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『望郷のとある一日 』
神取 アウィンla3388)& 桃簾la0911

 アウィン・ノルデン(la3388)の一日はいつも目まぐるしく過ぎる。とはいえ、睡眠中も泳ぎ続けるという鮪なる魚とは違って人間なので、眠らなければ倒れるし体力にも限界がある。最近は実戦経験を積んでいるからか、徐々に身についてきたが。今日もライセンサーの仕事を受諾して、以前にも組んだことのある知人から初対面の相手まで個性豊かな面々と共にナイトメアの討伐に当たり、家路を辿っているところだ。戦闘におけるアウィンの役割はライフルを用いた狙撃や敵の行動妨害など、後方支援が主ではあるが常に戦況に適した行動を取る必要があって、それがストレスというより純粋な疲労として身体に降りかかる。その為突発的にシフトを入れても余計なことをしでかす予感しかせず、とりあえず寝て英気を養ってから考えるのが決まり事になっていた。
 目的はなくとも何気なく、アウィンの視線は通り沿いに続く店舗に向けられる。バイト募集の貼り紙も気になるが先日自分と同じ名前の鉱石を購入したように琴線に触れる出会いを求める――そんな想いも少しあった。と、そんな意図から逸れる形だが、店から出てきた男女が仲睦まじく逆方向へ歩いていくのを横目に足を数歩前に進めて、そして目に入る。――ショーウインドウに飾られた純白のウェディングドレスが。思わず止まって、すぐに邪魔だと気付き店側に寄る。時差の影響もあってまだ昼過ぎだ、人通りが多い。
 眼鏡のレンズと厚めのガラス、二枚を通す先にウェディングドレスが並ぶ。流石にバイトの同僚やライセンサー仲間と結婚について話す機会はないので正直、この世界での一連の文化には詳しくないが、アパートのポストに放り込まれたチラシを見たことはある。だからこのドレスが婚礼用だと知っていた。他にもアウィンが知るイメージとは違う衣装も見られるが、放浪者向けかそれとも多国籍なのを配慮してのものか。
 自身は未婚ではある。が、決して結婚は縁遠いものではない。ふと通り過ぎる女性が窓越しに映って、鴇色の長い髪に一瞬ハッとなる。思わず振り返ったものの、見えた横顔は記憶と違っていて安堵の息が零れた。ありもしない不安がよぎったのは、あるドレスを前にしているせいだ。それはアウィンの父親が統治するノルデン領の婚礼衣装に似ていた。
 兄に嫁いだ他領土の姫君とは、数年前に一度だけ会ったことがある。使者の役目を負い相手側の屋敷へと出向き、情けない話だが迷子になってしまった。自分でも最大限気をつけているつもりだが、どうも迂闊なところがあるのだ。その際呼びかけてきたのがかの姫である。名乗らずとも一目でそれと判る気品、他者を圧倒する高みにある美貌。今では仔細まで憶えていないが、もしも顔を合わせることがあれば即座に気付く。そんな淡くて鮮烈で、彼女に何も落ち度はないものの少し苦味を感じる思い出。それはあの日――婚儀が執り行なわれた日に上書きされる筈だった。今は遠く、しかし実数としてはあまり経っていない過去を追懐する。
 当時も件の姫との記憶を辿り、そして式に際してノルデン風の婚礼衣装を纏った彼女はさぞ美しいのだろうとそんなことを考えていた。兄には複雑な感情を抱いてはいるが仲は良好で、目を背けたい気持ちはあれども祝福の方が遥かにそれを上回る。ノルデンとフォルシウス、両家の架け橋となって奔走した日々が結実の一助を担った喜びも大きかった。領民の期待を一身に受け、彼らに精神的安定をもたらす目的もあって盛大に開かれた婚儀。主役となる二人は勿論のこと、両親や相手側の二人の兄、それからアウィンも目立ち過ぎない丁度いい按配で着飾っていたし、大広間は静謐な空気に満ちていた。アウィンが兄と両親の傍に控え、姫の入場を待っていた時のことだ。
 扉が開く……そう思った瞬間、その向こうから光が溢れ出て咄嗟に目を瞑った。太陽を直視したらこのような感覚を抱くのではないか、そんな想像が思い浮かぶほど激しく動揺する間さえなかった。予想だにしない出来事に相手側の演出か何かだろうと思い込んだくらいだ。その為我ながら妙に冷静で、だから家族や招待客の声が全く聞こえないことにもすぐ気付いた。まさか、俺一人を謀る目的ではないだろうが。思いつつ腕を下ろし、目を開き。
