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『舟行く先 』
不知火 あけびla3449)&不知火 仙寿之介la3450

 息子とふたり、大型スーパーの鮮魚売り場を流していたときのこと。
 突然、黒スーツの女性から声をかけられた。曰く。

「いきなりお声がけしてしまって申し訳ありませんー、
 おふたりがとてもお似合いだったものでー。
 あ、わたくし怪しい者ではなくー、結婚情報誌の編集でしてー。
 でもですねー、最近なにかと世知辛くてー、昔ながらのゴージャスな感じの式がなくてですねー、わたくしどもの雑誌も広告取れなくて薄くなってましてー」
 と。
「俺にはその声色の出来映えは推し量れんが、とにかくだ。かいつまんで言えばどういうことだったんだ?」
 ここまで妻であるところの不知火 あけび(la3449)が演じる“編集長”の様に付き合い続けてきた不知火 仙寿之介(la3450)が、たまらず声音を割り込ませた。
「えー、ここからがいいとこなのに……」
 唇を尖らせるあけび。二十歳の息子がいる母親には到底見えぬしぐさである。
 仙寿之介は、そんな妻へ笑みを含めた目を向けた。努めてではなく、あるがままにそうあるのがあけびだからな。
 夫のあたたかな感慨を感じたあけびはすぐに機嫌をなおし、こほん。
「息子とカップルだと思われた!」
 両手でハートを作ってみせて。
「しかもSALFにお伺いされた!」
 和装の袖口を“萌え袖”にして指ハートを決めた。
 要約すれば、あけびと不知火家長男はカップルと間違われ、冷え込み続けるウェディング業界の活性化を図るべく、SALFを通してモデルに起用されかけたということだ。
「それで、なぜ断った? 息子と共連れて並ぶ母冥利をおまえが投げ出したわけは?」
 実現していれば当然、仙寿之介にもなにかしらの話が来るはず。それがたった今知らされたこと、そして関係者(妻と息子)が頑なに口を閉ざしていたことからして、前向きな理由で断ったわけではないはずだ。
「それは……あの子がやだって」
 ああ。仙寿之介は息をつく。息子からすれば、見かけがどうあれ母は母。偽りとはいえ結婚式を演じるのは辛かろう。こちらからしても、息子が妻にべったりというのは心配だし、なによりも妻を取られるようでおもしろくない。
 我ながらの狭量に嫌気はさすが、まあ、それが惚れるというものだろうよ。
「愛されてるなぁ、私」
 ひとり達観する仙寿之介の様に、てれてれと笑みを漏らすあけび。
 二世の契りを結ぶ遙か昔に出逢い、人生のほとんどを共に過ごしてきた仙寿之介のことだ。無表情の端に漏れ出す真意は自然とわかってしまう。
「隠し事はできんな」
 あけびをつと引き寄せて抱きかかえ、仙寿之介はさらにささやきかけた。
「が、おまえにもまだ隠していることがあるだろう」
「え!?」
「おまえが俺にできることを、俺がおまえにできん道理はあるまい?」
「う!!」
 逃げ場なき仙寿之介の腕の内、あけびはいよいよ観念し、語り出したのだった。


「洋装はどうにも窮屈だな」
 白タキシードの衿元へ仙寿之介が差し込もうとした指を止め、あけびは強くかぶりを振ってみせる。
「だめだよ仙寿。和装じゃないんだから、着崩すの禁止」
 こちらは、タイトな胴部分からボリューミーなスカートがふわりと拡がるプリンセスラインのウェディングドレスをまとったあけびである。
「いいな」
 仙寿之介は目を細め、あけびの装いを見つめる。
 花嫁として訪れた彼女とはまるでちがう、淑やかさよりも華やかさが際立つ姿。肚を据えた白無垢こそあけびらしいと思っていたものだが、ドレスのかろやかな揺らぎもまたあけびらしい。――今の彼女の歳はともあれそう思える。
 ちなみに今いる場所は、東京湾をゆるりと周回する、全長100メートルのレストラン船上だ。
 件の編集長がしかけようとしたクルーズウェディング特集ページ、そのモデルを、息子に代わって彼が務めることと相成ったのである。よりによって、あけびの推薦で。
『いやだって、SALFの広報部からの依頼になっちゃったし! あの子の代わり頼めるのも務まるのも仙寿しかいないでしょ!』
 たとえ世界を渡ろうと、しがらみからは逃れられないということだ。もちろん、それを嫌って突っぱねることもできたのだろうが……息子ですら許せないのに、ほかの男に婿なんぞを演じさせられるものか。

