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『至福はつまらないものだから 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 曇天の午後。
 シリューナ・リュクテイア(3785)は書斎のプレジデントチェアへ背を預け、白茶を味わっていた。
 ほとんど手を加えられていない白茶は素材となる茶葉の質が命。そしてその命を生かすものは、淹れる者の手腕である。だからこそシリューナ自らが淹れた茶は、この上なく生かされているわけなのだが。
 自作の完成度を自評することに意味はないわ。それがなんであれ、誰かの心を揺らして初めて価値が生まれるんだから。
 シリューナは視線を窓の外へと投げる。
 しかしながら、魔法の弟子にして大切な妹分であるファルス・ティレイラ(3733)の気配を感じ取ることはできず――彼女はつまらないため息を漏らした。


「ファルちゃん!! そっちどんな感じー!?」
 となりの部屋から飛んできたSHIZUKU(NPCA004)の声に、ティレイラは同じ音量で返事をした。
「別になんにもないですー!!」
 言い合ったすぐ後でふたりは合流し、上がらない成果について報告し合う。
「情報どおりに燭台はいっぱいあるんだけどね。なんかこう、おもしろくないっていうか、フンイキないっていうか」
 SHIZUKUの言うとおり、確かにこの洋館はおもしろくなかった。
 ティレイラはSHIZUKUの助手兼ボディガードとして「町外れに佇む誰も住んでいない古洋館」へ来たのだが。数十年間、誰の手も入っていないという触れ込みのわりには窓枠や装飾に埃が積もっていなかったし、床も壁もまた然り。
 ……ここは謎の燭台で満ち満ちた洋館“燭台館”。近頃ネットで情報が出始めたオカルトスポットである。
 とはいえ、内の情報が出ているということはつまり、複数人の好事家がすでに侵入しているわけだ。出遅れたことを知りながらもSHIZUKUがここへ来たのは、オカルト系アイドルとして放っておけなかったのと、動画サイトへレポ動画を上げるためである。
「それにおかしいんですよね」
 ティレイラはかわいらしく眉根に皺を寄せる。
 人が出入りしない家は荒れるものだが、この館は古いながらもまるで荒れた様子はなかった。もしかすれば侵入者が転ばないよう掃除したのかもしれないが、だとしてもなぜ触れる必要のない壁や天井、備品まで手入れする必要がある?
「燭台もなんか最近造りましたって感じするし。“燭台館”は釣りだったかなー」
 しょんぼりとかぶりを振るSHIZUKU。こんなことでは話題を作るどころか、自演してまで人気が欲しいのかと炎上しかねない。
「とにかく調べられるとこ全部調べないとね!」

 調べた結果に知れたのは、各室へ配置された、装飾品というには多すぎる燭台の数くらいのものだった。
「ほんと、なんなのかな、これ」
 すがめた目を燭台の細部にはしらせるSHIZUKU。
 洋館という場に合わせて拵えられたのだろうジランドール(枝つきの西洋燭台)は、絡み合った蔦によって形造られたような意匠となっており、その蔦の隙間からは、捕らえられているらしい小人が顔や手を突き出している。
「芸術的な価値は多分あると思うんですけど、アンティークとしては多分いいお値段つかないですよね。新しいですし、滋味がないですから――多分」
 別の燭台を見ていたティレイラもうなずいた。
 数十台を確認したが、デザインはすべて異なっていて、しかしコンセプトは統一されている。すなわち、小人を閉じ込めた蔦の燭台。
「滋味がなくて地味? 作者の人が聞いたら怒るよね、多分」
 ティレイラの「多分」を引き継いで、SHIZUKUは燭台に触れる。
 思いがけない青銅の冷たさに、彼女は急いで指を引っ込めた。
「ひやっていうか、ピリってきた! みんな、前にあるからってなんとなく触ってみちゃダメだよ!」
 スマホの録画を止めて、ティレイラへと振り返り。
「結局なんにもなかったらしょうがない。『やばそげな洋館で百合百合してみた!』に企画差し替えだから!」
「え!?」
「あたしはノンケだってかまわないで食っちまうオカドルなんだぜっ!」
「えーっ!?」


