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『染め上げられた心 』
黒の姫・シルヴィア8930)&黒の貴婦人・アルテミシア(8883)&真紅の女王・美紅(8929)

 穏やかな時間。

 黒の貴婦人・アルテミシア(8883)が振れる手は優しく、かけられる言葉は慈愛に満ちている。

 黒の姫・シルヴィア(8930)はそう感じていた。

「シルヴィア……」

「はい、アルテミシア様」

 ヴェール越しのシルヴィアの唇にアルテミシアの唇が触れる。

 毎夜繰り返されるこの花嫁としての誓約を捧げる儀式。

 その最後には必ずこの口付けが行われる。

 真紅の女王・美紅(8929)から、もう一度アルテミシアの姫になって、もっと素晴らしい姫になってくるよう言われてここにいる以上、このヴェール越しの口付けも本来なら咎められるべきものだろう。

 姫たる者、自分の主以外と唇を重ねることは罪深い。

 シルヴィアのその気持ちは変わらない。

 それでも、

(もう嫌だとは感じない……)

 ヴェール越しの口付けへの抵抗感はもうなくなっている。

 それだけでなく、

(いっそ、このヴェールを取ってしまえたら……)

 シルヴィアの中でそんな気持ちが頭をもたげてきたのはいつからだったろうか。

 笑顔の裏に見せる戸惑いの表情を見抜いてアルテミシアはほくそ笑む。

(順調なようね)

 ヴェール越しのキスへの抵抗が殆どなくなっていることは唇を交わせばわかる。

 それよりも大切なのはそれを自覚させることだ。

「そう言えば、美紅にはいつ頃戻るか話はしてあるの?」

 シルヴィアの脳裏に本来の主の淫蕩な姿が浮かぶ。

 それと同時に身体が、彼女に刻み込まれた愛と快楽を思い出し、欲情の火をつける。

(戻れば、また……)

 自分が本来誰に仕えているのかを思い出し、彼女の元へ戻りたくないと思いながらもどこかで戻りたがっている自分に気が付く。

 戻りたいというのは、何度も肌を重ね、愛されたが故の情のものだろうということは聡明なシルヴィアには理解できる。

 それでも、嫌悪している相手であるはずの元に戻りたいと思ってしまう自分に内心溜息が出てしまうのだ。

 さっきまで幸せだと思っていた心に黒い物がかげる。

「……。いえ、素晴らしい姫になるよう言われただけですので」

 苦笑するシルヴィア、だがその表情に一瞬憂鬱さが表れたのをアルテミシアは見逃さなかった。

「そう……」

 そう言う反応をするのかとアルテミシアはシルヴィアに言葉を返しながら何かを閃きほくそ笑んだ。

(……そうね。そうしましょう)

「早く戻りたい?」

 アルテミシアは優しい声音でシルヴィアの頬へ口付けると耳元でそう囁いた。

「いえ、そんなことはありません」

「そう?」

 殆ど間もなく返される言葉にアルテミシアは少し考えるふりをする。

「それでも本来は彼女の姫だもの。私とこうしていることに罪悪感があるんじゃないかしら? 今だってどこか心ここにあらずだわ」

「いえ、そんなありません」

 言葉に嘘はない。

 アルテミシアといる時間は、シルヴィアにとって本当に心地よくずっと続けばいいと思うようなものなのだ。

 心あらずになるはずなどない。

「ただ、いつ戻るのかという話をされましたので、それについて考えていただけです。心あらずなんて滅相もありません」

「そう? それなら私だけのことを考えてくれるのかしら」

 囁きに含まれるのは暗い誘惑。

「はい。勿論でございます」


  ***

『私だけのことを――』

 それは本当に美紅への誓いを放棄し、アルテミシアに全てを捧げるということ。

 その意味をシルヴィアは理解し、その上で頷いた。

「誓いとして捧げさせてください」

 姫が正式に女王のものになるには誓いが必要だ。

「いいの? これはいつもの儀式とは違うのよ?」

 アルテミシアの言葉にシルヴィアは首を縦に動かした。

「わかったわ。では誓いの言葉を」

「私、シルヴィアは女王への全ての想いを捨て、アルテミシア様の姫として生きることを誓います」

 凛とした声に迷いはない。

「貴女は誰の姫?」

「アルテミシア様の姫です」

「誰の花嫁かしら?」

「アルテミシア様だけの花嫁でございます」

「最も心を捧げるべきなのは?」

「アルテミシア様ただ一人でございます」

 もう、紅の女王の顔すらシルヴィアの脳裏に思い浮かばない。

(私は、アルテミシア様の姫になるのだから)

「そう、ならば誓いに祝福を与えましょう」

 アルテミシアの声にシルヴィアは瞳を閉じ唇を重ねる。

 触れるだけの口付けは、ヴェール越しのそれよりも柔らかく彼女の吐息が甘いものだと改めてシルヴィアは感じた。

 離れていく甘い香りに惜しい気持ちになりはしたが、それよりも誓いを受け取ってもらえたことの方が嬉しかった。

(これでアルテミシア様のものに……)

 夢心地で瞳を開くと目の前には紅いドレスの貴婦人が立っていた。

(どう……し……て……?)

