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『Fly You to the Moon 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 笑顔くださーい。
 カメラマンに促されたリィェン・ユー(aa0208)は、精いっぱい吊り上げた口の端をレンズへ向けた。
 緊張から面はうつむきがち、不安を紛らわすため無意識に首の辺りへ手をやってみたり……“首痛めてる系男子”などというワードが流行ったのはいつだったか。
 まったく。首なんざ刈るもんだろうに。
 苦い思いを引き剥がしたいように首から手を離し、リィェンは息をつく。
 君がいる毎日は、任務だけじゃなくこんなことを当たり前に含んでるわけだ。
 テレサ・バートレット(az0030)の有り様を思い浮かべながら、リィェンは黒スーツの軸を為すマンダリンオレンジのネクタイを見下ろした。

 愚神王の討伐が成った後も、H.O.P.E.の需要は平らかになりこそすれ消え失せることはなかった。しかし愚神という恐怖の影は着実に薄らいでおり、結果、その向こう側にあったエージェントの存在が透けて見え始めていた。
 これまでは会長やテレサを始めとする一部の広告塔が注目を引き受けてきたわけだが、余裕を得た人々はそれに満足せず、新たなアイドルを求める。需要あらば供給せよの精神で、マスコミはこぞって歴戦のエージェントへのアプローチを試みた。
 H.O.P.E.広報部内では当然、その動きの対処が検討されたのだが、判断はエージェント本人に任せる以外は決めようもない。
 かくてリィェンは古龍幇“本家”の意向を受け、それはもう快くマスコミの要請に応えることと相成ったわけだ。そして肝心の取材テーマとは――


「さすがに写真集じゃないわよね?」
 紫峰翁大學構内にあるカフェのテラス席。テレサはスクエア型フレームのサングラスの奥で目をしばたたかせた。
「玩具化が決定したそうじゃぞ。なんでも変型合体ドレッドノートとかなんとか」
 彼女の斜め向かいに座すイン・シェン(aa0208hero001)は悠々と脚を組み換え、傍らのリィェンに流し目を送る。
「合体はとにかく、変型はしないけどな。……神経接合システムってのが男児受けしてるらしくて、アクションフィギュアを展開したいらしい。H.O.P.E.でも初めての例だっていうんで、やたらと取材申し込みが来てるんだよ」
 げんなり応え、リィェンはテーブルの上に置いたイラストを指した。四、五歳の男児の作なのだろう、拙い線で描かれたリィェンに見えなくもないロボットが化物相手に“すごい剣”を振るっている。
「ロボね」
「ロボじゃ」
 女子ふたりに結論づけられ、リィェンはさらにげんなり肩を落とした。
 いや、確かに俺は神経接合アーマー着てるけどな。顔にビスなんざ打ってないし、目からビームも出やしないんだよ。
 と、ここでテレサが思い出した顔で、
「うちの広報部から新型ビーム兵器の開発案が出てるのって」
「完成したら否応なく使わされることになるから、特務部で握り潰してくれ」
 すでに似たようなAGWは存在するし、無理矢理な神経接合シリーズ化は免れまい。そもそも現状では部外秘の玩具案も無茶苦茶なのだ。いったいいつ俺が『土中戦闘』やら『大気圏突破』やらのアタッチメント装備を使ったっていうんだ。
 などと胸中で愚痴を垂れるリィェンに、テレサはサングラスをずらして笑みを送る。
「よくある話よ。隠密性なんて欠片もないピンク色の二丁拳銃持たされたり、虹色に光る弾速激遅な曳光弾撃たされたり、ありえない長台詞しゃべらされたりスキル名叫ばされたり、ガトリングは女児が引くからって使用禁止されたりね」
 そうか。命をやりとりする場で、それを笑って受け入れるのが君か。
 一瞬愕然としたリィェンだったが、すぐに薄笑みを返し、うなずいた。
「ある程度は肚も据えるしかないってことだな。よし、見たこともないパワードスーツをしたり顔で空中着装して月まで行ってやるか。君を連れて」
「あたしも?」
「ああ。だって君は“ヒロイン”だろう? ヒーロー物にヒロインは欠かせない。それがジーニアスヒロインなら言うことなしだ。愉快な古龍幇の仲間たちの助けを借りて、いっしょに外気圏を突き抜けようぜ」
 冗談めかして言うリィェンだが、その心が本気であることは言うまでもないわけだが。
「……と。今日も取材が入ってるんだ。やる気を振り絞って行ってくる」
 立ち上がったリィェンはすっかり氷の溶けてしまったアイスコーヒーを呷り、かるく手を挙げる。
「じゃあ、あたしたちはロボヒーローの支援兵器案、固めておくわ」
「自爆装置だけはつけないでおいてくれよ。あるとつい押しちまいそうだ」

