『氷の女王の末裔と雪姫の戯れ〜次は滑走勝負！ 』

アリア・ジェラーティ（8537）

　一山越えた先の山の麓。
　そこに、温泉があると言う話がひょっこり出た。

　ある夏の日、いつものアイス屋さんを「たまには」とお休みさせて貰って、雪姫の住まう豪雪の雪山に遊びに来た氷の女王の末裔ことアリア・ジェラーティ（8537）。涼しげなキャミソールと言う夏服姿で、大量のアイスをおみやげに持参。但しそれ以上は「遊ぶ」と言っても完全にノープラン。
　が、そんなアリアと雪姫の二人が揃うとなれば――殆ど自然の成り行きで「勝負」が始まる。氷雪の加護を受けし二人の乙女にしてみれば、「それ」即ち「遊び」と同義だったりする。

　と言う訳で。

　まずはアリア持参のおみやげを最大限活用したアイスの大食い兼早食い勝負から始まり、腹ごなし込みで雪だるまどちらが大きく作れるか勝負に続く。そして――作成した天突く二つの巨大雪だるまを記念にと氷漬け保存まで済んだ所で、程好く疲れていい汗をかいたので少し休もうか、と言う話になった。そこで雪姫からひょっこり知らされたのが――冒頭の話。
　つまり、温泉。

　基本的に自分の居る所を極寒の雪景色にしてしまうと言う雪姫の性質上、「それ」があるのはすぐ近くの話では無くやや離れた場所になる。普段は雪姫の力の影響があまり及ばない所。だからこそ熱水が湧き出る温泉が成立すると言う事らしいのだが――つまりそこに行こうと言う話になるのならまた、行くまでに能力を使わねば色々難しそうな所でもあったりする。

　となると、その温泉まで「向かう手段」でもまた、「勝負」をしたくなったりするのだ。

■

　ざ、と耳に快い音が疾る。辺り一面が白い為、遠近感が狂ってもいるかもしれない。どの位進んだのか自分の位置がわからない。ただ、時折視界の隅に入る黒い木々の位置はすぐさま背後に流れ行く。切り付ける様に頬を撫で髪を弄ぶ風は鋭い――と言うか、特に氷結能力を使わずとも、常人ならば「それ」を受けただけで即座に凍り付きそうな所である。
　音を立て、雪を蹴立てて進むのは氷で作られたボード。上に乗り、バランスを取りつつ器用かつ凄まじい速度で滑走しているのはアリアである。キャミソール姿でそんな真似をしているのは少々際どいとも言えるかもしれないが、氷の女王の末裔ともなればその辺無難な様に何とかしていそうな気もする。

　……と言うか、何とかなっている。

　陽の光を受けきらきらと輝く雪飛沫――いや、氷飛沫か――を後塵に、たまたま前方に現れたやや突き出た地形に到達。した所で殆ど反射的に発射台の如く利用して、勢いを付けて空を舞う。軽やかなスカートの裾も靡かせつつ、ボードごと前方へ蹴り上げる様にして――後ろ回り気味に捻りを入れてくるりとターン。ほんの僅かな滞空の後、えい、とばかりに能力を以って中空下方に冷気を噴出、文字通り「エアクッション」の浮力を借りつつ危なげなく着地。着地の衝撃で散らばる「凍った空気中の水分」を更にきらきらと煌かせつつ、再び滑り出す。その時点で勿論スカートの方も問題なく落ち着いている――と言うか活動的に適度に靡いている。……なんでだろう。

　他方、雪姫もまたボード――こちらは雪の結晶を固めて作られたボードである――に乗って滑走していた。おお、やるな、と技を一つ極めてのけたアリアの姿を見、惜しみない称賛を贈る。贈りながらも我も負けてはおらぬぞとばかりに雪姫もまた一気に加速、右へ左へとジグザグに滑走してみせる。その後塵に見えるのはただの飛沫ではなく最早吹雪。寒冷の気候を操る雪姫らしく、局所的に渦を巻く吹雪を伴うその軌跡は――まるで長大な白い竜でも山肌を滑り降りているのかと見紛う姿だった。

　それら二人の姿を見、わー、とばかりに賑やかしつつ拍手をして称賛している雪の妖怪さん達の姿。……観客用――もとい勝負の審査用として用意したちょっと大きめの橇に乗り合わせ、やや遅れて二人の後を追っている。……特等席である。

