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『いつか再会を果たすと誓う 』
夜城 黒塚aa4625)&ウーフーaa4625hero002

 目を閉じればあの瞬間が、まるで昨日の出来事のように脳裏に甦る。愚神の王という世界最大の脅威を退け、英雄の消滅も回避し、後は残党狩りを続ければやがて平和が訪れると思われたのも束の間に、王の影響には寄らない形で再び、異世界との接触が始まったのだ。そしてそれは次元の裂け目を介する現象だった。何の脈絡もなく、唐突に。いつ何処にいようが起きる。例えエージェントとしてのみならず、猟犬の異名を持つだけの修羅場をくぐろうがまるで為す術もなく。
 焼き付いているのはその姿だ。火事場の馬鹿力とでもいうのか相棒である夜城 黒塚(aa4625)にもどうやったのか見当がつかない。ただ、地につけていた筈の足が浮遊する感覚があったのは僅かで、耳に残るのは彼が名を呼ぶ声だった。咄嗟に振り返ればまるで陳腐な映画のように、少年が独り底知れぬ穴へと落ちていく様がスローモーションとなって見えた。戦っていた頃より大人びた顔立ちを安心したように緩め、反面宝石以上に輝く瞳だけが微かに恐怖の色を帯びる。瞼を下ろした彼の身体が急激に小さく遠ざかり、そして、身を乗り出して伸ばした手は空を切った。穴は何もなかったかのように消え失せる。飲み込んだ少年を帰さずに。
 目を閉じようが刻一刻と無情に時が流れるだけで、睡魔の足音も聴こえやしない。眠るのを諦め、黒塚は上体を起こすと隣で眠っている妻のウーフー(aa4625hero002)の寝顔に視線を落とした。んん、と小さく漏れる声はおおよそ穏やかとは言い難いが、悪夢に魘されていないのなら上出来だろう。起こさないよう繊細な手つきで髪を撫で、そっとベッドを抜け出す。脇にあるテーブルから物を取ると窓際へ歩いていき、ベランダに通じる窓を音を立てず開けた。
 夜も更けた現在、煌々と灯りのついた民家はそうない。無造作に突っ込んだ煙草を取り出し、一本目にライターで火を点ける。1DKの子持ちには窮屈なアパートを出たはいいが、今はやけに広くてそれが違和感という名のわだかまりになっている。五人で住んでいたのが四人になったからだ。
 エージェントとして愚神や従魔、ヴィランと相対する以上は万全を尽くそうが死のリスクは常につきまとう。その為、自分や二人の英雄がそうなる可能性を想定し、腹を括ったつもりだった。しかし現実として死ではなく消失だが、本当に起きてしまった今は想像していた以上の癒えぬ傷が残っている。かさぶたにならず、絶えず痛みを訴えるような傷が。子供たちや他人の前ではこれまで通りに振舞ってきた。いくら嘆いたところで、かの英雄の少年が戻ってくる訳ではないのだ。特に長女は少年を兄と呼び、結婚するなどと言い出した程に慕っている。今は気丈に日々を過ごしているが当時は見ていて痛々しかった。ウーフーが子供たちを慰め、黒塚は薄情に思われようがいち早く日常へ戻った。誰よりこの生活を愛する少年を想って。
 呼気に混じる煙を虚空へと吐き出す。ただ習慣になっているだけで、燻らせる煙草はあのときからひどく味気なく感じた。
 いつか技術が発達すれば、異世界との行き来も可能になるとされている。それは元いた世界とこの世界のどちらにも情を持つ英雄の為になり、そして黒塚たちのように大切な相手を失った者の希望にもなっていた。実現したとて何処に飛んだかも不明な彼を見つける情報はないので、雲を掴む話だ。それでも幾ら時間がかかろうと構わない。胸に当てた拳を固く握った。
(――必ず探し出して、取り戻す)
 ……そう心に誓えど、幸せの形を欠いた日々、そこにいるべき存在のいない景色が黒塚の心に空虚を生み出した。それは半身を失ったような喪失感だ。他の誰かの存在に埋まることなどない。旅立つまでに数十年かかったとしても、色褪せることもないと断言する。
 痛いくらいに握った手を解いて、それに視線を落とす。汚れて、幸せを掴んで、そして今は――。