 せっかくライセンサーさんにお願いできることになったのでー。CMなんかも撮らせていただけたらと思いましてー。
 満面の笑顔で語る編集長。どうやら妻の真似はそっくりだったようだ。と、いうのはさておき。
「俺は役者ではない。見れる程の演技を求められても務まらんぞ」
 話によれば、船上で意に添わぬ結婚をさせられようとしている花嫁があけびで、それを奪い返しに大立ち回りを演じるのが仙寿之介であるという。
 セリフは入れませんのでー、適当にアクションしていただいてー、花嫁さんとボートで逃げていただくだけですー。
 示されたものは――今はスタッフの手で操作され、この船の横を行く白いボート。
 あけびはくすりと喉を鳴らし。
「私たちが乗った花嫁舟みたい。それにほら、憶えてる? 私が仙寿に――」
「忘れるはずがない。おまえの白無垢も、想いを告げてくれたあのときも」
 仙寿之介もうなずき、薄笑みを返した。
 あけびに告白されたのは洋上ホテルの船長室だった。そしてあけびという花嫁を仙寿之介の元へ連れ来たものは花嫁舟。
 思えば、俺たちを今ある先へ送り出してくれたものは船だったな。
 まあ、楽しげなあけびに付き合うのは悪くないし、そんな甘やかな過去を蘇らせてくれたことに礼をするのも、やはり悪くはないだろう。
「どれほどできるかわからんが、せいぜい微力を尽くすとしよう」


 前部甲板にしつらえられた祭壇に牧師――もちろん本物ではなく、役者だ――が到着し、置かれていた聖書を手に取った。
 その前に、悪の花婿役のていねいなあいさつを受けるあけびがいる。
「はい、よろしくお願いします!」
 こんな綺麗なお嫁さん、5分で略奪されるのは惜しいですねぇ。などと笑う花婿役。こちらが素人だと知っているから、リラックスさせてくれているのだ。
 あけびは謝意を示す笑みの裏で思う。
 さて。こっちの仕込みは上々だけど。仙寿はどうかな?

 後部甲板では、先ほどの白ボートから乗り移るシーンを撮影し終えた仙寿之介が、スタッフとメインシーンの最終確認をしていた。
 まず、花嫁まで一気に駆け抜ける仙寿之介を、カメラ一台で追いかける。
 仙寿之介があけびまで辿り着いたら悪役が数十人登場。ここからはアクションシーンをこなしつつの脱出となるので、数台のカメラを使って多角的に撮る。
 基本的にはカメラを止めず、ワンカットで撮りきる方針。彼もあけびも、カメラは気にせずやってくれればいい。
「心得た」
 わざと古風に返して、仙寿之介は息を絞る。
 そしてスタートの合図と同時、ふわりと駆け出した。

 小舟であれば揺らさぬため、腰を据えて重心を低く保つ必要があるが、これだけの大きさの船ならそんな気づかいも不要。
 重心を高く保ち、カメラを置き去りにしない速度で駆けることだけを心がける仙寿之介だったが――卓越した剣士たる彼の軸は直ぐに定まっており、だからこそ揺らがぬその姿は、流水へ滑る八重の花弁さながらに美しい。
 追ってくるカメラマンが、レンズの奥でほうと息をついた。彼なら、社交ダンスのCMでも十二分に務まるねぇ。

