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『日常と非日常の間で 』
鈴木 悠司la0706

 一歩目はスローで、二歩三歩と踏み出す度に少しずつ加速し、歩くような速さで階段を上る。鼻歌として小さく唇から零れ落ちる音もそれと一緒にテンポが変わった。動きに合わせ自在に変化する。セミプロとして活動しているがそれもバンドのボーカルであり、ダンスは専門外だ。踊り場でかましたターンは運動神経に物を言わせただけで、あまり優雅とはいえない出来だった。別に誰かに見られていたわけでもない――幾ら何でもさすがに人前でこんなはしゃぎ方はしない――が、急に若干の羞恥心が湧きあがって、鈴木 悠司(la0706)は誤魔化すように咳払いを一つすると改めて屋上を目指し、更に先へと向かった。歌うのをやめても脳内で喉に馴染んだ曲が流れ出して、歩調が早くなるのと同時に気分も浮かび上がる。尤もそれはポップでもロックでもなくメタルを細分化した中でも更にマニアックな部類だったりするが。幅広いジャンルを熟せる実力があるのも悠司の持ち味の一つである。
 現在目指している場所はといえばこの建物の屋上にある喫煙所だ。二十歳前後と際どい年頃に見える悠司だが実年齢は二十六で喉の調子を気遣う仕事柄、ヘビースモーカーとまではいかないものの街中でもふと吸いたくなるくらいには嗜んでいる。そのため、生活圏内にある喫煙所はおおよそ把握していて有難く利用させてもらっているというわけだ。ごく少数のマナーの悪い人のせいで肩身の狭い思いをしているだけに同じ喫煙者には親近感が湧き、話が盛り上がることもしばしば。SNSのIDを交換し他の所でも会うようになる人もいれば、数週間ぶりに顔を合わせる偶然を楽しむ人もいて面白い。
(まぁ、誰もいないってことの方が多いんだけどね!)
 あるいは、話しかけるなと言わんばかりのオーラを全面に出していたりとか。何かしたわけでもないのに露骨に煙たがられるようなことがなければ悠司も特に気にしない。それでも少しは期待をしてしまうのが人情というもので。
 階段を上り切って、屋上へと続く扉に手をかけた瞬間「ん?」と違和感を覚えたのは確かだった。ドアノブを捻る感触が前よりも軽く感じたのだ。そして正体に辿り着く前に結果が悠司の目前に現れる。
 最初に見えたのは銀色の綺麗な髪だった。新緑のように鮮やかな色の瞳を縁取るのも同じ銀色で、陽射しで煌めく人形のように整った髪と白いが血の通ったきめ細かい肌が目を惹く。それらを一言で述べるとするなら白い人。とくん、と心臓が鳴る音が聴こえた気がした。ぶつかりそうになったところで咄嗟に引き、ゼロになりかけていた距離が一歩ずつ下がった分遠くなる。動揺のあまりに視線が彼女の顔から頭の方に逸れて、花だろうか、何かの香りが鼻腔を柔らかく掠めた。
(何処かで会ったこと、ある? とか、ナンパの常套文句だし……むぅ)
 何処かで逢ったことがあるような不思議な感覚。それは俗にデジャヴといわれる類のものだ。忘れていた筈の過去と今が重なり、目の前の出来事が夢か現実か分からなくなる。衝動は女性に声をかけたいと言い、理性がそれに歯止めをかける。気味悪がられるのを恐れてではなく、ナンパだと――ただ場当たり的に見た目で話しかけたと思われたくないから。何となくそんな気がした。
「ごめんね」
 この数秒ばかりの間にかけるに相応しい言葉を探してみたが、見つからないまま結局は謝るに留まる。女性も似たような言葉を悠司よりも上品な口調で零し、そして、狭いスペースで互いに身体を横向きにして入れ違いになった。女性は屋上から建物内に入って、悠司は逆に外へと踏み出す。ドアが勝手に閉まろうとする直前に振り返れば一段ずつ小刻みに階段を下りていく女性の背中が見えた。腕の間から三つ編みの尻尾が動きに合わせ揺れている。デジャヴのせいか妙に長く感じただけで目を合わせる暇もない一瞬の邂逅だった。なのに何故だか永遠にも想えた。バタンと音を立てドアが閉まり、階下に消えかけた頭も見えなくなる。そこでやっと悠司は我に返った。