 ◆◇◆

 ふと意識が覚醒する。夢を見ていたような浮遊感は何気なく隣に目を向け、夫がいないことに気付けば去っていった。シーツに手をついて起き上がりウーフーはベランダを見遣る。子供たちの前ではしないようにしている彼は決まってそこで煙草を吸うからだ。あの子がいなくなる前からの習慣だった。
 思った通り黒塚はガラスを隔てた向こうに立っている。思わずじっと見てしまうが気付く気配もなく、手すりに乗せた右手から伸びる紫煙が揺れ、夜気に滲んで消えた。世界に溶け込もうとする黒い背中を月影が浮かび上がらせる。見る者に安堵を抱かせる淡い光を纏った姿は様になっている――がやはり何処となく哀愁が付き纏った。他の誰にも見せない彼がそこにいる。ベッドを滑り出てそっと近付き、ゆっくり窓を開く。声をかけようとしてウーフーは躊躇した。その背中がまるで声もなく泣いているように思えたから。開きかけた唇を噛んで、きつく目を塞ぐ。
 消えてしまったもう一人の英雄の少年が、黒塚にとってどれだけ特別な存在だったのか。共に過ごしたウーフーも痛い程に分かっている。そしてそれが唯一無二の伴侶として並び立つ自分にすらも補い、代えられぬものであるということもだ。
 ウーフーにとってのあの子も当然ながら大切な存在であり、掃除する為部屋に入っては、リビングに置かれた愛用のクッションを見ては、いない現実を突き付けられて、たまらなく苦しくなる。しかし同時に黒塚と子供たちが側に居てくれることに少なからず救われていると自覚していた。
 夫の心の空虚を埋めてあげることが出来ない。そんな己が口惜しくもどかしい。それでもと、ウーフーの足は感情に突き動かされて進んだ。一歩二歩、三歩目で愛しい人の体に触れる。
「……ウー?」
 少しの間と、微かに戸惑った声音が驚き具合を示していた。後ろから抱き締め、肩甲骨の間に顔を寄せ慰めるように服越しに口付けをする。前へ回した腕から温もりが伝わったらいい。
(少しでも貴方の寂しさを紛らわせてあげたい)
 無事と信じていても救い出す為の準備も出来ない。そんな中で自分にやれることといえばそれくらいだった。寄り添い苦しみを共に分かち合いたいと願う。少しして携帯灰皿に煙草を押し付けた黒塚の手がウーフーのそれに重ねられた。
 いつまでそうしていただろうか。何処かを走る車の駆動音が遠く響くだけの静寂を破り、低く掠れた声がウーフーの鼓膜を撫でた。
「孤独も孤高もとっくの昔に慣れてる、筈だったんだよ」
 ぽつりと独り言のように黒塚が呟く。本当は目を見て、心の一欠片も見逃さないように、大事にしたいと思った。しかし誓約を交わした当初は言うまでもなく、恋愛感情を抱き恋人同士となり、そして夫婦にと関係が変遷しても弱みを見せたくないのが彼の性分だ。なのにあの子を失った辛さと自分への信頼が本音を言葉に乗せる。悲しみと嬉しさが綯い交ぜの顔を隠して、ウーフーは相槌を打つ代わりに顔を押し付けた。黒塚は言う。他人はただ己を通り過ぎるだけの存在だと割り切っていたと。
「そうだったつもりが今じゃァこのザマだ。なあ、ウーフー。……俺は、弱くなってしまったのか」
 そして何も反応を待たず、
「己がこんな脆い人間だとは思わなかった」
 と、自嘲を込めた響きで零した。ウーフーは目を閉じ、言葉を受け止めてそっと腕を緩める。黒塚の手も少し名残惜しげに離れていった。そうして互いに向き合って見えたのは眉を顰めて笑う顔だ。無論それは喜びなどではなく自らの無力さを噛み締めてのもので。顔に出さずともウーフーや子供たち、そしてあの子には彼の気持ちなんて筒抜けも同然になったけれど。
(どうせなら優しく微笑んでいる顔が見たいです。その方が絶対似合います)
 思いながら、ウーフーは黒塚の瞳を真っ直ぐに見返す。
「己の弱さを知っている者こそが、その先を目指せるのです。あの子を求める限り、貴方が決して歩みを止めることも、諦めることがないのも知っています。私も貴方の英雄で、貴方の家族ですしね」
 上半身を傾けて、手持ち無沙汰に下がった黒塚の手を握る。エージェントとして行動を共にすることは二人同時に共鳴が出来ないという制約上、然程多くなかった。自身が第二英雄で二人と出逢ったのが遅かったのも大きいが。その代わりにというわけでもないが彼の生業にも従事して、短くも密度の濃い時を過ごし特別になった。だから黒塚のことはあの子と同じくらい知っていると自負している。
「私は変わらず、貴方の隣にあり続けます」
 それはあの子を失った理由を思えば、変わらずなんてとても言い切れないことだった。それでも嘘偽りのない想いを黒塚に伝えたい。一家の大黒柱として懸命に働いてくれている手を慈しむように包む。

