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『Young Is Fun 』
桜壱la0205)&la0346

 日曜の朝だが、きっちりといつもの時間に起きている創(la0346@WT11)はラジオを流しながらトーストをひとかじりして、モムモムと噛むこと20回。

 むしろ食べることより、耳に意識を傾けていた。

 パーソナリティー同士のトークよりもお便りに耳を傾け、どんな体験をしてどんな風に思ったのか、それをパーソナリティーの人がどう受け止めたかを聞くのが、楽しい。

 そんなひとときを過ごしていると、お便りから気になる話を聞いた。

 とあるホラー映画をいまさらながら観てみたけど、とても良かったという。

「あの作品は……?」

 自分なりの評価を思いだそうとするが、思い出せない。わりとつい最近にそう言った映画のリストを作成したはずなのだが。

 気になったので検索してみると、画像に覚えはある。だが少しネタバレ考察を読み進めてみると、全く覚えてないシーンがほとんどで、中盤にさしかかりそうなあたりでハッキリ、「これは観ていませんね」と断言できた。

 プロモーションのせいで、観た覚えがあるような気がしていただけだ。思い返してみると確かに時期が合わず、観ていない覚えがある。地上波で放送していた時もあったはずだが、その時も見逃しているはずだ。

 かといって、わざわざ借りてまで観ようとは思わない。そもそもホラー映画が好物というわけではない。ちょっとよく新作をチェックするし、観たりするだけのこと。

「まあそれほど大事ではないです」

 自分へ納得させるよう頷いている創。

 だが続くパーソナリティーの話で、創はスッとスマホを取り出したのであった。



 カーテンから開け放たれた朝日に目を閉じる事なく、それどころか瞬きすらしないで、ソファーにじっと座っている桜壱(la0205@WT11)。

 とりあえずテレビは点いていて、日曜の朝という事もあり、普通の子供らしくアニメやら特撮やらを流している。だがその目に映ってはいるが、意識の中に入り込んではいない。せいぜい音声が耳に入っていく程度だ。

 もっとも、その音声すら右から左なのだが。

 いつもなら『先生』と一緒にいて、「テレビの音が聞こえないのです」とその演奏に耳を傾けながらも子供らしく文句を言ってみたりするものだが、どこそこの漁村でライブするとかで今日は朝からいない。

(今日は一人でお留守番なのです。子供だけでお留守番というと、背伸びしたくなり、おうちのことをしてみせたりして、褒められようとするものかもしれません)

 だから何かしようとは思うのだが――動けない。動きたくないのだ。

 もともと高齢者介護施設に介護や家事支援用として造られた量産機なだけあって、自称ポンコツながらも家事はそつなくこなせる。だがなんでだろうか、一人だと途端にやる気が失せる。

 何故なのか考えてみるが、わからない。

「このままだとIは悪い子になってしまうのです」

 居候という立場の者が何もしないと、穀潰しと言われひどい仕打ちを受けるというのを、テレビで見た。まだ心が生まれていない時代にも、高齢者達からそのような実体験も聞かされてきたのだ。

「だからやらなければいけないのです」

 でもやっぱり、先生がいないと。

 しおしおと胸の中で何かが枯れ、重い腰はソファーへ貼り付いてしまったよう。

 もだもだと立ち上がろうとしているところに、テーブルへ置きっぱのスマホが鳴る。腰を上げず、何とか届かないかと腕を伸ばしてみるも、指先だけが精一杯。通話を押してスピーカーに切り替えるがせいぜいだった。

『もしもし、はるいちさんですか?』

「はい、Iです。その声は創さんですね」

 先ほどまでのぐだぐだはなんなのか、まるで見られているかのように背筋をしゃきっと伸ばし、ソファーにきっちりと座り直す。その姿勢のままハンズフリーで通話していると、まるでスマホを内蔵しているかのように見える。

『今日、何かご予定はありますか』

「予定では掃除をします。ですが何故か頑張れません」

『では気分を変えて、一緒にお出かけしませんか?

