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『父への想い 』
榊 守aa0045hero001

●黒城の主
 ブラックコート本部、仮眠室。堅いスプリングのシングルベッドに横たわり、薄い布団を引っ被って一人の女が寝ていた。榊 守(aa0045hero001)は何処か呆れたような顔でそんな彼女の寝顔を見つめる。
「またか……」
 彼女の名前はイザベラ・クレイ(az0138)。このブラックコートの副局長だ。とはいえ局長は彼女の英雄が務めているから、事実上は彼女が局長である。そして守はそんな彼女の秘書、或いは世話役だった。
 守はイザベラの目の前で咳払いする。彼女は僅かに身動ぎし、そっと身を起こした。
「何だ。……うむ。そろそろ出勤時間か」
 彼女はベッド脇の眼鏡を取ると、鼻頭に押し付け守を見上げる。
「わざわざ起こしに来なくても、私はちゃんと起きられるぞ」
「そういう問題ではありません」
 守は肩を竦めた。ドジばかりの令嬢を扱うのは慣れたものだったが、鉄人のような女を扱うのはまた骨が折れる。
「以前、貴方がこうして本部に詰め続けていたら部下達も素直に休めなくなると申し上げたではないですか。それなのにまた……」
「あれから考えたが、やはり正しく休養を取るのも兵士の義務だ。私がここを寝床にしているくらいで気後れするようでは頼りにならんな。むしろ反省を促したい」
 イザベラは悪びれもせず答えた。ベッドを降りると、シャツの皺を軽く伸ばしながら部屋の外に立った。
「ここにはレトルト食品が備蓄されている上に、目の前には美味いバーガーショップもある。食糧には決して困らん。新品のシャワーも付き、トレーニングルームもあり、コインランドリーまでついている。そして出勤時間は0だ」
「……それをものぐさと言うのです、イザベラ様」
 イザベラが立ち上がった後のベッドを手入れしながら、守は窘めた。それなりに心を開いてくれていると信じていたが、堂々とパブリックスペースを寝床にされると中々オフモードの顔になれない。守にとっては少なからず深刻な問題であった。
「そして榊がコーヒーを淹れてくれる。これほど住みよい家があるか」
 しかし、何の気なしに守にとっての殺し文句を吐いてくる。その度に彼はどきりとして震えるしかない。いい歳だが、イザベラの悠々とした振る舞いにすっかり振り回されていた。
「ああ、そうだ。数日後に少し休暇を取るつもりでいる。榊と行きたいところがあるのだが、来てくれるか?」
 ようやくやってきたデートのチャンス。つられた守はぱっと振り向くが、イザベラは何処か神妙な面持ちをしていた。深く息を吸い込むと、彼は静かに頷いた。
「もちろんです」

●思い出を共に
 数日後、約束通りに二人はドライブに出ていた。しかしハンドルはイザベラが握っている。守は思い切りリクライニングを倒し、ダッシュボードに詰めこまれたハッカ飴を舐めていた。女がハンドルを握って、男がぼんやり外を見つめる。そんな状況に、守は思わず口を尖らせた。
「運転なら俺も出来るんだぜ?」
「この鍵だけは誰にも渡さん。仕事中のお前にも運転手を任せるつもりはないんだ、許せ」
「分かった分かった。まあその気持ちは分からなくもないしな」
 新設された高速道路に入り、車は一気に加速する。うっすら開けられた窓から、心地よい風が吹き込んできた。白髪交じりの頭を撫でつけながら、彼は呟く。
「何処に行くつもりだ?」
「私の生家だ。もう暮らす者などいないが……やはり手放し難くてな。時間を見つけては、軽く手入れだけしているんだ」
 生家。もう彼女に父も母もいない事など分かっていたが、それでも守は身の引き締まるような思いがした。守はリクライニングを元に戻し、びしりと態勢を整える。
「それならそうと言ってくれ。もう少し引き締まった身なりで来たのに」
 彼が来ていたのは黒い革ジャンにジーンズ。親に挨拶しに行くような身なりではない。
「それくらいでいい。あまり気合入れたところで埃を被るだけだぞ」
 イザベラはちらりと笑みを覗かせる。守はそんな彼女を横目で見遣った。ふと、戦場で初めて相対した時の事を思い出す。その時の彼女は自らの父を騙っていた。それからリオ・ベルデで直接対面した時の事を思い出す。そこではその身を偽らずに現れ、彼らは奇妙な共闘を演じる事になったのだ。
「そろそろ着くぞ」
 ゆったりとハンドルを転がし、車は一般道へと降りる。経歴が経歴だけに恐ろしい女だと見做されがちな彼女であったが、笑みを浮かべるとそれなりに女性らしい表情を見せるのだった。
(随分と思い詰めていたんだろうな)
 あの時助けた事は間違いではなかった。心の中で、守は改めてそう信じたのだった。