 ティレイラの絶叫はともあれ。
 ふたりは残る部屋をチェックしつつ、二階の最奥まで辿り着いた。
「「っ!」」
 押し詰められていた湿った空気が一気に溢れ出し、その後に現われたものは。
「書庫?」
 つぶっていた目を開けたSHIZUKUが小首を傾げる。
 そこは左右に本棚が並ぶばかりの小部屋だった。
「本は……読めそうにないですけど」
 茶を通り越して黒ずんだ本は、すべてが過度の湿気を吸って大きく波打っている。ページをめくろうとすればぼぞりと破れてしまうだろう。
 ほかの部屋はそうじゃなかったのに、どうしてこの部屋だけこんなに湿気が……考え込むティレイラの脇からSHIZUKUが顔を出し、部屋の奥をのぞき込んだ。
「燭台は奥にいっこだけ。小部屋だからかな?」
 そのまま恐れ気なく踏み込んでいく。
「うわ、なんかふかふかしてる」
 表面上は普通に見えるが、どうやら湿気で腐っているようだ。
 後を追ったティレイラを交え、ふたりは最奥の小部屋の、さらに最奥へ置かれた燭台の前へ至る。物は他の部屋のものと同じように見えるが、ただひとつ。
「あれ、小人いなくない?」
 絡む青銅の蔦に隙間はなく、だから青銅の小人も捕まっていない。
「裏にいるのかも。ちょっと待ってて」
 録画中のスマホに語りかけながら、SHIZUKUは燭台へ手を伸べる。
「SHIZUKUさん! 触っちゃダメだって――」
 自分で言ったんじゃないですか!! 言おうとしていた後の言葉はあえなく断ち斬られた。ばらりと解けた燭台の蔦がふたりへ飛びかかったのだ。
 硬かったはずの青銅はぬめりを帯びて、縦横をはしる。
 むせかえるほど強く青臭い魔力にあてられながら、ティレイラは反射的に竜翼を伸べ、羽ばたかせながら頼りない床を蹴った。
「SHIZUKUさん!」
 蔦にまかれかけたSHIZUKUを引き抜いて、竜尾を思いきり振り回して反転、部屋を飛び出す。
「ファルちゃん後ろー!!」
 振り向くまでもなく知れた。廊下を埋め尽くした蔦の奔流が迫り来ることは。
 この家が妙に綺麗なのってそういうこと!?
 蔦をかわして一階へ飛び降りるティレイラだったが。
「あ」
 かわせなかった。各室に置かれた燭台が一斉に解け、八方から押し迫ってきたから。
 そしてティレイラは見た。狭間に閉じ込められた小人が、蔦から逃れようと蠢いている様を。
 もしかして、ここに入っちゃった人たち――
 蔦の一本に叩き落とされ、ティレイラは床へ転がった。咄嗟にSHIZUKUをかばった体へ蔦が殺到し、巻き取って、締め上げていく。
 SHIZUKUさんだけでも……!
 火魔法を燃え立たせて蔦を焼き切ろうとするが、蔦は激しく蒸気を噴きながらティレイラへ、その腕の内にあるSHIZUKUを侵し、犯して。
 館は程なく静寂を取り戻した。


 ティレイラが出かけて三日が過ぎていた。
 子どもではないのだから、そんなこともあるだろう。逸る気持ちを抑え、シリューナは今日もつまらない茶をすすっていたのだが。
『もしもしー、りゅるれーあちゃんー?』
 瀬名・雫(NPCA003)から噛みまくりで電話してきたわけだ。
『最近ウワサになってる“燭台館”ってのがあってね、うちのサイトの常連さんたちがちょっとだけ侵入してきたんだよね。で、こっちに送ってくれた写真がこれなんだけど』
 届いたメールを開けば、モニタに絡み合う青銅蔦のジランドールが映し出された。そして抱き合う形で蔦に巻かれた女性像の面は――
「ティレとSHIZUKUさん?」
『そ! なんかやばそうだから知らせといたほうがいいかなって』
 ふむ。シリューナはデータの向こうを透かし見るように両眼をすがめ、立ち上がる。
「ありがとう、行ってみるわ。顛末はメールで送ればいいかしら?」
『助かるー。あ、箇条書きとかでいいからね。演出とかはあたしに任して!』
 危険を冒すことなくオカルト話の真相を手に入れること、それが雫の目論見だ。
 いつものシリューナであれば、こんな便利使いをされるには相応の代償を求めるところだが、今日ばかりはそうもいくまい。
 だって最初から代償の約束された話だもの。