 目を閉じて開くまで多く見積もっても十秒程度。その間無音だった筈だが今は正直あまり自信がない。ただ、視界が開けると同時に音が戻ってきたと少なくとも自身はそう思っている。
 この世界で生活するようになって分かったこと。塀で隔てられた中に瓦屋根の家が建ち、コンクリートの硬い地面が靴底に触れる。電線に留まった鳥の群れが青空を待ち切れず一斉に飛び立つ。白としか表現しようがない光があった所には藍色が広がり、下から迫る橙色に押し負けている。そこはまだ夜が明けきらぬ早朝の日本の住宅街だった。
 道の中央で立ち尽くすこちらに胡乱げな目を向け自転車で通り過ぎようとしたのは、今は自身もバイトでやっている新聞配達員だ。目が合って、しかし状況が飲み込めず声をかける余裕もないアウィンの元へとわざわざ引き返してきて、親切にもどうしたのかと尋ねてくる。そこで家名に泥を塗るまいと意識して自らの身に起こった事態を噛み砕いて説明をし、逆に質問もされ、そうしてここが全くの別世界であることを知った。SALFのこともこの時一度聞いた筈だが憶えておらず、ただ異世界からやってきた人間は珍しくないと聞いて安堵した記憶がある。――そのせいでなるようになるだろうと不安を吹っ切り、またいい出会いにも恵まれたお陰でライセンサーになるのに時間がかかったわけだが。まあ些事を気にしても仕方ない。
(……あの後、婚儀はどうなったのだろうな)
 過去から現代に立ち戻り、アウィンが考えるのはやはり故郷のことだ。新郎の弟がいなくなったとなれば幾らかの混乱は避けられなかっただろうが、式自体はあの日の内に終わっている筈。跡継ぎは兄なのだから、ノルデンの家は自分がいなくても回る。だがそれでも補佐役を務めていたのだ、未了の仕事はいうまでもなく後から舞い込んだ分も人員が減った為差し障るかもしれない。姿を消してしまったことが心苦しく、申し訳ない気持ちで一杯になった。今別世界にいる自分に出来ることといえば、兄と姫君がつつがなく暮らしているだろう故郷を想い、せめてもの願いだとその幸せを祈るだけだ。あの後初めて対面した二人の関係が良きものであるように。そしていつか戻る日が来るならば、三人で話をしてみたいと思う。
 藍宝石の瞳を開き息を吐き出すと、アウィンは日常へと舞い戻る。背筋を伸ばして、淀みのない足取りで前に進んだ。姫もまた地球にいて、ライセンサーとなっているとは露ほども思わず。

 ◆◇◆

 桃簾(la0911)の一日は時に忙しなく、時に優雅に流れるものだ。今日は前者の方でSALFの任務からの帰り道、拳と長い脚を武器にナイトメア相手の大立ち回りを演じたとは思えない足取りで通りを歩く。美貌とモデル顔負けの体躯もさることながら、ヒールを履いていても安定している姿勢の良さと綺麗に膝が伸びる歩き方が、魅力を更に引き立てているのは疑いようもない。幼少の頃に教わって以来実践し続けていることなので、当人としては最早無意識の境地に至っているが。
 梅雨と呼ばれる時期に入ってこのところ雨が多いが、今日は朝から降っていないらしく街路は乾いた状態だ。夕方から夜に差し掛かろうという時間帯もあり、気持ちのいいそよ風が吹いている。カロスは特定の地域以外は常春で寒暖差は言うまでもなく、この土地のように湿り気を帯びた空気にもまるで縁がなかった。夏の突き抜けた暑さならいっそアイスの美味しさが何倍にも増すので歓迎してもいいが、じっとりして暑いのはどうも好ましくない。流石に保護者の青年に衣替えを訴えなければならない頃だ。しかし彼が大量に用意しているものでなく、自分で何かしら買ってみるのもいいかもしれない。ライセンサーの活動を維持する分は確保するとして、それでも十数着程度なら足りないということはないだろう。そう思案する桃簾の目に真っ白なドレスが映る。途端に、術をかけられたように視線を吸い寄せられて、そして離せなくなった。人々は足を止めた桃簾を気に留めず横を通り抜けていく。ガラスに青と黒、鴇色の三色が反射した。
(……わたくしのドレスと似ていますね)
