▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『二分の一ファーストバイト 』
赤羽 恭弥la0774)&日十歳 紬la2491

 時計を確認すると、約束の時間にはまだ少し早かった。彼女を待たせたくないという思いと少しでも早く彼女に会いたいという気持ちがあったせいか、つい予定よりも早く集合場所まできてしまったのだ。苦笑しながら、赤羽 恭弥(la0774)は時計から目を離すと愛しい人の事を待ち始める。
 さして時間が経たない内に、見覚えのある影が少し遠くの方に見えた。恭弥の姿を目にした瞬間、相手は歩く速度を少しだけ速める。はやる気持ちを抑えきれないかのようなその様子に、早く会いたいと思っていたのは自分だけではなかった事が分かり恭弥は嬉しい気持ちになった。
 彼女の早歩きに合わせるように、手に持っている通学鞄が揺れる。休日に会う時とは違い、その赤みがかった髪はゆるく二つに結ばれていた。
 学校帰りである彼女は、制服姿のままだ。セーラー服に、赤いリボン。見慣れている衣服のはずなのに、恭弥は少しだけ違和感を覚える。その違和感の正体に気付いた瞬間、嗚呼、もうそんな季節なのかと彼は思った。
「そうか、もう夏服なんだな」
 挨拶を交わしあった後、恭弥はしみじみとそう呟く。今日の彼女は、前に会った時とは違い袖の短いセーラー服を身にまとっていた。
 仕事や旅で忙しい日々を過ごしているとつい季節の事を忘れそうになるが、こうして日十歳 紬(la2491)と会うと移り変わっていく季節というものを確かに感じる。今一度涼し気な彼女の格好を見やり、恭弥は一度頷いた。
「……うん、似合ってる、というか」
 しばし視線をさ迷わせた後、「可愛い」と青年は続きの言葉を口にする。普段はどちらかといえば明るいほうである恭弥らしからぬ、小さな声だ。目の前にいる紬の耳に、ちゃんと届いているのかどうかすらも怪しかった。
 本当はもっと色々と言いたい事があるのに、上手く言葉が出てこない。可愛いとか好きとかそういった類の言葉を口にする時、どうしても照れという感情が彼の口の邪魔をするのだった。
「……すごい可愛い」
 けれど、その言葉を何とか彼女に伝えたくて、恭弥は喉から声を振り絞って言い直す。たったこれだけを言うのに、ここまで緊張してしまうのだから恋というものは厄介なものだ。
 目の前に立つ紬は、いつも通りの顔をして恭弥の方を見ていた。けれど、あまり表情は変わっていないものの、その茶色の瞳は僅かに揺れており恭弥の言葉に少し照れているという事が分かる。
「……ありがと。恭弥も可愛いわよ」
「いやいや、俺は可愛いとかないから!」
「冗談よ……って言おうとしたけど、でも今の焦ったリアクションは本当に可愛かったわ」
 紬は、照れ隠しだとばかりに軽口を一つ添えた。物静かで口数も少ない紬だが、こうやって恭弥をからかって楽しむ事も意外と多い。
 常の無表情に少しだけ楽しげな笑みを乗せしばし軽口の応酬をし合った後、紬は首を傾げる。
「この後はどうするの?」
「ああ、実は紬を連れていきたい店があるんだ」
 デートの行き先はもう決めてあった。先日、友人からオススメだと紹介された喫茶店だ。珈琲が評判なのだと聞いたが、それよりも恭弥の興味を引いたのはその店のとあるメニューだった。
「喫茶店なんだけど、ケーキが美味いらしいんだ」
「ケーキ……」
 普段はあまり動かない紬の表情がケーキという言葉に僅かに緩んだのを見て、恭弥は笑みを浮かべる。甘いものが好きな彼女ならきっと喜ぶだろうと思ったが、どうやらその予想は当たっていたらしい。
「行こうぜ」
「うん」
 恭弥はそっと、紬の手を握った。こうやって手を繋いで歩く事が自然になったのは、いったいいつからだっただろう。掌から伝わってくる温度は、不思議と恭弥の心を落ち着かせるのだった。