 件の館へ着いたシリューナは、探知の術式を編み上げ、投網よろしく外壁へと投げかけた。染み入る魔法が内に潜められた魔力を洗い出し、分析する。
 主は植物系。乾湿が鍵みたいね。
「なら潤わせてあげましょうか。思いきり、ね」
 館へ踏み入ったシリューナは水魔法を発動した。それこそなりたての魔法使いでも簡単に再現できる、単純な水生成魔法を。
 ただ、その量がすさまじい。一秒に数十トンの水を生成しては重力魔法で圧縮し、空気の内へ押し詰めていく。幾重にも術式を繰り、飽和を許さずに。
 いつしか空気は水よりも重くなり、乾いて青銅のごとくを為していた蔦が、強制的に吸わされることとなった水気でぱんぱんに膨れ上がる。
 燭台の形を保ちきれなくなり、床をのたうつ蔦どもを見下ろしながら、シリューナは薄い笑みを浮かべてみせた。
「植物である以上、呼吸は止められない。そして取り込んだ水は、さらに濃さを増した水の中には吐き出せない」
 そして、フリーズドライのような状態で捕らわれていたらしい小人が水気を吸って膨らんでいく。
「ごめんなさいね。すぐに軽い空気を吸わせてあげるから」
 人型を取り戻した彼らを眠りの魔法で眠らせておいて、シリューナは歩き出す。
 それを追おうとした蔦は限界以上に含ませられた水に耐えられず、内から張り裂けて落ちた。

 二階へ至ったシリューナは、すでに小部屋から溢れだしてきた蔦と対峙する。
 さすがに本体は容量も魔力もケタがちがうのね。
「訊きたいのだけれど。あなたはどこまで失っても存在を保つことができるのかしら?」
 これを挑発と取った蔦はあらん限りの魔力をもってシリューナへ襲いかかった。
「繊毛を針にして獲物へ撃ち込んで、水分を吸収する」
 重力を押し固めた無数の黒刃を舞わせ、蔦の表皮を削り取る。
 しかし蔦はそれにかまわず、彼女をさらに巻き取ろうと迫った。
「粘膜を接触させれば同じことができるようだけれど」
 ひとつところへ収束した黒刃を振りかざすシリューナ。それは刃であると同時、棍であった。蔦を斬り裂きながら打ち据え、そして。
「私のキスは安くないのよ」
 その重さを“内”へと爆ぜさせ、一気に蔦を引きずり込んで押し潰したのだ。
「一応、根は残しておいたつもりだけど……聞こえる? 取引をしましょう」


 一階の居間に残されたソファは、蔦によって綺麗に埃が払われ、座すことに不自由はない。
 人々の治癒をすませ、深く心地よい眠りへつかせたシリューナは、急ぎそこへ浅く腰を下ろした。
「抱き合う少女の様に硬質の処女性と果てなく溶け交わるエロシズムの二律背反を魅せる……しかも蔦という抗い難い縛めに強いられる中で、被虐と嗜虐の性(さが)までを含ませて」
 自らの魔力で“保護”していた唯一の燭台――ティレイラとSHIZUKUを取り込んだそれへ見入りながら、評する。
 こうしてただながめるだけでもすばらしいのに、細部へ目をやればさらなる至福が待っていた。
 ティレイラの肢体のよじれは、固められるまでSHIZUKUを守ろうと力を振り絞っていたからこそのもの。表情もそうだ。けして負けないという意志を映し、厳しく引き締められていた。
 対してSHIZUKUは、早い段階で意識を半ば以上失っていたのだろう。身をティレイラに預ける形で脱力し、眉根を絞っている。
「強大なものへの抵抗とあきらめ。すべてが二律背反を織り成して、ひとつの絶望を描き出す」
 ただし、これだけの要素を重ねてしまえば、普通ならば下品へ堕ちる。それをさせないのが青銅――ではないのだが――の滋味だ。陰影をよく映す素材であればこそ、ひとつひとつを浮かせることなく、まとめあげられている。
 と、ここまでの評を添えて近代美術の目利きへ見せたなら、それこそ億単位の金が積み上げられるだろう。シリューナが売れないと突っぱねれば、それが何倍になることか。
 崩してしまうのはあまりに惜しいわね。せっかくあの蔦の主とも話をつけたんだし、このまま持ち帰って手元に置きたいくらいだわ。
 シリューナは『お姉様は邪竜オブ邪竜ですううううう』の幻聴へ苦笑をうなずかせ、うそぶいた。
「私が私の淹れたお茶に我慢できる間は……よ」
 その“間”がけして長く続かないことを知りながら、彼女は再び造形の美に没頭していった。
 
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2019年06月11日

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