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『Southern Cross 』
化野 鳥太郎la0108)&桜壱la0205

●南天に想う

 天蓋からは薄絹のヴェールが下りていた。ふと、鼻先にすこし花の香を感じて桜壱(la0205)は意識を回路に繋いだ。前後の記録があやふやで、いくつかの記憶ブロックが欠落しているのかもしれない。

「Iはここで……何を、しているのでしょう?」

 ぐるりと視線を巡らすと、シンプルな白を基調としてまとめられた部屋の中で、一つだけ。ロココ調の装飾が施された鏡が、丁寧に磨かれて月光を照り返しているのが目についた。

 ──トン。と、自身の身体を支えていた寝台から下りて姿見の前に立つ。Aラインのウェディングドレスを身に纏った妙齢の女性が、鏡の向こうからこちらを見返している。その姿に違和感は感じられず、ドレスのサイズも桜壱に合わせて仕立てられたかのように、慎ましくふんわりと彼女の女性らしい体躯を包み込んでいる。光沢のある生地に指を這わせ、桜壱は微笑んだ。

「ふふ、Iに似合っているでしょうか」

 つい、とスカートの裾をつまみ上げてクルリと鏡の前でターンして一回転。ふわりと桜と梅が香る。どうやらドレスに香を沁みこませてあるようだった。

「桜壱さん、ここにいたのか」

 何度目かのターンに合わせて、ゆっくりと音もなくドアが開いて化野 鳥太郎(la0108)が顔を覗かせた。彼もまた礼服に身を包み、磨き上げられた革の靴が床をカツカツと鳴らす。フォーマルなネイビー色のタキシードが、鳥太郎のプラチナブロンドをより一層際立たせているように見える。外からの光を淡く纏った彼の姿は、いつか読みきかせた絵本の挿絵に見た王子様を桜壱に思い出させた。

「先生──今日は、演奏会でしたか?」

 それにしては、Iはなぜウェディングドレスを着ているのでしょう。と思案げに瞳の中の星が瞬く。少しの間、考えてみるがどうにも要領を得ないのはなぜなのでしょう。

「嫌だな、忘れちゃったの!? やだよ、俺ここで嫁さんに逃げられるの」

 ひひ、といつもの笑い方で鳥太郎が笑う。桜壱は彼のそんな笑い方がとても好きだった。空気を繊細に震わせるように笑うその声は、鳥太郎自身もまた一つの楽器なのではないかと思わせるのだ。後ろ手にそっと彼がドアを閉めると、夜が深まったかのように静けさを増した。

 どこかで、鳥が一こえ鳴く。

「お嫁さん──Iと先生が結婚するのです?」

 言われるがままに言の葉を口に出すと、ズッ──と滑るかのように、欠けたパーツが埋まる気がした。

「そう、そうでしたね! Iはぼんやりとしていたようです」

「頼むよ。今日はハレの日だからさ」

 今日の一日は最高の日にしないと。そんな事を云いながら鳥太郎は桜壱の傍らへ歩み寄ると、姿見の傍に設えられた椅子へ彼女を腰かけさせる。

「うん──ほんと綺麗だね。ドレスも似合ってる。感慨深いなあ……」

 目を細めた鳥太郎と、鏡越しに目と目が合う。紅玉に似た瞳を見つめていることに気が付いてか、先生は頬を掻いて顔を背けてしまう。鳥太郎の顔を見ていると、霧の中の海のような曖昧模糊とした不安や寂しさが消える気がしたが、横顔を向けた彼の姿はどこか遠く感じられた。

「Iのウェディングドレス姿……どうでしょう。このふわふわは、少し照れてしまいますね!」

 いつになく、はしゃいだ様な声音が出てしまう。おかしいですね、Iはもう10の子供ではないというのに。先生とお話していると、つい気分が良くなってしまいます。

 こんなに幸せでも良いのでしょうか。IはAIですのに。人と、それに連なるモノを支えるのが自分の使命なのに、Iが楽しくなっても、構わないのでしょうか。

 連なる──と考えたところで、思考処理が少し遅延しました。

「そう言えば──引き出物、もう準備は出来ているのでしょうか」

「ああ、大丈夫だよ。桜壱さんが選んでくれた通り、全部セットしてある」

 それは良かった……と、会場に来てくれているであろう友人たちの喜ぶ顔を想い、彼女もまた、瞳に桜を舞わせる。二人で決めた式次第に、セッティング。料理も、BGMも全て整っている。なんせ今日のピアノは先生が弾くのだから──。

 そこまで考えて、また表情が悩まし気になったのを目敏く気取り、鳥太郎は大仰な仕草で胸元のネクタイをピンと張ってみせる。

「ピアノは弾く時のお楽しみだ。桜壱さんもよく知ってる曲だよ」

 だから今は、全て安心して。目の前の事だけを見据えていれば大丈夫──そう言い聞かせるように、鳥太郎は桜壱の肩を後ろから、優しく抱く。それはガーゼを被せるような温かい抱擁だった。

