだろうね?」
「……どういう意味だ」
「言葉通り、だよ」
 人差し指を唇に添え、にっこりと微笑んでみせれば仙火は呆れ顔をしてこちらを見返してくる。こればかりは自分で答えを見つけなければ意味がない。楓だってほんの少し、仙火よりは解るくらいで実現するどころか、本質を掴みきれていないのだろうが。
 ――誰かを救う刃であれ。儚げなようで、瞳に強い意志を秘めた少女は彼にそう語り、そして契りを交わし合ったという。仙火はその意味を模索して、自らの在りようを見出そうとしている。近過ぎる己には出来なかったこと。いやしなかったことか。何れにせよ喜ばしいのは確かなのに楓の胸をちりちりと焦がすのは二人の間に分け入れないものがあるから。
(狡いよね。あの子も僕も)
 その点、仙火がいかに澄みきっているかを思い知らされる。ある意味では一番狡い人間でもあるが。
 彼の懊悩は想像力と想いの強さを是とするこの世界では剣筋さえも鈍らせる。彼以外の誰かが身を呈していたなら無傷で斬り返せていたかもしれない。でも結果的に誰の命も失われることがなかったなら、それでいいじゃないかなんて。そう思うのは楽観が過ぎるだろうか?
 彼女が春で自身が秋なら彼はその間に挟まれた夏に他ならない。自らの熱に苛まれながら、足掻くのをやめずにいる。あの日楓が見た眼差しは今は翳って、だが火は弱くもずっと点り続けている。ふと互いの両親が酒の席で時折話題に上らせていた猫の話が脳裏に過ぎった。人間の本質はきっと、物心がつく前に完成している。明けない夜はないと信じて、信じるだけでなく手も伸ばしたい。
「もしも、全世界の人間が敵に回って、何処にも居場所がなくなったとしても。僕は今までもこれからも君の味方だよ」
 わざとおどけたように言えば、先程の言葉の意味を考え込んでいたらしい仙火が我に返り、俯いていた顔を上げてまじまじとこちらを見返す。それから我慢しきれなかったらしくフッと吹き出し笑う。瞬間に張り詰めていた空気が霧消した。
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
 封筒を持っている方の手を裏返して、手の甲の側で楓の額の辺りを軽く小突いてくる。反射的に目を閉じて、開き直しても仙火は笑っていた。
 彼の家族も自分の両親も、あの子も。知り合った人々の大多数が味方をしていて、自分だけが、なんて有り得ないのは百も承知だ。辛くて逃げたいと願うのなら刀を手に取ることをやめた仙火だって全て引っ括めて肯定しよう。しかし同時に、そんな未来は絶対にやってこないと確信している自分もいた。
(――だって君は君のままだから)
 だから心配こそすれ、不安がる必要はない。守り守られ背を預け合って。この先も一緒に強さの意味を模索し続けていきたい。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最初はもっと前回の話を意識した内容にしたいなと思っていたんですが、
誘拐の話題を入れたい、でも直接過去を掘り下げるのもなあというところで
つぶやきでのやり取りを拝見し、そこから派生する形で書かせて頂きました。
近過ぎてかえって触れられなかった核心に踏み込むような話なので
解釈違いになっていたら申し訳ないですが、信頼という言葉では収まらない
距離を描きたくて。更に今後の成長に向けての足掛かりになればと願います。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年06月11日

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