 少し前のおもしろそうな映画がいま、再上映しているところがあるようですので、ご一緒できたらと思いまして』

 創と映画。それは楽しそうだと心が浮き上がるのを桜壱は感じ取っていた――が、掃除はどうするのですという心の声も聞こえる。

『遊びを優先するのは子供の特権ですよ、はるいちさん』

 桜壱の心の葛藤を見透かしたような創の言葉は、まさしく渡りに船。

「そうですか、Iは子供なので遊びを優先してもいいのですね!」

『そうです。掃除は帰ってからもできますので、一緒にお出かけしましょう。わたしと遊んでください』

 瞬間、両拳を前につきだして桜壱ははねるようにソファーから立ち上がる。

「Iは創さんと遊びます!」



 合流して少し遠めの映画館に到着した桜壱と創。

 創から「これです」と上映中映画のパネルを指さされ、桜壱はその前でたたずんでいた。

 不安をかき立てるようなパネルに、桜壱の左目にはぐるぐるうずまきが。

「これはもしかして、怖いヤツではないでしょうか」

「評判としてはそれほど怖くなさそうです。ビックリさせてくるみたいですけど、パターン化して慣れてしまうタイプのようですね」

「怖くなさそうならば、Iは平気かもしれません」

 おそるおそるではあるが、見渡せるほどには心の余裕を取り戻した桜壱が売店に目を留め、そして創の手元に視線を移す。

「ところで創さん、ぽっぷこーんとこーらは用意しなくていいのですか。映画を見る上で必需品と聞いています! Iは残念ながら飲食の機能が備わっていないので必要ないのですが、創さんには必要なのではないでしょうか」

 誰に吹き込まれたやら。

 創に向ける瞳を文字通りに輝かせ、ありありとわかる期待の眼差し。ポップコーンとコーラを見た事がないわけではないだろうが、『映画館のポップコーンとコーラ』に相当な興味を持っている様子が見て取れる。

 だがしかし。

「わたしもそんなに必要ないです。観る方に集中してしまいますから」

 ずげーんと効果音が見えそうなほどあからさまなショックを受け、よろめく桜壱。そのショックぶりは見ている方も辛くなる。

「あ、あのあの、Sサイズでしたら、頼んでもよいので……」

 その瞬間、桜壱がぱっと笑顔を浮かべ、むしろ得意げな表情にまでなってふんぞり返る。

「ではIが奢ります! 今日はお金いっぱいあるのです!」

 そう言って(小銭で)ぱんぱんなガマ口を取り出すと、その場でくるりと売店に身体を向け指を1本立て、「ぽっぷこーんとこーらのSをお願いします!」と大きな声で注文する。

 売店のおにーさん、もしかしたらおねーさんかもしれない人はノリがよく、親指を立てて応じてくれた。しかもわざわざトレイに乗せて桜壱のところまで持ってきてくれる。

 ふふんと出るわけでもない鼻息をつくと、ガマ口を開いて小銭を一枚一枚、おねにーさんの手のひらに乗せていく。

 周囲からはかわいいと言う声が聞こえる。

 実際、近くで見ている創自身、愛してやまないテディベアと同じように、抱きしめてしまいたくなるような愛らしさを桜壱に感じていた。

 小銭を乗せ終え、トレイを受け取った桜壱が振り返ると、両手を宙に浮かせた創がすぐ後ろにいて、首を傾げ「どうかしたのですか」と声をかけると、創は何かをごまかすように自分の手のひらを合わせる。

「いえ、どうもしません。上映時間も近いので、席へ向かいましょう」



「これは、怖いヤツです!」

 声に出してしまってから両手で口をふさぐ桜壱。

 明るい時は見えないのに、暗いとその輪郭が見える不可解さ。物理法則を完全に無視した出現の仕方。ポンコツな頭で理解できないモノは桜壱をさらにポンコツにする。

 部屋で見るのと違い、誰かの後ろから覗く事もできず、自分の席でひたすら顔を手で覆うくらいしかできない。隣の創はあいかわらず微笑を浮かべ、映画半分に桜壱をじっと見ている。