 リィェンの姿が消えた後、インはゆるりと口を開いた。
「最初は本家からの命で渋々といった体じゃったがな」
 古龍幇の長の一族、その末席を与えられたことで、捨て子の暗殺者であったリィェンはこの世界における立ち位置を定められた。しかしそれは首輪でもあり、彼の自由をかなり大きく縛ることにもなっている。
 裏社会から表社会へ伸びゆこうと企む古龍幇としては、H.O.P.E.との関係性強化を進める中、H.O.P.E.に名を馳せるリィェン・ユーという同国人が会長の娘をかっさらうような事態は絶対避けたい。交渉とは、公ばかりでなく、多分に私をも含むものだからだ。ゆえにこそ立場と義とで彼を縛り、抑えつける必要があった。
 ただ、今回の玩具化話については、彼を表社会における古龍幇の広告塔として使おうという単純な意図によるところが大きいのだが……。
「長はもう少しちがうことを考えてはくれておるようじゃが、ともかくじゃ。リィェンは今、幇の意向をあれでも前向きに受け入れておるよ」
 インはサングラスに隠されたテレサの目を見通すように視線を伸べ、継いだ。
「この機に己の立場を得んがためにの。そちの片脇へ並び立てるだけの名実を」
 テレサはなにを応えることもなく、唇につけたホットティーのグラスを傾ける。体の内を冷ましたいかのように、なにがしかの思いを腑に落としたいかのように。
「ま、それをこうして口にするは妾の身勝手じゃ。リィェンがそちに言うことはありえぬがゆえにな」
 リィェンの歩みを誰よりも近くから見ていたからこそ、焦れる。それにより、自分ともうひとりの英雄が強引を押し通そうとしていることも自覚している。それでも、リィェンの幸いがため、止まれぬことも思い知っていた。だから。
「せめてそちには知っておいてやってほしうての。彼奴の真心を」
 彼奴の想い通じたとて、万人に祝福される恋路は歩めまいが……の。
 インは胸中にこぼれ落ちた言葉を追いかけるがごとくうつむき、息をついた。