 ◆

 席につき、しばらくメニューとにらめっこした後、二人は注文を済ます。届いたケーキは見た目からして美味しそうで、思わず二人とも笑顔になってしまった。
 まず一口。ゆっくりと、チョコレートケーキを口へと含んだ紬の瞳が、嬉しそうに細められる。そんな彼女を見て少し笑った後、恭弥は自分が頼んだイチゴのミルフィーユをフォークで器用に半分に切り分けた。
「こっちのケーキも食べるか?」
「いいのかしら?」
「うん。そのかわり、俺にもそのチョコのやつ少しくれよ。俺も紬のケーキ、食べてみたいんだ」
 その提案に、紬が迷う理由などない。恭弥からはんぶんこにされたミルフィーユを受け取った彼女は、お礼の言葉と共に二分の一に切ったチョコケーキを相手の皿へと移した。
 綺麗に二つずつに分かれたケーキを、二人は仲良く分け合って味わい始める。美味しいという噂に間違いはなかったようで、口の中でとろけるように甘いその味が二人の舌を楽しませた。
 ケーキを食べながら、彼等は話に花を咲かせる。最近の仕事の事、旅で行った場所について、共通の友人の話……話す話題は尽きる事はない。
 けれど、不意に恭弥は口を閉ざす。紬の事をじっと見つめ、いつになく真剣に何かを考えている彼の表情に、思わずケーキと共に息まで呑み込みながらも紬は相手の言葉を待った。
「紬の話も、よかったら聞かせてほしいな」
「あたしの?」
「昔の、紬の事とか。ライセンサーになる前の紬の事、知りたいんだ。もちろん、紬が嫌じゃなかったらだけどな」
「……いいわよ。何から話そうかしら」
 紬はあまり喋る事が得意な方ではない。けれど、信頼している恭弥になら、話しても良い……いや、話してみたいと思い、一つ一つ手に取って確認するかのように頭の中から言葉を選び、続ける。
「物心ついた時には、施設にいたわ」
 ナイトメアの襲撃が、幼い紬から血の繋がった家族という存在を奪ってしまった。紬の知る家族は、孤児院で出会った先生や同じ孤児の少年少女達だけだ。
「SALFに入ったのは、孤児院を出る事で少しでも負担が減ると思ったからよ。弟や妹達の事は好きだったから、少し寂しかったけどね」
「弟や妹か。紬、子供好きだもんな」
 普段の彼女の様子から、子供を守りたいという意志の強さは確かに感じていた。その彼女の信念の基盤となっている部分には、孤児院で一緒に暮らしていた弟達への想いもあるのかもしれない。
「うん、今でも時々顔を見せに行ってる。みんなの元気な顔を見ると安心するし、もっと頑張ろうって思えるわ」
 瞼を閉じ語る紬の声は、いつもよりも柔らかだ。小さい弟達と妹達の姿を、思い浮かべているのだろう。
「また近い内に、お菓子でも持って会いに行くつもり」
「ああ、良いと思うぜ」
「次に行った時は、恭弥の事も話してみたいわ。こうやって話を聞いてくれたり、コタツを運んだりもしてくれる頼りになる人がいるって言うと、みんなも安心すると思うから」
 紬の言葉に、冬に購入したコタツを彼女の家まで運ぶのを手伝った事を恭弥は思い出す。あたたかなコタツを気に入ったのか、よく潜り込んでうとうとしていた紬の姿を思い出すと、自然と頬が緩んだ。
 さすがに、コタツはもう片付けてしまったようだ。名残惜しそうにその事について語る紬に、「暑くなってきたもんなぁ」と恭弥は苦笑する。
「そろそろ扇風機とかエアコンとかが必要じゃないか?」
「そうね。そう思ってるんだけど、どれがいいのかいまいちよく分からないのよね」
「よし、じゃあこの後、一緒に見に行こうぜ」
「ありがと」
 恭弥の提案に、紬も嬉しそうに頷く。その無表情を崩し、僅かに笑みを浮かべて恭弥を見つめる紬の瞳には、彼への確かな信頼が見て取れた。
「恭弥が一緒に選んでくれるなら、助かるわ」
 家族を失い小さな弟達と妹達の面倒をみて育ってきた紬は、人に頼る事をあまり好んではいない。けれど、恭弥が差し伸べてくれる手には、彼女は安心して手を伸ばす事が出来るのだった。
 はんぶんこしたミルフィーユを口に入れ、「おいしい」と思わず紬は呟く。彼女の嬉しそうな表情を見て、恭弥はお腹だけではなく心の方が満たされるような心地になった。美味しいものを大切な人と二つに分けると、更に美味しく感じるのだという事を紬と一緒にいると恭弥は実感する。
 喜びも苦労も悲しみも、こうやって分け合う事が出来ていけたらと思う。ケーキも、ケーキ以外のものも。
「恭弥の事も……あたし、知りたいわ。よかったら、教えてくれる?」
「ああ、もちろん」
 そしてまた一つ、はんぶんこ。
 愛しい人の声が、フォークの代わりとなり抱えているものを分け与える。二人の歩いてきた過去は、決して楽しい事ばかりではない。これから先の未来にだって、辛い事はいくつも待ち構えているだろう。
 けれど、大切な人とこうして分け合っていけたら、きっと抱えているものは軽くなるに違いなかった。口に含むケーキは、甘いだけではなくどこか優しい味に感じる。一人で食べていたら、きっとこの味を感じる事はなかっただろう。
 恭弥の話に、紬は耳を傾ける。先程の恭弥がそうだったように、なるべく穏やかな笑みを浮かべて。話をしながら、舌を撫でる優しい味を彼等はゆっくりと味わうのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
ケーキをはんぶんこにする恭弥さんと紬さんのお話、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
お二方のお気に召すお話になっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
この度はご発注誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。
イベントノベル(パーティ) -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年06月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.