 一気に駆け抜けた先、誓いのキスを強要された体のあけびがこちらを振り向いた。
 その儚く切なげな表情に、仙寿之介は思わず奥歯を噛み締める。今、そこへ行く!
 すり足を繰ってふたりの間へ肩を割り込ませ、背で花婿役を遮りながら、あけびと対面。
「待たせたか」
「来てくれるって知ってたから」
 もちろん互いに、これが撮影であることは心得ているが、しかし。
 再会は、ふたりに万感を思い起こさせる。大戦のただ中で離ればなれとなり、ようやく巡り逢えたあのときの想いを。
 と。顔を顰めた花婿役の叫び声を合図に、参列者役のエキストラの間から悪役たちが飛びだしてきた。彼らはSALFから貸与されたプロテクターを着用しているので、思いきり立ち回ることができる。
「仙寿!」
 牧師の手から聖書を奪い取ったあけびが表紙を剥ぎ取ると、その中からピカトリクスが現われた。
 仕込んでいたのか……妻の猛烈なやる気に若干引く夫だったが、まあいい。ここが舞台なら、こちらもそれに合わせて踊るだけだ。
 仙寿之介は背から抜き出した雷刀「千鳥」を抜き放ち、鞘で花婿役の眉間を打ち据える……もちろん寸止めなのだが、花婿役は心得た様子でくたりと崩れ落ちた。いい役者だ。
 鞘をそのまま投げ落とし、駆け込んできた悪役へ刃を返した峰打ちでかるく撫で斬った。彼が倒れ込んでいくのを見送ることなく踏み出し、体をひねって振り込まれたソードをかわしざま、峰を一閃させる。
 あまりに自然すぎる挙動であったがゆえに気づく者こそ少なかったが、無拍逆襲撃の絶技であった。
 その背にぴたりと自らの背を添わせたあけびは、閉ざしたままの書で悪役の手を遮り、手首の返しでそれを払い退けた。
 脚の自由が効くプリンセスラインとはいえ、さすがに蹴りを放つことはできない。ウェディングドレスというものに込められた夢は、なにを差し置いても守らなければならないものだから。
 その代わり、充分に悪役たちを引きつけておいて。
「誰の手にも触らせるわけにいかないの。それを許すのは、この人の手だけだから」
 彼らの隙間へ、凍り閉ざす銀の氷槍を突き立てた。
 それに合わせてわっと跳び散る悪役たち。うわ、なにこれ気持ちいい! 役者さんてすごくない!?
 気持ちが上がればアクションも勢いを増すものだ。
 あけびは仙寿之介の肩を飛び越えて彼の前へ。船体に弾ける海水を幻惑のスクリーンと化し、彼らの目を塞ぐ。
 あけびとスイッチし、この惑い写す青をかき分けて進み出た仙寿之介は、前を塞ぐ巨体の悪役へ「本気の攻めをくれ」と声音を投げた。
 霞む目をしばたたかせ、巨漢が手にしたハンマーを振り回す。ただの劇団員である彼に、イマジナリードライブの効果を防ぐ術はない。だからこそ安心して、思いきり空振りできる。
 その攻撃を切っ先でいなして自分の位置を知らせつつ、仙寿之介は巨漢の懐へ踏み込んだ。革靴のつま先でその前進を縫い止め、八相の構えから斬り下ろした刃を斜めに跳ね上げる。明王練気による燕返し。
 派手に斬り払われた体で、大の字に倒れゆく巨漢をすり抜けた仙寿之介があけびに手を伸べた。
「行くぞ」
 あけびはその手を取り。
「どこへでも!」
 仙寿之介が行く先ならばどこへでも共に行く。手を引かれてではなく、彼の道を斬り拓いて。
 そんな思いを手の熱に込めて、あけびは駆け出した。
「ああもう、ヒール邪魔!」
 白のハイヒールを脱ぎ捨て、仙寿之介の横に並ぶ。
「自由過ぎるだろう」
「自由が利かなくちゃ仙寿のこと守れないもの!」
 仙寿之介は息を飲み、そしてかすかに苦笑した。
 いくつになっても、おまえは本当に変わらないな。しかし。
「俺はおまえほどに自由ではありえんが、この手はおまえを守るためにこそ尽くす」
 あけびはいたずらっぽく笑み、仙寿之介の顔をのぞき上げてきた。
「誓いますか?」
「とうの昔にな。が、あらためて誓おう。病めるときも健やかなるときも、変わることはないと」

 群がる悪役――先ほど倒されたはずの面子もしれっと参加している――を切り抜けて、ふたりはボートを漕ぎ出した。
「撮影はこれで終わりだと思うけど、どうしよっか?」
「せっかくだ。このまま潮の流れに任せて旅に出るか」
 仙寿之介の言葉に、あけびはぐっと親指を立てて。
「心得た!」
 息子もひとりで生きていけるまで育った。いや、共に一対を成して羽ばたく片翼はすでに、彼のそばにある。もっとも、一枚ならず二枚というのはどうかと思うわけだが、そのあたりは苦労性の友に丸投げてしまおうか。
 仙寿之介はあけびを抱き寄せ、海原を見やる。
 さて、この舟は俺たちをどこへ連れて行ってくれるものか。


 あっさり東京湾の縁に着いた仙寿之介とあけびは、短か過ぎた旅路に苦笑した。
「まだまだこの世界からは逃げられないってことだね」
 締めくくったあけびはスマホを取り出し、編集長に連絡を入れる。
 そして後日、ふたりの元へ完成したCM映像が送られてきたわけだが……アクションの果て、あけびの置いていったハイヒールが“ガラスの靴”さながらの風情を魅せるドラマに、息子以外の誰もが賞賛をくれたことは特に記しておこう。
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2019年06月25日

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