 急に静かになって創が正面を向くと、これからヤツが出るぞという雰囲気を察して、桜壱観察に戻った。

 案の定、静かになったからと桜壱は目を覆う指に隙間を作り、覗こうとしている――そのタイミングでヤツのどアップに、ヒロインの悲鳴。

 ヒロインの悲鳴に重ねて桜壱も悲鳴を上げそうになったが、両手でしっかり口を押さえ込んで頬を膨らませ耐えた。そのかわり、目を覆ってくれる指がない。左目はピンチを表現するかのように、ワーニングマークが点灯している。せめてせめてと、ぎりぎりの細目で挑むが、見えている事実は変わらない。

 訪れる恐怖の第二波。

 肩が大きくすくみ、叫びたい衝動を創の肩に顔を押しつけぐりぐりして抑え込むのに必死だった。

 肩に押しつけられる桜壱のおでことくしゃくしゃの前髪に触れたい衝動がむくむくと創の内に沸き上がるが、いま触ると大惨事になりかねないと思い、その手を止め――やっぱり我慢できない。

「ひわわわぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 映画館にこだます桜壱の悲鳴。それに連鎖する悲鳴。スクリーンではヒロインが映画館の悲鳴に悲鳴をあげているような、おかしな空間が広がっていたのだった。

 ――そんな地獄絵図も終わりを迎え、放心した桜壱の手を引いて歩く創。

 ずいぶん歩き広場の長椅子に桜壱を座らせ、創も腰をかけると、それまで放心していた桜壱がようやく覚醒した。

「物理はだめです! 物理は! Iは停止するかと思いました!」

 創に向いて、自分の前髪を引っ張りながら訴える。涙の機能があれば泣いていたに違いなく、左目の液晶には滴のマークが点灯している。

「平常時であれば、いくらでも触ってもかまいません。ですがあのタイミングの物理は反則だと思うのです、Iは!」

 訴える桜壱もかわいく、創は「ごめんなさい」と言いつつ桜壱の頭をなでた。

 桜壱が落ち着いたあたりで、創は映画の感想を一つ一つ丁寧に解説する。

「――幕の引き方は減点でしたが、設定含め、それ以外はなかなかの評価でした。

 はるいちさんはどこか印象、残りましたか?」

 印象を残せるほど余裕はなかったのを知っているが、それでも一応尋ねてみると、「Iはですね!」とぴょいこらジャンプして立つ桜壱。

 そして桜壱は顔の横に右手の平を押し当て、「ずっちーずっちーずっちーずっちー」とBGMを口ずさみ、機械的ながらも滑らかなダンスを披露する。

 それが上映前の盗撮に対する注意のアレだと気づくやいなや、創は微笑よりも少し強い笑みを浮かべるのであった――



「これでバッチリです!」

 帰宅した桜壱は朝のポンコツっぷりが嘘のように体を動かし、家事という家事をすべて終わらせた。なんなら動けすぎて、普段ならしないところまでいけてしまった。

 日も暮れ始め、外は薄暗くなり始めてきたが、室内は明るい。電気という電気を全て点けているからだ。

 だって消すと、ヤツが出るかもしれないから。

 もろに映画の影響だが、仕方ない。とりあえず先生が帰宅したら……と思っていると、鍵が開いて、玄関ドアの開く音。

「おかえりなさい、先生! 電気を消してはダメです!!」



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度は打診ありがとうございます。
方向性はこれで行こうと面子を見た時点で決めていましたが、どうだったでしょうか?
今後は打診が無ければ開けることはありませんのですが、また気が向いた時にでも、と思います。
ご発注、ありがとうございました
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2019年06月24日

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