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『おもいで 』
鬼塚 小毬ka5959)&鬼塚 陸ka0038

 足を運ぶのにも慣れた1038号室。買い忘れがあるからと足早に飛び出した家主であるキヅカ・リク(ka0038)を見送って、留守番をすることになった金鹿(ka5959)は手持無沙汰になっていた。
「ゆっくりお部屋を眺めたことは、なかったかもしれませんわ」
 なにせリクは、療養すべき時だというのに、すぐに次の仕事に行こうとする男なのである。一時も目が離せない男なのである。休むべき時は監視をつけてしっかり寝かしつけなければ、心配するこっちの身が持たない、そんな男なのである。
(まあ、今日はお互いオフだと、前々から示し合わせておりましたから大丈夫でしょうけれど)
 小さく安堵の息を吐いて、改めて部屋を見回す。
「……あら?」
 視界に小さな違和感を感じて注視すれば、ノートが開かれたまま置いてある。
「リクさんにしては不用心ですわね」
 自分が来る前まで、これを書いていたのだろうか? 仕事の資料だと思うのだが、念のために閉じておいてあげるべきだと考えた金鹿は、立ち上がり机へと近づいていく。

 開いた窓から、急に風が吹き込む。
「きゃっ!?」
 きちんと留められていなかったカーテンが金鹿の視界を遮り、部屋の中を僅かに荒らしていく。
「こういう事態に備えておくべきだと思いますわ」
 窓枠にかけられたタッセル、その本来の役目を全うさせながら呟くあたり几帳面な性格が出ている。
「散らかったものも戻しませんと」
 全て元の場所と断言はできないが、床に落ちてしまったものを拾い集め、机に乗せて……気付いてしまった。
 最初の目的であるノート、そのページの最初に書かれた言葉が、金鹿の視線を捉えて離さない。


 2月14日

 偶然だったんだと思う。
 一人で部屋に居るのは馬鹿らしかったから出掛けたんだし、だからって誰かに声をかけるほどの気も起きなかったし。何より特別な誰かって気分じゃなかった。
 知り合いに会えたらラッキー、くらいの気持ちだったけど、正直最初はカップルばかり目について、イラッとしていたような気もする。
 親友はそうそう簡単に会えるもんじゃないし、友人は大体相手が居るとか忙しくしているとかで。会えたら揶揄うとか、気付かれないならさりげなく観察して後で弄るネタにする程度の気楽さで歩いてた。
 まさかおひとりさま充してる異性の友人なんて会うと思わないだろ?
 揶揄うよね、普通。お互い様って気分になるよね!
 気になってた疑問もあったことだし、いい機会だと思ったからね。
 あれほどしっかりした考えを持ってて、名前を大事にしていて。
 凄いなって思ったから、呼び方を変えた。
 呼ぶたびに背筋が伸びる気がしてたからなあ。最初は何でかわからなかったけど。
 今は、運命だと思う。


 バレンタインデーだ。そう考えた瞬間に手が止まった。
 日記だと言う事はすぐにわかった。幾ら恋人という間柄でも、プライベートを覗くのはいけないと考えた。
 けれど、身体はそれ以上言う事を聞かない。
 名前が書いていなくてもわかる。書かれているのは自分のことだ。あの日、確かに自分はリクと偶然出会い、お茶をしたのだから。
 視線は確実に文字を追っていく。駄目だと思っても、目を閉じられない。顔を背けられない。
「運命……」
 その言葉に辿り着いた時、やっと身体を動かすことが出来た。
 自分で自分の身を抱きしめる。いつもより熱いと感じるのは勘違いなんかじゃないだろう。
(嬉しい、と……そういうことですわよね)
 想ってもらえている、その証明ともなるその言葉に、丁寧に書かれているその筆跡に。愛しさがこみ上げる。


4月某日

 夢見がいいんだか悪いんだか、いつだったかもあまり覚えてない。
 そもそも、その夢の内容は覚えてないんだけど。
 起きたら頭がすっきりしていたから、悪いものじゃなかったんだと思う。
 レム睡眠? だっけ? 普通、逆だと思うんだけど。夢を見たってことだけはわかる。なんだったんだろうね?
 気にしすぎも良くないか。おかげで気付けたことがあったんだから。
 つまり、吹っ切れたわけだよね。


