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『そして、透かし見る青 』
神取 アウィンla3388

 ライセンサーとしての任務は順調に進み、想定していた時刻よりも早く終わってしまった。喜ばしい事ではあるが、アウィン・ノルデン(la3388)は突然放り込まれた自由の中でしばし悩んでしまう。
 次のバイトの時間は夜だというのに、時計の針はまだ午前を指している。普段はバイトで埋まっているはずのスケジュールに久方ぶりに出来た空白の時間を、いったいどういった文字で埋めるべきだろうか。
 といっても、選択肢は主に二つしかないのだが。求人情報誌を読むか、体を鍛えるか、だ。
 しばし悩んだ末にランニングをする事に決め、アウィンはトレーニングウェアへと慣れた手付きで着替え始めた。
 軽く準備運動を済ませ、ボディバッグを掛けて走り出す。走るアウィンを見て、近所の人が挨拶と共にエールを送ってくれたので、アウィンは丁寧にお礼の言葉を返した。
 最初の頃は、仕草一つ一つから品の良さが伺い知れる、まるで絵本から抜け出てきたような貴族さながらの風貌の青年が無表情でランニングをしている様に、訝しげな目を向ける者も多かった。けれど、真面目な性格の彼はすれ違う者達にも礼儀正しく挨拶をするものだから、今ではすっかりと近所に馴染んでしまっている。
 走りながらも、アウィンは頭の中で地図を描きランニングのコースをなぞるように線を引いた。今日は少し、新しいコースを開拓してみる事にしよう。そう思ったところで、ふと、青年はある事を思い出す。
 先日パワーストーンの店で購入した、アウイナイト。アウィンの瞳に似ているとバイト仲間の少女が言っていたあの石を見た時、アウィンは思ったのだ。まるで、澄んだ海のようだ、と。
(……海か。思えば、今まで直接見た事はないな)
 アウィンの故郷に海はなかった。海というものを知ったのは、地球にきてからだ。任務で通りがかった事はあるものの、海そのものを目的として訪れた事はなく、触れた事もない。
(目的地は決まった)
 海をゆっくりと見れる時間は、普段のアウィンにはない。今日の夜からの予定はびっしりと詰まっている。今日を逃せば、次にまとまった時間をとれるのはいつになるのか分からなかった。アウィンは、その足の進路を変える。
 目指すは島の端。グロリアスベースの――海だ。

 ◆

 走りながらも、アウィンは水分補給を忘れないように気をつける。こういった管理も、鍛錬においては徹底しなければいけない重要なポイントだ。
 水を飲み、そしてまた走り出す。見えてきたのは、水平線だ。近くで見る海は、以前通りがかった時に見た時よりも、不思議と広大に見えた。
 この時期だとまだ人の気配はなく、アウィン以外そこには誰もいない。ただ静かなその場所に、波の音だけが響いている。
 そっと、アウィンは波へと近づいて行く。自らの瞳と、同じ色をした石。それを溶かして作ったかのような、広大な海がそこには広がっていた。
 触れた海の温度は、冷たい。透きとおったその水を手ですくう。何気なく舐めて見ると、ぴりりとした辛みがアウィンの舌を襲った。
「……本当に塩辛い」
 海というのは塩辛いものだとは聞いていたが、思っていた以上の強烈な塩気に自然と眉が寄ってしまう。透きとおっているこの水に、こんなにも刺激的な味が秘められていたとは驚きだ。実際に触れてみないと分からない事はやはり多いものだな、とアウィンは思う。
 砂浜に腰をかけて波の音を聞いていると、時間がいつもよりもゆったりと流れていくように感じた。この海の上に広大な人工島は存在し、時折移動するのだというのだから不思議な話だ。
 持ち歩いているアウイナイトを取り出し、海へと透かす。小瓶の中に詰まった小さな海が、海の光に反射する。海の上で輝くアウイナイトは、家で見た時とはまた違った色に映った。
「……見る場所によって、変わるものだな」
 小瓶の中のアウイナイト越しに、海を見る。そうやって見る海も、やはりまた違った雰囲気をまとっている。石も海も、空も、その時々で違う姿を見せるのだろう。
(故郷での自分と、ここでの自分も違う。……多分)
 海の方から見れば、アウイナイト越しに見えるアウィンは、また違った姿に見えているのだろうか。

 しばし海を観賞した後、アウィンはゆっくりと立ち上がる。バイトの時間までには、戻らなくてはならない。家からの距離を考えるに、そろそろ戻った方が良いだろう。
「……まずは、準備運動だな」
 当然のように、アウィンはまた走って帰るつもりだった。波の音を聞きながら、潮風の中で準備運動を済ませる。
 この先になにが見えるのか、何を見せられるのかはまだ分からない。
 けれど、それでもアウィンは、進もうと思った。走って行こう、とそう思った。水面の上をゆっくりと移動していくこの知らない世界の上で生きる、また違った自分自身と共に。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。
海とアウィンさんのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします!
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グロリアスドライヴ
2019年06月18日

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