 日をあらためて、リィェンは再びテレサと向き合って座していた。
 場所は池袋北口の点心料理店。都心にして強い華僑ネットワークが形成されているこの地は、群がる蝿から身を隠すにはもってこいだ。
 それにここなら幇もうるさく口出ししてこないしな。
 ともあれリィェンは、香り高い凍頂烏龍茶をテレサに進めつつ、切り出した。
「正直参ってる」
「でしょうね」
 最低限の社交をこの短期間でぎゅうぎゅうに叩き込まれたリィェンではあるが、だからといって、取材陣や玩具メーカーの社員相手それぞれに最適な対応ができるかは別問題だ。それを矢継ぎ早にこなせと言われれば、それはもう疲労も困憊するだろう。
「伝えなきゃならないことは伝えてるつもりなんだが……どうにも期待された“俺”を演じられてるとは思えなくてな」
 テレサとしては、なにを言えばいいのかではなく、どう演じればいいのかという域にリィェンが達していることに驚かされる。
 そしてしみじみと思うのだ。リィェン君、ほんとにこっち側へ来ようとしてるのね。
 それがどこか寂しいのは、どうしてだろう。
「――リップサービスは必要だけど、まずは話をする、話を聞く、その姿勢を見せられてれば問題ないわよ。向こうがいちばん困るのは、なにも言わず、なにも聞かずに不満だけ臭わせる人だから」
「不満か。まあ、おもちゃに関しては“極”と『EL』さえちゃんとしてくれたらどうしてくれても構わないからな」
「入れるべきクレームはちゃんと入れておかないとだめよ。そこは古龍幇でもH.O.P.E.でもいいから法務部に頼んでね」
 リィェンは顰め面をうなずかせ。
「おもちゃの発売に合わせて映画を作りたいって話もあったんだが、それは断ったよ。俺の戦いを美談にまとめられちゃたまらない」
 俺や相棒の戦いぶりを再できる俳優もいないだろうし。言い添えるリィェンに対し、テレサはかぶりを振った。
「妥当な条件を提示されてるなら、多少の不安があっても受けるべきよ」
「どういうことだ?」
「あなたって人を世界に知らしめる一歩になるから」
 茶をひと口飲んで間を空け、リィェンの目がこちらへ集中したことを確かめてから、テレサは説明を開始した。
「古龍幇は今、世界に名前を売り出しにかかってる。そのためにも積極的にあなたを押し出したいはずよ。だから幇と、彼らと協力体制を維持したいH.O.P.E.がスポンサーに入るはずだし、そうなればあなたの不利になるような情報は抑えながら方向性をコントロールしてくれるわ」
 そして彼女は両手を拡げて肩をすくめ。
「もっとも、あなたの経緯の問題もあるから、美談になるのは避けられないわけだけど」
 それはそうだ。戦闘シーンの出来不出来などより問題なのは彼の出自にまつわる話であり、掘られること自体を避けなければならない。そしてなにより、映画化によって古龍幇は大利を、リィェン自身もこれまで袖すり合うことすらなかった人々の支持を得られる機会を得られることとなる。
「何年か前になるけど、『Genius Heroine 〜無謬の9×19〜』、封切り日に見たよ」
 それは特務エージェントであるテレサを主人公にしたアクション映画で、主演を彼女自身がスタント込みで務めたことから話題を呼んだ一作だ。もっともシナリオのほうは陳腐なほど王道で、彼女の魅力を十分引き出しているとはとても言えなかったのだが……。
「あれ以来、君を支持する人は確かに増えた。H.O.P.E.やライヴスリンカーに対する世間の目も和らいだしな」
 テレサは自らの有り様をあえて喧伝することでH.O.P.E.の立場を世界に認めさせ、自らの身に資金や技術といったさまざまな援助を呼び寄せてみせた。それどころか、わずかなりとはいえライヴスリンカーの地位向上までもを実現して。
 代わり、特務に携わりながらも潜入捜査や交渉事には参加できない身の上となったわけだが、彼女にとってその代償は安いものだったということだ。
 この場合、俺が払う代償はなんだ? 名声と引き換えにするものは?
 考えてみたが、それこそ大したものではありえまい。テレサ・バートレットという真実のヒロインへ近づけることに比べれば。
「俺の評判が上がれば幇はもちろんH.O.P.E.も得られるものがあるし、俺の存在を世界に認めてもらえるチャンスになるか。それにちょっと思い出したこともある」
 リィェンは一度言葉を切り、茶を飲んだ。先ほどテレサがした、相手を注目させる技術をそのままに返して間を取って。
「映画の話が切り出されたとき、シナリオのラストシーンが宇宙戦闘になっててな。そこで俺――役の俳優だが――はヒロインを抱えて大気圏突破、レガトゥス級愚神が待ち受ける月へ突っ込むんだ」
 エージェントふたりでレガトゥス級の首を刈るなどナンセンスの極みだから、当然H.O.P.E.の監修が入るとして。
 リィェンは息を整え、表情を引き締めて、低く声音を継いだ。
「もともとはH.O.P.E.とグロリア社が今後を見据えて共同開発してる宇宙戦用パワードスーツがあるからって話だったんだ。でも映画化を受ける条件として、そいつを俺用に調整してもらえるよう交渉するよ」
「どうして?」
 テレサは問う。返る答を半ば以上知りながら、それでも。
 果たしてリィェンは、彼女の予想どおりの答を告げる。

「君を月へ連れて行く」

「この前は冗談だったが、今は本気だ。……月が綺麗ですねって言うより俺らしいだろう?」
 ああ。まったくもってリィェンらしい。
「Lovely。あたしを月まで連れてって」
 恋というものは正直わからないままだけれど、でも。
 自分を月に連れていくのは最愛の父よりも誰よりも、よしと拳を握り締めるリィェンなのだろうから。
 テレサは月からリィェンとながめる地球を想い、笑んだ。 
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2019年06月24日

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