 歓喜、その感情にのぼせた金鹿は、はじめに考えた筈のプライベート云々の思考をすっかりと放り出してしまっていた。
 恋人の書く文字を追うという行為は楽しいものになっていて。今はノートを手に取り本格的に読む体勢だ。
「……何か、悩んでいらっしゃったのでしょうか」
 記憶を探ってみるのだが……よく、わからない。
「でも、今は解決しているみたいですし。気にしてはいけませんわよね」
 安堵の息が零れる。ただ素直に、良かったと、そう思える。


5月1日

 正直色々限界だったよね!
 柔らかいとか温かいとかそっちも気になったっていうか気にしない方が男子としておかしいんだけど!?
 何あの無防備。まあそんなの堪能する暇なんてなかったし体力的にも限界ギリギリだったんだけどさぁ。
 もうね、声が近すぎ。何あれ可愛いよね!?
 全部聞こえなかった……勿体ないことした気がする……
 膝はたいへん心地よかった。最高。
 照れながらも答えてくれる鞠ちゃんの可愛さとか!
 近いし、何だかんだ脈にも気付けちゃうし。こっちもつられるしばれないかなって思ったりしたけど、そんなことより落ち着けたのが大きいよね。
 自然体でいられるって言うのかな。
 鞠って呼んだ時にも、やっぱり少し背筋が伸びた気がしたけど。それ以上に馴染んだ。
 この娘の前で格好つけたいって思った。つまりさあ、気付いたってわけだよ。
 久しぶりだったからすぐに気付けなかったんだけど。多分もっと前からだったんじゃないかな。
 ただちょっとすぐは言えなかった。格好いい男は勢い任せで告白なんてしないからね!
 帰りは下りだったから漕ぐのは楽だったけど、ブレーキとかカーブとか。気にしててやっぱり堪能しきれなかったのが痛かった……
 めっちゃスピード出した時に怖がって抱きついてくれた時は良かったね! 控えめにいっても最高!
 登りの苦労が報われたよね!


「!?!?!?」
 とにかく顔面が熱い!
「……どっ、どういうことですのリクさん!?」
 戻っていない恋人に届かないと分かっていながら叫んでしまうのは仕方ない……筈!
「い、いえ……取り乱しましたわ……」
 わかっているのだ。
 あの時の自分が随分と警戒心を失くしていたのだという事実を突きつけられたのだから、仕方ないのだ。
(確かにあの時、色々と考え込んでしまっておりましたが)
 リクの事を、明確に異性として意識して。すぐ傍で支えられる存在に。戻ってくるための理由に。そう在りたいと、なれたらいいと。そんな答えを見つけた日なのだから。
 思考に耽りすぎていて、自分がどんな行動をとっていたのか。確かにあまり記憶に残っていない。
(膝枕の下りは確かに覚えておりますけれど!)
 何度も意識して深呼吸を繰り返す。もう一度、とある言葉を読み返して。
「……自覚したのが同じ日だったのでしたら、やっぱり、運命なのですわよね」
 どうしても、声に喜色が混じるのを止められない。


5月某日

 よかったぁあー!!!!!
 少しは勝算あると思ってただけに、一度落とされた時は絶望したけどな!
 でもそうじゃなかった!
 両想いだった!
 むしろ焦らしてくるマリも可愛い。
 ちょっと赤くて、照れながら答えてくれるマリは可愛い。いや、星明かりで綺麗だった。
 嬉しすぎて書ききれそうにない。というか手がぶれるなナニコレやばいな!
 でもこれは確実! マリ最高!


「……仕方ないではありませんか。私にだって、伝えたい言葉がありましたわ」
 不安に思っていたのも、そして安堵したのも、お互い様だ。
 告げられて、不意打ちで。予感は確かにあったけれど、考えていた以上に受け止める準備が万全ではなくて。
 同じ想いだったからこそだと思うのだ。
 互いに前だけ向いていたから、正面から向き合うには勇気が足りなくて。でも傍に在りたくて。
 半分を背負う覚悟ばかりで、愛を伝える決意ばかりで。
 今思えば、通い合わせる心構えはきっとできていなかった。
 背中を預けあうばかりで、愛情より信頼が先に走り続けていたから。
「似た者同士なのかもしれませんわね」
 小さく笑みがこぼれる。
 あの日、想いを交わしあって良かった。


