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『ひとときの相棒 』
イルム=ローレ・エーレka5113

 イルム=ローレ・エーレ(ka5113)はその日、実に穏やかな気分で小道を歩いていた。とある街で受けた依頼が、この上なく上手くいった、というのがその大きな理由だったが、そればかりではない。空は明るく晴れ渡っているし、ときおり髪を撫でる風は優しく、日差しはきらきらと沿道に咲く花を照らしている。
「うーん、いいねぇ。なんて気持ちのいい日だ。この世のすべてが輝いているようだよ!」
 イルムは大きく息を吸い込んだ。次の目的地までは、特に急ぐ旅でもない。折角だから、この気持ちのいい日を存分に味わいながら進もう、とそう思っていると。
「おや……?」
 小道の右手に広々と続いている森から、影が、ひとつ、近付いてくるのに気がついたのだ。
「ふむ……、この素晴らしい日を邪魔しようというのかな?」
 イルムは慌てることなく、いつでも迎撃できる体勢を取ってその影の正体を見極めようと目をこらした。その影は。
『わん!』
 と、吠えた。イルムの前に現れたのは、茶色い毛をつやつやさせた、一匹の犬であった。小犬と呼ばれる時期を脱したばかり、というような、小柄な犬だ。嫌な気配は感じられない。
「おっと……、これは失礼」
 イルムは警戒を解き、犬に対しても礼儀正しいお辞儀をして見せた。犬もまるでそのお辞儀の意味がわかっているかのように、首をぐるりと動かしてお辞儀に似たしぐさをして返す。その様子が可愛らしくて、イルムは思わずくすりと笑った。
「さて、君はどこの子かな? 首輪のたぐいはつけていないようだけれど……」
 イルムはその犬の姿をつくづくと眺めた。森からやってきたように見えたが、どう見てもこの犬は、森で生活しているようなタイプではない。
 イルムのその疑問に答えるように、犬は、わんわん、と吠えると、鼻先を森の方へ向けた。
「うん、森から来たのは見ていたけれど……、ん? もしかして、ついて来いということかな?」
 犬はまるで頷くように首を動かし、森の方へ少し走ってはイルムを振り返った。どうやら本当に、イルムをどこかへ連れて行きたいらしい。イルムは少し迷ったが、この人懐っこい犬について行ってみることにした。
「何か、素敵な冒険が待っているかもしれないしねっ」
 イルムは犬ににこりと笑いかけると、その犬にいざなわれて、森の中へと足を踏み入れた。



 森は、至極のどかだった。こんな穏やかな日には、きっとお弁当を持ってピクニックでもしたらさぞ楽しいであろうと思うほどには。
「豊かな森だね」
 イルムはにこにこしてその森の空気を味わいつつも、決して油断はしなかった。実りの豊かな森には、小動物が集まる。小動物が集まるということは、それらを捕食する肉食の大型獣も生息している可能性が高いのだ。
 犬はイルムの前を歩き、ときどきイルムの姿を確かめるように振り返った。
「大丈夫。ちゃんとついて来ているよ」
 森の、かなり奥の方までやってくると、不意に、犬が立ち止まり、その場でぐるぐると回ったかと思うと、わんわんわん、と何度も吠え、前足で地面を掘り始めた。そして、少し掘ったところでイルムを見上げる。
「うーん、これはもしかして……、ここ掘れわんわん、というやつかい?」
 そんな昔話を誰かから聞いたことがある気がするな、とぼんやり思い出しながら、イルムは苦笑した。まさか、そんな昔話と同じようなことが自分に降りかかるとは。犬はその通りだと言わんばかりに吠え、また、地面を掘る。
「なるほど、やはり掘るのを手伝ってくれ、というわけだね。しかしどうしようか……」
 イルムはスコップのような、地面を掘るための道具を持っていない。まさかあの犬と同じように両手で土を掻き出すわけにもいかないだろう。と、子どもの腕ほどの太さの木の枝が地面に落ちていることに気がついた。
「うん、これを使えば、なんとかなるかな。よし、手伝おうじゃないか」
 木の枝を拾い上げ、イルムは犬が必死に掘っているあたりを共に掘り始めた。幸い、土はあまり固くなく、枝を突き刺すようにすると簡単に穴が広がった。特に示し合わせたわけではないのに、イルムが枝で突き崩した土を犬が掻き出す、という連携がなされ、穴はどんどん深くなっていった。
「うん、なかなかどうして、君とはいいパートナーになれそうだね?」
 イルムが冗談めかしてウインクしてみせると、犬もその冗談がわかるかのようにくんくん、と鼻を鳴らして答えた。
 どのくらい、掘り進んだだろうか。時間の経過はよくわからなかったが、穴は、イルムの膝が隠れる程度には、深くなっていた。そろそろ一度休憩しようか、とイルムが考えたとき。
『わんわんわんわん!!』
 ひときわ大きく、犬が吠えた。イルムは、穴の中から出てきたものに、目を見張って……、それから、瞑目した。
 それは、白い塊……、人骨であった。



 いちばん近くの街へ行き、イルムが森で見つけたもののことを報告すると、すぐさま人が集められ、森の中の人骨が掘り出された。骨と共に出てきた衣服や持ち物から、数か月前から行方不明になっていた男性の遺骨であろうということが、わかったようだった。その人は、イルムを森へいざなった犬の、飼い主だったらしい。行方不明になっていた飼い主を、ひたすらに、探し続けていたそうだ。
「立派なものだ。ちゃんと、見つけたのだからね」
 イルムは、茶色いつやつやした毛並みを、撫でた。犬は、得意げに、けれど悲しそうに、くうん、と鳴いてイルムを見上げた。
「ほんの少しではあったけれど、君とは心が通じ合っていた気がしたよ。機会があれば、また仕事をしようじゃないか」
 イルムがそう言ってウインクすると、犬は、その言葉がわかっているように、わん、と返事をした。
 また、いつか。
 そう言っているような気が、した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
どんなことも楽しんでしまえる、というイルムさんの良さを少しでも描けないかと思い、書かせていただきました。
楽しんでいただけたなら、大変嬉しく思います。
この度は誠に、ありがとうございました。
おまかせノベル -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年06月13日

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