 さらに一時間車を走らせて、ようやく一軒の家へと辿り着いた。二階建ての素朴な家である。守が足を踏み入れてみると、それなりに手入れは行き届いていた。
「この家全部をイザベラが掃除してるのか?」
「大した事でもないさ。……退官すればここでまた暮らすつもりでもあるからな」
 守は棚へと眼を向ける。そこには写真立てが一つ。鷲のような目つきの男が、少女と共に立っている。少女の眼は男にそっくりだ。
「これが親父か」
「ああ。世の中じゃ、クーデターを起こしてリオ・ベルデの全てを手中に収めようとした男だと思われているな」
 イザベラは嘲るように呟く。守は振り返ると、写真立てを彼女に差し出す。
「どんな人間だったんだ? ……世間に言われてるあれじゃなくて。お前の親父として」
「正義を重んじる人間だった。今はクーデターのためと思われているが、元々リンカー特殊部隊を作ったのは、同類であるリンカーに働き場所を与えるのが目的だったんだ」
 彼女は饒舌に語る。その眼には、父に対する尊敬の念が宿っていた。それから、やり場のない怒りも。
「しかし、当時の政府はアメリカが中東のヴィラングループに対して起こした戦争に協力して、リンカー特殊部隊を酷使しようとした。愚神の脅威に晒されるリオ・ベルデの支援を取り付ける為と言ったが、大半の資金は政治屋どもが着服していた。そんな、大義無き戦争でリンカーの命が散らされる事に耐えられなかった父は、かつて反旗を翻したんだ」
「あの頃は差別もかなり強かったな。……お嬢は英雄と人間のハーフだったが、結局母親に再会できたのは殆ど大人になってからだ。クーデターもその繋がりってわけか」
 守は電子タバコを取り出し、スイッチを入れる。彼女との繋がりを作ったきっかけ。彼女の過去を思いながら煙をくゆらせていると、やがてある事に気付いた。
「……俺をここに連れてきたのは、その話をするためか?」
 イザベラは小さく頷く。
「これからも私の傍に居るつもりなら、知っていてもらいたかった。誇り高き父の姿を。……証拠はもはや残っていない。……でも、父はそういう男だったんだ。信じてくれるか」
 祈るような眼差し。守は頬を緩めると、そんな彼女の頭にそっと手を乗せた。
「信じるさ。イザベラの親父だろう。典型的なヴィランじゃないとは思っていたからな」
「……ありがとう」
 彼女は守に目配せした。やがて、二人はどちらからともなくからからと笑い始める。窓から見える夕日。しばらく二人は、言葉もなく夕陽を見つめていた。

 おわり





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 榊 守(aa0045hero001)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

前々回のノベルの少し後をイメージして書いています。最近某アメコミ映画を見ているので台詞回しが引っ張られている……かも。内容としては、親へのご挨拶みたいな内容としてみました。気に入っていただければ幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら。
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2019年06月21日

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