6月某日

 女神が降臨した。
 じゃなかった。しっかり覚えておくためにも書かないと。
 そもそも、ポスターの時点で目をキラキラさせてるマリが可愛い。しかも僕の衣装の事考えてくれてるんだよ、それであの表情とか反則じゃない?
 正面から見れない分、横顔をじっくり見るよね。でも耳は勿論マリに集中。当たり前でしょ。
 衣装決めの時間が短く感じた……正直、どれも着せたかった!
 チャイナドレスも見たかったけど、耐えた。ウェディングってイメージと違ったのもあるけど、マリの希望が最優先だからね! 僕は二着で十分だけど、マリは美人だからね!
 でもタイミングがあれば着て見せてほしい……ん? そういえば、いくつか衣装をプレゼントしたことがあったような。
 今なら恋人権限で頼んだら着てみせてくれたりするかも。オフがあう日に言ってみようか。
 脱線した。
 白無垢のストイックな色気は予想以上だった。流石僕のマリ。存在自体が輝いてる。女神の後光とかありえないって思ってたけど、これからは信じてもいい。マリに限るけど!
 普段から赤のイメージがあるけど、上着なんかで白の服は見てるし。驚きはないと思ってたけど、やっぱ全身は違う。何あの純粋で清楚な感じ。僕に見せるためなんだけど、最初手を伸ばしていいのか、少しだけ躊躇った。あれは綺麗すぎるよね?
 でもいつものマリだった。僕を心配してくれる声とか、表情とか。我に返ったらたまらなくなったよね。とにかく閉じ込めたくなるよね!
 もう何でカメラ忘れるかなあ? 会う度マリが可愛いし綺麗になるんだから、もっと記録に残すべきだよね!?
 浮かれてた自覚はあるけどさ?
 うん、マリ、柔らかくていい匂いだった……なんだかんだ言って受け入れてくれるマリほんと最高。
 白いドレスは着物に比べると薄いからもっと凄かった。ドレスの手触りよりマリの肌の方が気になるというか、集中するしかないよね。
 二回目のお姫様抱っこは慣れたフリしてたけど、実は耳のあたり赤くなってて可愛かった。髪あげてるからなおさら。
 見逃さないように気を付けてたけど、首とか肩が気になるし見ちゃうよね、あれは男として仕方ないと思う。
 気付かれてないと思うけど、その隙を利用してくるとか本当マリは反則! でも最高!
 最初の名前呼びが至近距離とか。ゼロ距離砲撃は防御力無視の貫通ダメージなんだけど!
 あーーーーーーーっもう僕のマリ可愛い!
 今後は絶対カメラ持ってく! すぐに撮れるように常にスタンバイしたいくらいなんだけど!?
 ……でもたまに忘れたりするかも、うっかりで!
 記録できない分、抱きしめたりしやすくなるからね。いい理由を見つけたよね!


 結局のところ、すべてに目を通してしまった金鹿である。
「やっぱり読んではいけないものでしたわっ!?」
 文字を追いながら、過去を思い返してみたのだ。
 恋人になる前、ただの友人知人だったころから何かしらの品物を貰ったことはある。その中に衣装やら何やらも含まれていた。
 確かに男性が持っていても仕方ないものではあるし、余らせている品物のついでだと言われれば、有効活用できることになるのだし互いにメリットしかないと思ったし、素直に受け取っていた。
 しかし思い返してみると、結構……いや、かなり……際どいものも、含まれていた、ような?
「えっ……着るんですの?」
 こういう関係ではなかった頃は、何の意味もなかった品。しかし、恋人という立場で考えてみると……恥ずかしさが勝ちすぎる!
「先日のドレス達は、そういうイベントでしたもの」
 他にも似たようなカップルは居たので、何ら恥ずかしい事はなかった。むしろスタッフの存在があると分かっているので、危機感らしきものもなかった。
 肝心の恋人は内心で色々と大変だったようだけれど!
(そんなこと知りたくなかっ……いえ、知れてよかったのでしょうか?)
 しかし、もう遅いのである。

「っ!?」
「人の日記を読むなんて、いーけないんだー?」
「い、いつ、から……?」
「さぁて、いつだろうねー?」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka5959/金鹿/女/19歳/玉符術師/注意不満足】
【ka0038/リク/男/21歳/守護機師/計画通り】

あの日、カメラを忘れてしまった猟師は、罠を仕掛けることにしたのです。
ほんの一筋の逃げ道も用意されていましたが、獲物は盛大に踏み抜いていきました。
おまかせノベル -
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2019年06月26日

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