 今もマンションの自室、時折取り出しては家政婦から聞いた手入れだけしてまた仕舞うウェディングドレス。それは自分がノルデンの者に変わろうとしていたあの日に身につけていた物だ。目を閉じれば鮮明に蘇る記憶。例えばそう、窓の向こうから漂う故郷では嗅いだことのない花の香りや真新しい調度品に廊下を通る時に鳴る靴音と、これからは当たり前になるが新鮮に感じていたノルデン領主館の空気さえよく憶えている。職人が丹精を込めて織り上げたのだろうドレスを纏い、歩く度に裾とヴェールが音もなく揺れる。柔らかで肌触りのいい上質なものだ。背筋を伸ばせばティアラの重心は気にならないが、少しだけ重く感じた。桃簾――いや、ロゼリンの目の前で重厚な構えをした両開きの扉が開け放たれる。徐々に開ける視界を見据え、一歩踏み出した瞬間全身が光に包まれてそして気付けば今暮らしている保護者の青年宅に転移していた。投資家なる裕福な職についているらしい彼に一通りの説明を受け、桃簾の名を貰い、そして現在に至る。
 光る前、正面で待っている筈の夫となる人物を見ようとしていた。婚姻を結ぶ前から妻の心積もりを持っておく為に。しかしながら一瞬ぼんやりした像が浮かんだだけで、あの瞬間対面することは出来ずじまいだった。地球には絵や写真といった人を記録に残す文化があるが、カロスには生物の一切を描く文化は存在せず、趣味として風景画や静物画を描く程度だ。芸術というより庶民の手遊びに近い。肖像画という概念すら無いので事前に知る機会も得られず未だ不明なままだ。桃簾が知っているノルデンの人間といえば数年前に使者として屋敷に来たあの青年が真っ先に浮かぶが、迷っていたのを導いたのと空色の花が印象にあるだけで、顔も声も覚えてもいない。濡羽色というのか、周りにいない珍しい髪色をしていたような――気はする。いずれにせよ気に掛かったのは容姿ではなく、顔に現れる人柄、どういった妻を好むかなので関係のない事柄だ。
 転移し、ウェディングドレスを脱いだあの瞬間から、白い服は避けるようにしている。SALFの女性用制服が白と聞いた時には登録の取り消しを即決しかけた。着用義務はなく、基本デザインを元に改造も可と知って胸を撫で下ろしたものだ。白以外なら特にこだわりはないので男性用と同じカラーリングで脚を動かしやすいよう太腿までスリットが入ったスカートにアレンジしている。今、任務帰りに着ているのがそれだ。
 白は故郷でも花嫁を象徴する色であり、より厳格に、普段の衣装に用いる風習もなかった。現在SALF本部ではジューンブライドなる言い伝えにあやかってブライダル系の任務も幾つか出ているが、見かけてもそれが花嫁として参加するものなら受ける気はない。参列者やスタッフとしてなら純粋に興味があるので別だが。
(例えそれがモデルや仮初であったとしても、わたくしは花嫁にはなれません)
 何故ならそれは、
(嫁ぐべき相手に、嫁ぐことが出来ていないのだから――)
 想いは一つだけ溜め息になって零れ落ちる。
 あの光をどう解釈したかにもよるがロゼリン・フォルシウスが失踪したとされていることは疑うべくもない。婚儀が執り行なわれる最中に花嫁が姿を消す、その状況が好意的に受け止められる筈もなく、現在故郷がどうなっているか考えると少し気が重くなる。だからといって地球にいる今の自分にはどうすることも出来ず、やれることをやる以外道はない。ただ、せめて。
(白を纏うのはカロスへと帰り、本物の花嫁として婚儀を行なうその時だけと決めています)
 相手や自身の家族には届かない誓いを一人、黙して立てる。領主家の姫として妻となる身として、己の未来をしっかりと見定めて。
 望郷の念を展望に変えて、桃簾は日常を歩みゆく。密やかで確固たる決意を心の内に携えたまま。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
時期的にギリギリになってしまって申し訳ないです!
邂逅は無しなので、アウィンさんパートと桃簾さんパートを
対比、というほど大層でもないですが、流れを合わせるのが
私的に楽しかったです。懸念事項は全く同じなんですが
自分の存在に対する評価が違ったり認識がズレていたりして。
アウィンさんの転移直後の画が何だかとても想像しやすかったです。
ギャップがあるのが格好いいというか、様になっていて好きですね。
今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年06月26日

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