「シルヴィア、いらっしゃい」

 愛し愛されていた深紅の女王・美紅がそこで微笑んでいた。

「いらっしゃっていたとは気が付きませんでしたわ、紅の君」

 驚きは顔に出さずに微笑むとそっと距離を取る。

「何かお飲み物をお持ちしますわ」

「気を遣わなくてもいいのよ? さあ、こっちへいらっしゃい。愛し合いましょう」

 濃い淫蕩な香りがする。

 考えてはダメだ、シルヴィアは社交辞令的な笑みを浮かべたまま首を振る。

「そのようなこと、いけませんわ」

「どうして?」

 美紅がそっとシルヴィアの頬に触れその手を自分の胸元へあてる。

「あっ……」

「誰も見てないんだもの。いいでしょう?」

 そう言われ視線を回すが周囲にアルテミシアの姿はない。

 美紅に抱き寄せられ、甘い吐息を受ければ蘇るのは愛と快楽の日々。

「んっ……」

 首元に落とされる唇。

 漏れそうになる声をこらえながらシルヴィアは心の中で美紅の甘い言葉から耳を塞いでいた。

(ここで流されては……)

 折角、黒の女王のものになれたと思っていたのに、そう思いながらも反応していく身体に嫌気がさす。

「紅の君……お戯れは……」

 他人としてふさわしい振舞いや言葉を探す。

「そんな固いことは言わないで。ねぇ、シルヴィア」

 胸元の双丘への愛撫や絡みつくようなその甘さは確かに本物の彼女。

 快楽を得られる場所は全て知られている。

 身体が彼女を欲しがるまでに時間はかからなかった。

(……何をしているんだろう)

 快楽の波の中、ふとそんな考えが頭をよぎる。

 友人とはいえ、他の貴婦人の、それも居室でこんなに淫らに他人の姫を誘って、この人は何を考えているんだろう。

 そう思うと、冷や水をかけられたように急速に身体の熱が冷めていく。

「お戯れはおやめください。私が主に叱られてしまいますわ」

 美紅の手を取ってやんわりとシルヴィアは微笑んだ。

 その瞳に情は何も浮かんでいない。

(何を悩んでいたのだろう)

 かつて愛し合っていた相手とはいえ、彼女はもう過去の存在。自分とは無関係な貴婦人の1人。

(なぜ、今の私が悩まなくてはいけないのだろう)

 淫乱さに悩んでいたのは過去のシルヴィアであって、今の彼女ではない。

 今のシルヴィアはアルテミシアの姫。

 目の前の貴婦人の情欲など気にしなくていいのだ。

「あら、残念。貴女の事私は気に入っているのに」

「ありがとうございます。ですが、私はアルテミシア様の姫ですので」

 そう、恭しく頭を下げるとそのまま、瞳を閉じる。

(さようなら)

 自分の過去に、過去の女王に別れを告げる言葉が胸の中から湧き上がる。

「主を呼んで……」

 顔を上げると、そこに美紅の姿はなかった。

「どうしたの?」

 代わりにいたのは、今の主であるアルテミシア。

「私がどうかしたのかしら?」

(幻?)

 自分の心に残った迷いが見せた幻だったのだろうか。

 そんなことを思いながら、いいえ、とシルヴィアは首を振る。

 そんなにも紅の女王が心を占めていたかと少し驚きながらも、幻が消えたことへ安堵する。

(これで、身も心もアルテミシア様のもの……)

「もし、美紅のところへ戻りたいならいつでも言いなさいね。悲しいことだけれど、そう言う姫もいるし、私はシルヴィアがいたいところにいて欲しいと思っているの」

 
 アルテミシアはシルヴィアを侍らせ、頭を撫でながらそう囁いた。

「何を仰っているのですか?私の女王はアルテミシア様だけですわ。他の女王など興味ありませんよ」

「そう? いい子ね」

 満足げに微笑むアルテミシアを見ながらシルヴィアは今一度強く思う。

(そう、興味などもう欠片もない。この心はアルテミシア様だけに捧げるものだもの)

「本当の意味での初夜ね。楽しみましょう」

 シルヴィアをベッドへと誘いながら、アルテミシアは内心クスリと微笑んだ。

(さあ、これからどうやって染め上げようかしら)



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8930 / 黒の姫・シルヴィア / 女性 / 22歳(外見) / 黒へ愛を捧げて 】

【 8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見) / その心はなお黒く 】

【 8929 / 真紅の女王・美紅 / 女性 / 20歳(外見) / 深紅の幻 】
イベントノベル(パーティ) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月17日

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