 ◆◇◆

 柔らかい手のひらはその実、家事と子育てに奮闘する日々に少し荒れてしまっている。それを悪いと感じながら、誇らしいと思う自分もいる。壊れ物を扱うような感触に比べて、瞳は真っ直ぐにこちらを見つめてきて、黒塚は瞠目し、ウーフーから視線を外すことさえ出来なかった。普段は月明かりのように家族を見守り支えているのが、今はまるで太陽のようだ。眩しさにほんの少し怯む。だがそれは黒塚が見る暗闇の中にここにはいない、もう一人の家族の笑顔を映し出した。包まれた手を互い違いに、相手を支え合うように重ね直す。
「俺が希望を失わずにいられるのはお前とアイツらが傍にいてくれるからだ」
 アイツらと言い視線を向けたのは子供部屋の方だ。少年がいなくなってからというもの、長女はそれまで甘えたところがあったのが、下の子に手本を見せようとしてか率先して前へ前へと進み、自分の意見をはっきりと言うようになった。そしてつい先日には一人で寝ると言い出して、下の子もお姉ちゃんと一緒がいいと今は二人で寝ている。姉としての矜持か夜中にやってきたことも一度もない。
 何があっても自分を信じ愛し続けてくれる妻と日々たくましく成長する子供がいる。エージェントになる前は夢にも思わなかった現実だ。しかし今が幸せだと断言することは出来ない。ここにはもう一人家族が必要だ。これからも良き子供たちの兄でいて、育つ過程を見届けてもらわなければ。
(僕も二人が大人になるのを見たいって拗ねてるだろうな)
 その様子はいとも簡単に想像出来た。頬を膨らませて拗ねて、そして最後には笑ってほしい。誰もがつられるような幸せ一杯の満面の笑みで。見てもいないのに想像だけでも笑いたくなる。彼も幸せの一部であり、象徴と呼ぶべき存在だ。
「わ、黒塚!?」
 腕の中でウーフーがもごもごと声をあげる。今度は自分から、向かい合う格好で抱き締める。掻き抱くように触れた背中と腰からも寝間着越しに温もりが伝わったが、顎や首の辺りに直接感じる体温はウーフーの動揺を知らせるように、じわじわ熱を帯びていく。ウーフーの手が背中とうなじを柔く撫でた。その心地良さは微睡みさえ誘う。――温もりは何も肌で感じるものだけではなく。
「アイツが大事だってのは間違いねぇ。だがな勘違いするなよ。お前もまた、俺の唯一の存在だ」
 つまるところ関係を一つの言葉に押し込めてしまうなら、二人とも家族に集約されるのだろうが。黒塚の拠り所となるかけがえのない者には変わりなく、しかし愛の形は、どう歩いていくかはまた違う。抱き締めたまま少し腕を緩めて黒塚は頭上を見上げる。久しく見るのを忘れていた空には小さな月とそれ以上に小さく点にしか見えない無数の星が散らばっていた。子供たちを思えば絶対に帰れる環境は不可欠で、そしてそれは宇宙を渡り歩くよりも途方のない話かもしれない。
「一度往くと決めたら星の先でも、お前がいるならどこまでも行けるだろう」
「御供します、どこまでも。例え世界の果てに至ろうとも」
 何一つ躊躇いのない強い微笑み。ウーフーは黒塚の意を汲み、そしてそれを前提に自らの意志もずっと前から決めていたらしい。その温もりと寄り添い支えようと懸命になっている心が頼もしくて愛おしい。一人でも諦めるなんて出来ないが、二人で歩めばきっと先は明るい。決して楽観出来ない状況には変わりなく。それでも再会の日へ向かう。
 直に空は白んでいくだろう。そしてまた新しい一日がやってくる。絶対に希望を見失わない、終わりの始まりだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
以前に書かせていただいた話での暖かい関係が印象的で、
それがこんなことになってしまったとはと一度だけ
ご縁をいただいた身ながら、凄く衝撃を受けました。
ですが書いている側としても必ず再会出来ると感じるような
内容なのが嬉しかったです。どれだけ黒塚さんとウーフーさんの
気持ちを汲めているか分かりませんが目一杯のものは込めました。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年06月19日

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