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『見据える先で笑う者(2) 』
水嶋・琴美8036

 ちょっとした出来心であった。本当に未来が見えるかどうかなどは、どうでもよかった。少女はただ、学校で流行っているおまじないを試してみたかっただけだ。
 おまじないを終えた瞬間、鏡には奇妙なものが映った。噂は本当だったのか、と少女が驚き喜んだのもつかの間。そこに映っていたのは、決して未来などではなかった。
 自身ににじり寄る、奇妙な影。漆黒に染まったその怪物を背に、絶望に染まった表情が鏡には映っている。
 それが自分の顔だと少女が気付いた時には、背後に立っている怪物がその鋭いナイフのような爪を振るった後だった。
 衝撃に備え、少女は目を瞑る。しかし、来ると思っていた痛みは襲ってこない。
 代わりに、ふわり、と何か香水のような良い香りがした。シャンプーだろうか。
 恐る恐る目を開くと、毛先まで艶を失わない美しい黒髪を長く伸ばした女性が、まるで少女をかばうように目の前には立っていた。
「タイミングは、ばっちりだったようですわね」
 彼女、水嶋・琴美(8036)は穏やかな笑みを浮かべてそう呟き、悪魔の爪を受け止めていたナイフに力を込める。夜を溶かしたような色の黒の瞳が、目の前に立つ悪魔を射抜くように睨んだ。
 否が応でも目に入る相手の真下にある魔法陣に、琴美はその形の整った眉を僅かに歪める。事前に調査をした際におまじないに使用する魔法陣の形も確認していたが、実際に目にするとこの場所で行われている事の恐ろしさに胸が痛んだ。
 未来が見えるという話は、全くのデタラメだ。人々の興味をひくための、それらしい餌だったのだろう。
 この魔法陣は、呪文は……悪魔を召喚するための儀式に違いなかった。もはやおまじないなどという域を超えた、禁忌だ。
「何も知らない者達にこんな事をやらせるなんて、悪い事を考える人もいるものですわね」
 恐らく噂を流している敵は、人々に悪魔を召喚させその者自体を生贄にする算段だったのだろう。未来を知りたいという些細な願望が、まさか自らの命を悪魔へと差し出す行為に繋がっているとは被害者は夢にも思っていなかったはずだ。
 彼等の純真な心を利用した、残酷な手口。ナイフに握る手に力を込めて、琴美は敵の攻撃を振り払う。
 相手が怯んでいる隙に、琴美は少女を少し離れた安全な場所まで移動させた。
「あなたの事は、私が守りますわ。ご安心くださいませ」
 自信に満ち溢れた優しい笑みに、少女が思わず息を吐く。それは、安堵の息であり、目の前にいる琴美の美しさに見惚れた感嘆の溜息でもあった。
 すぐに悪魔へと向き直った琴美は、再びナイフを振るう。爪にも劣らぬ切っ先が、相手の身体を切り裂き漆黒の花を咲かせる。
 悪魔も負けじと、死神の鎌のような爪で琴美の柔らかな肌を引き裂こうとその凶器を振るった。彼女がナイフで再びその攻撃を受け止めた瞬間、悪魔はその名に相応しい邪悪な笑みを浮かべる。
 ナイフで受け止めている琴美の背後に、不気味な影が忍び寄っていた。召喚された悪魔は、一体ではなかったのだ。琴美の身体へと、背後を狙った卑怯な悪魔の爪が無遠慮に伸ばされる。
「残念でしたわね。私は格闘術にも自信がありましてよ」
 しかし、その攻撃を琴美は蹴る事で防いでみせた。続け様に、怯んだ悪魔へと向かいそのしなやかな脚を振るう。鮮やかな足技を叩き込まれ、悪魔は苦悶の声を残し霧散した。
 そのまま、琴美はステップを刻むかのように軽やかな動きで、もう一体の悪魔の背後へと回る。目にも留まらぬ速さで振るわれた正義の鉄槌の如き一撃が、悪魔を永遠の眠りにつかせるのだった。

 相手が消滅したのを確認し、琴美は少女の元へと向かう。
 大きな怪我はないが、悪魔に驚いた時に床に打ち付けてしまったのだろう。僅かに彼女の足が腫れている事に気付き、琴美は切なげにその瞳を細める。
「軽症といえど、女の子ですもの。治療する必要がありますわ。けれど、すぐに私は行かなくてはいけませんの。後の事は私の信頼における仲間に頼んでおきますから、あなたはここで待っていてくださる?」
 素直に少女が頷いたのを見て、琴美は「良い子ですわ」と微笑むのだった。

 ◆

 夜の街を、黒衣の少女は走る。彼女が走るのに合わせ、黒く長い髪とプリーツスカートが揺れた。辺りは静まり返っており、風の音しか聞こえない。
 走りながらも、琴美は思い出す。任務を受領する時に司令が話していた、目撃者の話を。
「失踪する直前に被害者に会った者がいる……という事は、悪魔は彼女達を操ってどこかに運ぼうとしていたのかしら?」
 つまり、今回の事件の裏にいる者には拠点のようなものが存在するという事だ。その場所に被害者を集めて、まとめて悪魔の生贄にしようとしていたのだろう。
 頭の中で瞬時に、琴美はまじないが流行っていた地区と目撃者が被害者を見かけた場所から計算し、最も可能性の高い一つの場所を割り出す。そこには、確か廃墟となった工場があったはずだ。
「恐らく、そこにいるはずですわ」
 悪魔を召喚する儀式に人々を巻き込み、良からぬ事を企んでいるであろう、この事件の諸悪の根源。
 ……今回琴美が討伐すべき、ターゲットが。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月24日

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