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『今夜は相棒のご機嫌が悪い 』
ルトガー・レイヴンルフトka1847

 大きな満月がふたつ、水平線から順に顔をのぞかせる。
 まだ暮れ切っていない西の空には明るさが残っているが、ここからは夜の領域だ。
「参ったな。今日は野宿か」
 草むらに足を投げ出して、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)がため息をつく。
「どうしたんだ。何がそんなに気に入らない?」
 大きな手のひらが、愛おしむようにやさしく叩くのは、流線型のボディの魔導バイクだ。
 ルトガーがずっと手を入れて大事にしている愛車は、結構な無理にも応えてくれる頼もしい相棒。
 今日の依頼でも大活躍してくれたのに、何故か帰り道で急にエンストしてしまったのだ。
 ルトガーはすぐに心当たりの箇所を調べてみたが、特に問題は見つからない。
 そうしているうちに日が落ちてしまったという訳だ。

 緩やかにうねる街道沿いには、初夏の青草が風になびいていた。
 バイクを停めたのは街道を少し離れた草地だが、少し行ったところで地面は途切れ、その先は見渡す限りの海原である。
 小波に月の光が映えて、それは美しい光景だった。
「ま、偶にはいいか」
 幸い、最低限の飲料水や携帯食料は持っている。初夏ならば夜の寒さに震えることもないだろう。
 ルトガーは腹を決め、夜露をしのぐ場所を探すことにした。
 見渡すと、少し先におあつらえ向きの大きな木があった。
 バイクを押していき、場所をあらためると、中々具合がよさそうだった。
 柔らかな下草の上に腰を落ち着け、手持ちの食糧で月見と洒落込む。

 月は光の名残を残し、水平線から離れつつあった。
 草原も、ルトガーの顔も、バイクのボディも、金色に輝く。
 木や岩の影は真昼のように黒々として、見渡す限り金と黒のコントラストに彩られた光景は、まるで違う世界にでも行ったようだ。
 実際のところ、ふたつの月のひとつは違う世界から飛んできたのだが、今では人々はすっかりこの明るすぎる夜空に慣れていた。
 ルトガーがふと笑みを浮かべた。
「この景色をひとりじめか。悪くはないな」
 耳には心地よい波の音。頬を撫でる潮風は程よく涼しく、昼間の熱を運び去っていく。

「しかしお前は、何が気に入らないんだ。え?」
 ルトガーは愛車に話しかけながら、またペンライトで思いつく場所を照らしてみた。
 しかし内部に至るまで土埃ひとつ、油汚れひとつないバイクには、何の問題もみつからない。
「オイルも替えたばかりだしな。後は魔導エンジンか? どっちみち、ここじゃ分解は無理だからな」
 ついに諦めて、ルトガーは草地に大の字に寝転がった。
 バイクの不具合の原因になりそうなことを考えつつ、太い木の枝越しに空を眺める。


 依頼の疲れ、成功の満足感。
 そういった理由もあったのか、暫くうとうとしていたようだ。
「ん? ……いてて、何か敷くのを忘れていたな」
 首の後ろを押さえながら、ルトガーが身体を起こす。
 月はかなり高い場所に昇っていた。
 物の影は短くなり、見渡す限りの世界は金色に満たされている。
「同じ押して行くなら、夜の間に少しでも距離を稼ぐか?」
 飲料水を口に含み、ルトガーは思案する。
 短い時間とはいえ休憩したお陰で、身体は問題なさそうだ。

 その時突然、ルトガーの周囲に音があふれだす。
「何だ?」
 ざわめきのような、何かがこすれあうような音が、一斉に湧き上がり、辺りを覆いつくす。
 時折、警笛のような鋭い音がそれに混じった。
(生き物のようだが……何があった?)
 身構えたルトガーの目の前を、不意に金色の塊が横切る。
 咄嗟に伸ばした手の中には、びっくりしたような目を見開く小鳥がいた。
「鳥か……!」
 手を開くと、鳥はすぐに羽ばたいて飛び立っていった。

 ルトガーは思わず立ち上がる。
 草の間からこぶし大の小鳥が飛び出しては、また少し離れた草むらに飛び込んでいく。
 警笛のような鳴き声をかわし、小鳥たちは忙しく動き回っていた。
 金色に輝く草地は、今や生命の気配に満ち満ちていた。
「おいおい、すごい数だな。どこに隠れていたんだ?」
 ずっと草の間に潜んでいたのなら、ルトガーがここに来るまでに踏み込んだ場所からは飛び出したはずだ。
 全部ではないだろうが、ほとんどはルトガーが落ち着いてから、ここに集まって来たのだろう。

 月が真上に差し掛かる。
 まるでそれが合図だったかのように、ほんのわずかの間、鳥たちのざわめきが収まったような気がした。
 その次の瞬間、崖の縁から金色のつぶてがひとつ飛び出す。
 やがて、無数の金色の点が後に続き、崖の縁から滲み出すように広がっていったのだ。
 鳴きかわす声、羽ばたきの音。
 それは一瞬でピークを迎え、静まり返った草地を離れた鳥の群れは、金色の雲のように海へ流れ出して行く。
 ルトガーは言葉を失い、その行く末を見守り続けた。


 翌朝早く、今度は太陽の光に起こされる。
 目覚めて見れば、昨夜の光景は夢のようだった。
 ルトガーは立ち上がると、ある確信を持って魔導バイクのエンジンをかける。
 予想通り、快調そのものの音。
「お前、あれが見たかったのか?」
 ルトガーが軽くトントンとバイクのボディを叩く。
 ――あるいは、自分に見せたかった。
 ルトガーは首を横に振る。
 マシンはマシンだ。意志を持って行動するなら、道具としては使えない。
 それでもルトガーは呟く。
「渡りの瞬間とは、珍しいものが見られたな。お前のおかげだ」
 広げた荷物をまとめて積みなおしたルトガーは、バイクを押して街道に出る。
「さて、帰るか相棒。朝早くの海沿いはなかなか悪くないぞ」
 ひらりとまたがると、土埃と軽快なエンジン音を残して走り出した。
 マシンの振動と一体となって朝の空気を切り裂く心地よさに、ルトガーの心は満ち足りていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

またのご依頼、誠にありがとうございます。
ルトガーさんとマシンという取り合わせで何か書いてみたいと思い、このような感じになりました。
バイクが動かなかった本当の理由は謎のままですが、それはそれでご本人は楽しんでいらっしゃるのではないかと、勝手に思っております。
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ファナティックブラッド
2019年06月14日

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