「……何をやってんだろ、俺」
 自分に対する戸惑いと呆れが独り言になる。肩を落として溜息をつき、気を取り直すと悠司はドアの前を離れ、屋上に進み出た。喫煙所とはいってもベンチとゴミ箱、吸い殻入れと喫煙者が寛げる要素が揃っているだけで他には何もない。吸い殻入れが撤去されれば只の休憩所だ。そんな日が来ないことを願いつつ、誰もいないのを此れ幸いと悠司は日陰になっているベンチに腰掛け、ズボンのポケットをまさぐって煙草を取り出す。慣れた手つきで一本を摘み、咥えて先端に火を点けた。カチッとライターの蓋が気持ちのいい音を立てて閉まる。手癖で暫くの間リズミカルに鳴らしていたが、それにも飽きて、悠司は真上を向く勢いで頭を反らした。煙草を手に取り口をすぼめて息を吐き出せば、煙突から出るように細く伸びる煙が空に昇っていく。それをぼんやりと眺めながら考えるのはさっきの女性のことだ。
(ここから出てきたってことは、あの人も煙草を吸うのかな? もしかして常連だったりして……)
 まだ使って数ヶ月程度なので、頻繁に出入りしている人と顔を合わせるのが初めてでも不思議ではない。休憩するだけならそれこそ、わざわざこんな場所まで出向く必要はない筈だ。視線の先には青空が広がっていて気持ちがいいけれど、下を見れば特筆する魅力もない普遍的な景色が広がっているだけである。なのでやはり煙草を吸いにここに来ていると考えるのが妥当だろう。折り紙付きの肺活量が限界を迎えるより先に、紫煙は薄まって鼻先で空気と混じりよく判らなくなった。
(また会えたら声、掛けようかな)
 ふとそんなことを思う。珍しい考えだった。
 自分でいうのも何だが、人当たりのいい性格で一緒にいるとこっちまで楽しくなると言われることは今までに幾度となくあった。悠司自身もそういう相手は居心地が良いからまた会おうと思うし、そうして仲良くなるのも珍しくない。ただ、一瞬顔を見ただけの相手にそこまでの感情を抱いたのは初めてだった。交わしたのだってたった一言だ。普段なら憶えているのはせいぜい一日が関の山で、相手の見た目はおろか、すれ違ったこと自体忘れる。けれど今はずっと忘れないような――そんな予感があった。必死になって探そうとまでは思わない。けれどもしも偶然会えたら何か始まる予感。吸い殻入れに灰を落とした煙草が短くなる。
 一目惚れとは何か違う。いうなればそれは既視感に起因するのだろう。あの女性を形作る何もかもが、何故だかひどく懐かしい。これほど強い衝動を呼び起こすなら憶えていない筈がないのに、と不思議でしょうがない。子供の頃の知り合い? それよりも多分、近くて遠い――。
 所々が黒ずんだ吸い殻入れに煙草を押し当て火を消すと、そのまま穴に落とす。一服で充分、もとより長居する予定はなかった。脚をバネに勢いよく立ち上がると悠司は思いっ切り伸びをする。空は雲一つなく晴れ渡り、空気もからっとしていてとても気持ちがいい。今日はいい一日になりそうだ、そう思うと悠司の頬は緩んで自然と笑い声まで溢れ出した。
 再会ではなく、出逢いという名の巡り合わせが来るかは神のみぞ知る。それでもきっと、暫くはこの屋上に来るのが楽しみになるだろう。そんな未来に笑う悠司のピアスが太陽の光を跳ねて鮮やかに瞬いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ご記載下さった情報をあまり活かせていなくて申し訳ないですが、
過去(といっていいのか迷いつつ)も全部分かってそれを前提に
関係が進展していくにしろ、あくまで切欠に過ぎず
一から始めるにしろ最初はこんな感じかな、と勝手な解釈に基づいて
書かせて頂きました。個人的にも今後どうなるか密かに気になります!
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年06月24日

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