(そう、みんな気が付いたときにはいつもの通り。だからいつも通りの、桜壱さんでいて──)

 その想いが部屋の空気を震わせることは、無かった。


●いつか聞いた旋律、聞こえなかった声

 鳥太郎は一人、昏い部屋に居た。緞帳は重く、厚く、気配は彼以外にない。

 ここには居ない、彼女の事を想う。

「──桜壱、さん」

 ひょんな事情で、同居することになったアンドロイドの事を、想う。

 手元には、もう何度読み返したか分からない。手癖が付いて皺が寄った報告書の束。

「子供が戦う必要なんて、ない」

 それは彼の哲学だった。

 脳裏には一人のヴァルキュリアが浮かぶ。

「行かせたく無かったんだ」

 くしゃりと、握りしめた紙束が音を立てる。

 想いはスープのように溶け合って、苦い泡沫が弾けて消える。

 もう一度、読み返す。

 エルゴマンサーの追撃を振り切る為、身を挺して味方を守る姿がそこには記されている。

「行かせたく、無かったんだ」

 隣に在ると思っていた小さな背中が、いない。それが鳥太郎に現実を突きつけた。


●独奏

「──い、先生?」

 遠く、声が聞こえた。掌に温かさが重ねられていることに気が付く。どうやら少し呆けていたようだ。

「大丈夫。心配ないよ」

 不安げに見つめてくる桜色の瞳を、そっと見返す。

「Iの花嫁さんをそこまで気に入っていただけたのでしょうか」

 どこまでも、真っすぐに問いかける声。その純粋さを護りたいと、そう思ったんだ。

「うん、そうだよ。それとちょっと──ね。これからの事を考えてただけ」

 そう言って、笑う。上手く俺は笑えただろうか。

「大丈夫です! Iはこれからも、先生の隣にいるのですから!」

 無垢に笑う姿が眩しくて、また、面映ゆくなる。

 隣。隣──か。そうして隣に立てるのであれば、どれだけ嬉しいことだろうか。迷いなく言い切るその笑顔を見つめ続けることが出来ず、誤魔化すように声を掛けてしまう。

「あ、髪飾りずれてる。直してあげるからこっちおいで」

 並ぶようにソファへ座り、丁寧に結い上げられた彼女の髪を彩るコームを留めなおす。濃淡さまざまなちりめん桜で飾られたコームは、差し色の紅が映えて桜壱の雰囲気をぐっと大人びたものにしている。あるいは、こうした分かりやすい関係ならば、何の苦労も無かったのかもしれない。

 すこし跳ねた彼女の髪を整えなおし、コームを差すと思わず言葉が漏れる。

 ──桜壱さんは俺のことを『先生』と慕ってくれるがね。

「行かせたのをとても後悔している。でも、あんたはしっかりやり遂げたんだから……俺のそれは間違いだし、約束した通りいっぱい褒めてやらなきゃなって」

 ──そう、思うんだ。

 毛先を指で遊びながら、背中へと音を投げる。

「──先生? 本当に、大丈夫……ですか?」

 振り向こうとする彼女のその動きを制するように、後ろから腕を回す。手に触れるその感触を確かめるように、俺は力を籠めて彼女という存在を慈しむ。

「……待っててくれ。必ず迎えに行くから」

 蟠りも後悔も、全て大地に置いていこう。いつか青を追って、もう一度隣に立てるように。

 最後に彼女の温かさを愛でた後に、振り返る彼女の未練を断ち切るように俺は部屋を後にした。


●星に願いを。

 なにか。とても幸せで、とても苦しい夢を見ていた気がします。

 それが何かは思い出すことが出来ませんが、あるいはこれからの話なのかもしれません。

 いつの間にか。そう、気が付けば暗き夜は明けて、ひんやりとした朝の空気が頬を撫でています。

 いまは──いつなのでしょうか。どのくらい、何が、誰が。

 Iはどうなるのでしょうか。

 朝露が一雫、目元から垂れて首筋を濡らしました。



★☆★☆あとがき★☆★☆

 この度はご発注どうもありがとうございました。

 大切なお二人のシーンをこのように書き上げる光栄を頂きまして、本当に嬉しく思っています。多分に私の解釈が入っておりますので、解釈違いやリテイクのご要望などございましたらお気軽にご連絡くださいませ。

 それでは、【OL】も第2フェーズとなります。
 無事にNZの大地から帰還されますことを、SALF支部よりお祈りいたしております。

 かもめ 拝
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グロリアスドライヴ
2019年06月20日

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