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『見据える先で笑う者(1) 』
水嶋・琴美8036

「最近街で流行っている、おまじないの件でして?」
 司令室へと呼び出された水嶋・琴美(8036)は、自分が今から受ける任務の内容についてある程度見当がついていた。
 不思議な鏡を使って行う、おまじないの噂。以前街でその噂を耳にしてから、この話には何か裏がありそうだと思い独自に調査を進めていたのだ。
「なんでも、そのおまじないを使えば、自分の未来が見えるらしいですわね」
 そう続けた琴美に司令は頷き、今回の任務内容について語り始めた。何でも、最近街ではそのおまじないを実行に移した者達が失踪する事件が相次いでいるのだという。
 未来視の出来る鏡の噂は、琴美が以前耳にしたもので間違いがないようだ。
 ある日突然、人々の前にその鏡は姿を表す。家の郵便受けの中や、学校の下駄箱の中や、鞄の中……いつの間にか入れられていたその鏡を魔法陣を描いた床の上に置き、呪文を唱えれば鏡は未来の自分の姿を映してくれるのだという。
 たかが、おまじない。されど、おまじない。女学生を中心にその噂は広まっていき、試した者達はどうしてか次々と姿を消してしまっていた。
 失踪するその日に、被害者の姿を見かけた者がいる。目撃者は被害者とは知人だったようだが、声をかけても相手はこちらを振り返る事はなく、誘われるようにどこかへと歩いていってしまったらしい。
 その姿は、普段の相手とは別人のようだったと目撃者は証言している。まるで、何かに取り憑かれたようだった、と。
 実際に、被害者は取り憑かれてしまっていたのだろう。この世界には、そういった類の存在……怪異が溢れている。
 琴美の所属している特務統合機動課は、自衛隊の中に非公式に設立された特殊部隊であり、普段は暗殺や情報収集等の特別任務を行っている。しかし、この部隊の仕事はそれだけではない。
 こういった魑魅魍魎の類を倒す事もまた、特務統合機動課にとって重要な任務の一つであった。
「このおまじないに、何か裏があるのは確かですわ」
 恐らく、何らかの目的を持った者達が、人々へと鏡を配り噂を広めているのだろう。未来が見えるという甘言を餌に、純粋な心を持った者達を利用して何かを企んでいる者が今この街に潜んでいる。
 その悪しき者と、魑魅魍魎の討伐。それが今回、琴美に与えられた任務だった。
「罪なき市民を利用するなんて、許せませんわ。私が少し、お灸をすえてやる必要がありそうですわね」
 危険な任務だと忠告をしてくる司令に、しかし琴美はいつも通りの様子で言葉を返す。その声は恐怖に震える事も、不安を滲ませる事もない。ただ、自信に満ちたはっきりとした口調で、琴美は言い切るのだ。
「危険? 私には似合わない言葉ですわ」
 ふふ、とどこか妖艶な余裕のある笑みを浮かべた琴美は、司令の手から調査結果をまとめた資料を受け取るのだった。

 ◆

 黒のラバースーツが、彼女の身体のラインをなぞる。同じ色のプリーツスカートが、着替えを続ける琴美の動きに合わせ揺れた。
 闇に溶ける色をしたこの衣服は、人の視線をどうしてもさらってしまう琴美の姿を、夜の中に隠す手伝いをしてくれる。
(相手は恐らく異界の者……悪魔の類ですわね)
 先程見た資料の内容を思い返しながら、その指先まで手入れの行き届いた傷一つない手に琴美はグローブをはめた。
 調査の結果、今宵噂のおまじないを実行に移そうとしている者には、あたりがついている。
 危険な任務になるだろうと、忠告してきた司令の言葉は恐らく正しい。だからこそ、部隊で他の追随を許さない程に優秀な琴美にこの任務が与えられたのだろう。彼女が今までこなしてきた任務は、どれも危険なものばかりだった。
 だが、一歩間違えば死ぬ可能性のある任務を、琴美はいつも事もなげにこなしてみせている。たった一人で敵と対峙しても、彼女が敗北をした事はない。それどころか、その身体に傷を負った事すらなかった。
 もちろん、偶然などではない。運の良さも勝負においては重要だが、百回同じ敵と戦ったとしても、百回とも確実に勝利出来る程の確かな実力を琴美は誇っていた。彼女自身も自分の力を把握し、自信を持っている。自分の実力を信じているからこそ、琴美は常に迷う事なく彼女に出来る最善手を打つ事が出来るのだ。
 最後に、琴美はその足にロングブーツを履く。膝まであるブーツが、少女のしなやかな足を覆った。
 手に持ったナイフが、室内の光を反射し光る。磨き抜かれたその刀身が映す琴美の瞳は、必ずや悪を倒してみせるという強い意志を宿していた。
「これ以上の犠牲が出る前に、私が必ずこの任務を成功に導いてみせますわ」
 零れ落ちた言葉の中にあるのは、絶対的な自信だ。実力派揃いの特務統合機動課においてもトップクラスの実力を持つ少女は、こうしてまた任務へと身を投じるのだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月21日

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