　今回の滑走勝負。その勝敗基準は、速さだけではない。
　そもそもゴール地点を知っているのが雪姫だけと言う事で、先に着いた方が勝ちと言うのは少々アリアに不利である。結果、先程の雪だるまでは敢えて判断基準に含めなかった芸術面を今度は加味する事にして、問答無用の称賛に足る技をしてのけた方を勝利としよう、と言う話になっていた。
　そこで、雪姫の遊び友達な雪妖さん達にも審査員として来て貰う事になった訳である。それぞれの感性で、どちらの技がより凄いと思ったかを後で投票して貰うのだ。

　おお、すごい、とアリアの方でも雪姫の技を見て感嘆を上げる。本気だね雪姫ちゃん、じゃあ私も……！　とこちらもこちらでやる気にブーストが掛かる。氷飛沫を煌かせながらの滑走中になるその前方、おもむろに氷の道――氷のレーンを能力を以って中空に敷設し、そちらに飛び乗った。
　敷設したのはジェットコースターもかくやと言う様な派手かつ三次元的な曲線状のレーン。難易度高そうなそのレーンでも、アリアは全く臆さない。

■

　と、そうこうしている中、もうじきだぞ！　と雪姫から怒鳴る様に声が掛けられる――つまり、滑走中だったり吹雪伴ってたりでその位声を張らないと聞こえないと言う事でもあるのだが――まぁ、ゴールが近いとなれば、見せ場も残り少ない事になる。
　よし、と心を決めたアリアは、新たな技を極めるべく気合いを入れる。先のレーンに少し下りの傾斜を入れて、そこから大ジャンプを試みる。ボードに足を踏ん張り、体重を前に掛けて――いざ！





　一気に飛び上がった所で――ボードが、割れた。





　恐らくはレーンと擦れて薄くなり、弱っていたのだろう。予期せぬ事態――と、見えそうな所だが。
　実はこれは予想していた。
　だから。
　飛び上がった所で、アリアは代わりの滑走具を即座に作り直している。氷結の冷気を両の足元に集中、程無く氷のアイススケートを両足に装着されている形に構築した。
　そして、着氷する為に先に作り出しておいた、氷のレーンへと再び降り立つ。改めてそこを滑り出し、今度はフィギュアスケート的なターンジャンプをちょっとだけ。流石に技自体に自信は無いから、ここは能力の方で派手に決める。冷気を円運動で放出し、空気中の水分を凍らせ粒にしてターンの形に煌かせる――筈、だったのだが。
　ちょっと気合いが入り過ぎてしまった、らしい。

　……冷気を円運動で放出したその瞬間、周りが一気に凍り付いた。吹雪を纏っていた筈の雪姫も、後方に居た筈の雪妖さん達も。
　そしてそのまま――すーっと滑り続けている。





　……。





「ごめんね」

　その気だった訳では無いので、取り敢えず謝るだけ謝っておく。
　但し、ぺろりと悪戯っぽく舌を出しながら、だが。

■

　程無く、雪姫も雪妖さん達もぱりんと美しく外側が割れる様にして復活する。

　それを待ってから、再びアリアも氷のレーンを滑走再開――したのだが。
　次に技を披露した所で、雪姫が吹雪に乗る形でアリアの側にまで飛び上がって来、雪結晶を煌かせながらも今度は一気にアリアを氷結させていた。
　……仕返し、と言う事らしい。

　結果、アリアの方もポーズを決めたままの氷像となって暫しすーっとレーンの上を滑っていたかと思うと、こちらも程無くぱりんと美しく外側が割れて、復帰。
　取り直して、ラストスパート。





　さて、肝心の勝敗は――。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

　氷の女王の末裔様にはいつも御世話になっております。
　今回も発注有難う御座いました。
　そして今回もまた大変お待たせしております。

　内容ですが、突発の温泉話乗って下さって有難う御座います。
　そして滑走勝負編の反映は――勝負の行方以外はひとまず纏まったかと思います、が、少し駆け足になってしまったかなーと言う気もしております。

　如何だったでしょうか。
　少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

　と言う訳で、ひとまず次はおまけノベルの方をどうぞ。

　深海残月　拝

東京怪談ノベル(シングル)

深海残月

東京怪談

2019年06月26日