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『見据える先で笑う者(3) 』
水嶋・琴美8036

 人けのない廃工場は、例え昼に訪れていたとしてもおどろおどろしい雰囲気を漂わせていただろう。夜であるなばら、その不気味さは一層深まる。こちらを喰らうような、おぞましい闇が辺りを包み込んでいた。
 しかし、水嶋・琴美(8036)は、その磨き抜かれたオニキスのような色の瞳に怯えを滲ませる事すらなく、自信に満ちた足取りで真っ直ぐにそこへと向かって行く。編上げのロングブーツで地を叩き歩く彼女の姿は、これから向かう場所が戦場であったとしても優雅さを忘れる事はなかった。
 工場の前には、琴美の存在に気付いた悪魔達がすでに待機していた。琴美の姿を目に捉えた瞬間、異界の者であろうと惹かれてしまったのか、彼等の瞳が喜悦へと染まる。少女達の無垢な心を好む彼等にとって、琴美のような美しさを持つ者はとびきりのご馳走であった。
 しかし、彼女が秀でているのは外見の美しさだけではない。その強さにおいても、琴美は他の者よりもずっと優れている。
「邪魔でしてよ」
 振るわれるナイフが、鮮やかな軌跡を宙に描いた。この程度の低級悪魔では、琴美を止めるどころか彼女に一瞥すら貰う事は叶わない。琴美は的確に相手の急所を狙い、次々に悪魔を倒していった。
 その数に怯む事はないが、この悪魔を召喚するのにどれだけの数の罪なき市民が犠牲になったのかと考えると、琴美は胸が痛むのを感じる。
 故に、その攻撃に遠慮はない。戦場を疾駆する少女のナイフが、また一体の悪魔を屠った。

 ◆

 表にいた全ての悪魔を倒し終えた琴美は、拠点の中へと足を踏み入れる。
 工場の奥から響く怪しげな声が、彼女の耳をくすぐった。その呪文が、聞き覚えのあるものだという事に琴美はすぐに気付く。おまじないにも使用されていた呪文……悪魔を召喚するための呪文だ。
 奥の部屋では、儀式のための準備が行われているところであった。集めた少女達をこの場で悪魔に捧げ、悪魔を自分達の完全なる味方にしようとしていたのだろう。
「悪魔を崇拝する、狂信者ですわね」
 琴美の姿を見て、狂信者達は焦るでもなく楽しげに笑った。無垢な少女達の顔が絶望に染まるのを気にせず、悪魔に陶酔し笑っていたような集団だ。自信に満ち溢れた凛とした女性である琴美の顔が絶望に染まる様を、彼等は渇望しているのだろう。
「悪趣味な方達ですわ」
 呟いた瞬間には、すでに琴美は駈け出していた。手始めに、一番近くにいた者に得意の格闘技を叩き込む。
 次いで、二撃目。少女の動きに合わせ、プリーツスカートが揺れた。そこから覗く長くすらりと伸びた足が、回し蹴りという名の驚異となり敵へと振るわれる。
 戦場を駆ける琴美の姿は華麗で、まるでこの場所が舞台のステージになったようだと見る者に錯覚させた。何にせよ、この戦場でスポットライトが当たるのに最も相応しい存在である事には違いない。
 悪魔しか崇拝していなかったはずの狂信者であれど、天使のような美貌を持つ彼女の姿と動きにはつい見惚れてしまうらしい。鮮やかに戦う琴美に、ここが戦場である事も忘れ見惚れてしまっている者も少なくはなかった。
 かといって、狂信者達も反撃をしないわけではない。悪魔を使役しながらも、彼等自身も闇に染まった呪いの魔法弾を琴美へと放つ。その魅惑的な肢体を無遠慮に狙う無数の弾丸は、まるで雨のように一人の少女へと襲いかかった。
 だが、それが琴美に触れる事はない。軽やかな足取りで攻撃を避け、回避すると共に琴美は相手の死角へと移動し攻撃を加え、着実に敵の数を減らしていく。
 多勢に無勢だった戦況は、とっくに覆っていた。狂信者達の数は、次々に減っていく。
 不意に、その時風が吹いた。すでに廃墟と化してから数年経っているのだ。工場内に隙間風が入る事は、何も珍しい事ではない。
 しかし、それにしてはその風は少し強すぎた。まるで身を刺す刃のように、痛みが狂信者達を襲う。これは、ただの風では、ない。
「今更気付いても、遅いですわよ」
 狂信者達が違和感を覚えた時には、すでに刃のように身体を切り裂く風は彼等の周囲で渦巻いていた。琴美にとっては、風すらも武器の一つなのだ。念動力で自在に風を操り、彼女は敵を一網打尽にする。
「全力を出すまでもありませんでしたわね」
 風が止む。静かになった廃工場に立っているのは、琴美ただ一人であった。
 倒れ伏した者達と違い、彼女は傷一つ負っておらず、その衣服に返り血すらつけていない。
「罪なき者達の未来を黒く染めたあなた達に、未来などありませんわ」
 穢れを知らぬ少女は、汚れた心を持つ狂信者達を見下ろし、餞別の言葉代わりにそう呟くのだった。

 ◆

 任務を終え、報告に戻ろうとしていた琴美の事を、司令からの通信が引き止める。
 どうやら、緊急であたってほしい任務があるらしい。現場は、ここからそう遠くもない距離にあった。
「構いませんわ。このまま直接向かう事にいたします」
 心配する司令の言葉に、琴美はいつものように余裕に溢れた笑みを返す。その顔に、疲労の色は浮かんでいない。この程度の任務など、琴美にとっては準備運動にすらなっていないのだった。
「さて、早速向かう事にいたしましょうか。次はいったい、どんな敵が私を待っているのかしら」
 おまじないで、未来を見る必要など彼女にはない。琴美は、自分を待つ未来が明るいものであると確信している。また一つ悪を倒せた事に対する高揚感を胸に、彼女は意気揚々とした足取りで次の戦場へと向かうのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
今回の琴美さんのご活躍、このような話になりましたがいかがでしたでしょうか。琴美さんの明るい未来を示唆するような、そんなお話になっていましたら幸いです。
何か不備等御座いましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月24日

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