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『春暁 』
ファリンaa3137)&ヤン・シーズィaa3137hero001)&ダイ・ゾンaa3137hero002

●終わりののちに
 世界が終わるかもしれない。
 白の喪服から決意を込めた根源の玄に着替えて、ファリン(aa3137)は『王』との決戦へと向かった。
 それは、守るための戦いであり、彼女がどこかでずっと待っていた場所でもあった。
 激しい戦いの末に、それは終わった。
 結果、世界は救われた。
 ──そのまま、【終極】とラベリングされたあの戦いから三年の月日が過ぎた。

 世間には日常が戻っていた。
 王こそ倒したものの、愚神や従魔の残存兵についての危険はまだ残っていたし、英雄が消えずリンカーが残ったことにより引続きヴィランも存在する。そして、イントルージョナーのような新たな敵性存在なども確認された。
 H.O.P.E.のエージェントたちはそれらの敵と戦いながら、今まで通りの何でも屋よろしく舞い込む依頼をさばく日々。
 それは、H.O.P.E.のエージェントであるファリンとて同じだ。
 これがこの現世界の『日常』で──ある意味、いつも通りの『平和』と呼べる日々なのかもしれなかった。
「もう三月ですのね。お兄様のスーツを仕立てなくては」
 久しぶりに一人で街に出たファリンは紳士服の並ぶショーウィンドウの前で立ち止まる。
 飾られたスーツを眺めるうちに、硝子に映った自分に気付いた。
 ファリンは未だ喪服を纏っていた。
 その理由を問われた時に彼女は自らの中に言葉を探しながらこう答えた。
「わたくし、心が空っぽになってしまったようで……」
 咄嗟に答えたその言葉をファリンは今も時々思い返す。
「……スーツを勝手に決めてしまうわけにはいきませんものね。帰ったらお兄様に聞いてみなくては」
 足早にそこを離れる彼女の中では、組み込まれた“夜”がまた循環を始めていた。
 ──戦い、得た勝利。
 そこまでにはたくさんの出来事があって、その結果勝ち取った勝利は彼女が望み求めた結果であるはずだった。
 けれども、日常が戻った今、彼女の中で最も色褪せないのは苦労の末にもたらされた喜びなどでは無く。
 ──救えた命より掬えなかった命、そして、奪った命。
 戦いが終わってからの三年もの間、それらが何度も何度も思い浮かび問いかけてファリンを苦しめた。
 ──罪の意識に苛まれながら『役割』を失った喪失を感じる。
 ──今の平和を尊く思うのに、そのための犠牲が忘れられずに喜びを素直に感受できない。
(”戦うことしかできないわたくし”が数多の命を奪って生き延びた……。もしも、わたくしがあの時にもっと正しく動くことができれば、もしかしたら)
 ──もしも、こうできたら、きっと、おそらく。
 それらはもはや答えも正すこともできないものであることは良く解っているのに、ファリンはその思考の循環から抜け出すことが出来ない。
 朝が来て夜が訪れ、また朝を迎えて、それを三年繰り返してもファリンの夜は明けない。
 心から笑って楽しんで、それでも”夜”は常に身の内にある。
 循環して純度を高める毒を抑えるために少しでもそれを飲み込むために、ファリンは喪服に袖を通し続けた。
 その心は冷たい棘を飲み込んだまま、淡々と極夜に慣れてしまって馴染み始めていた。



●旅立ちの日
 春を感じる三月の終わり、好晴の日。
 紫峰翁大學学の卒業式が執り行われた。
 この大学で学んだ一人の学生として、ヤン・シーズィ(aa3137hero001)も卒業証書を受け取った。
「卒業、おめでとう!」
 講堂から出たヤンに待ち構えていたとばかりに声をかけたのはA.S.の仲間たちだ。すでに卒業した先輩もひとつの区切りを迎えた後輩を祝うために訪れていた。周囲を見渡せば他にもそんな顔ぶれがある。
 ……よくつるんでいた学生リンカーたちだけではなく、見知った顔が意外にも多いことに気付いてヤンは内心驚いた。
「大学生活は楽しめたかしら」
「そう、だな。随分良い時間を過ごせたように思う」
「そう! わたしたちはヤンと過ごせてとても楽しかったわ」
 気付けば、友人たちが集まって輪が出来ていた。彼らはいつも通り銘々好きなことを話していたがその顔はどこか感慨深げだ。
 ──俺も……同じような表情を浮かべているのだろうか。
 ふと、思った。
 友人のひとりがニヤリと笑った。
「近いうちに遊びましょ! 面白いモノを作っているの」
 傍からすれば迷惑千万な出来事が予想される彼女の提案にどっと沸く仲間たち。だが、ヤンはその輪の中でただひとり、目を伏せる。それに気付いた者も薄々何かを感じている者もいたが自ら語らない彼にそれを追及することはしなかった。
 その代わりに。
「……ヤン。わたしたちはいつも楽しい馬鹿騒ぎをする仲間で、これからもそうよ」
「ありがとう」
 ヤンは最後に彼らの顔をゆっくりと見まわした。
「またな」
 誰かの言ったそれに軽く手をあげて別れを示すと、ヤンは輪を離れて彼を待つ喪服の少女の元へと歩いて行った。
「お兄様は卒業記念パーティに出ませんの?」
「……ああ。俺は充分楽しんだ」
 ここでは存分に学び、恩師を得て友人を持った。大学だけではない。H.O.P.E.でも、この世界の至る所でも。
 確かに自分はこの世界の住人であったと、ヤンは改めて思う。


 華やかな袴姿や真新しいスーツ──ハレの日を祝う様相の中、見慣れた喪服姿が目に留まった。隣には兄然とした朋輩の姿。
「二人揃って、改まった顔をしてんねえ」
 窓の桟に肘を置いて、スーツ姿のダイ・ゾン(aa3137hero002)は少し笑った。
 ……ファリンへ喪服を勧めたのは彼だ。
「無理やり明るく振る舞うよりは気分に合った服を着る方がマシじゃねえの? あと色っぽいしな」
 それが、喪服を勧めた彼の言葉だ。
 ──服喪とは、自分を慰め気持ちを切り替えるクールタイムだという含みは、果たして彼女に届いただろうか。
 三年経って未だにそれを纏う彼女を、ダイはただありのままに受け入れている。むしろ、彼女のそんなサバイバーズ・ギルトを彼は「とても彼女らしい」とさえ思っていた。
 だが、兄と慕われるあの朋輩にとってはそうはいかないのかもしれない。
「……寂しくなるな」
 呟くと、ダイは窓から離れて居住まいを正した。すぐに廊下の向こうから正装の教授たちが現われる。
 彼らはダイの姿を見て、卒業生の家族だとすぐに察したらしい。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます。課外活動ではヤン・シーズィがお世話になりました」
 実年齢はヤンの方が上とはいえ、ダイはいつも三人の中では最年長として振る舞って来たし、最も社会性がある常識人だと自負している。そんなダイはヤンの代わりに彼が在学中に世話になった恩師たちに挨拶をして回っていた。
(本人はする暇がないだろうからな)
 たとえ後で気付いても、仕方ないと割り切って後悔などはしないと思うが。
 それでも、今日という区切りの日にダイ自身もまたヤンを受け入れてくれた人々に感謝を伝えたく──、また朋輩へのはなむけに何かしてやろうという気分でもあったのだ。



●またいつか
 喧騒から離れた桜並木をヤンとファリンはゆっくりと歩く。
 歩き慣れたこの道を歩くのもこれが最後だろうと、ヤンは古びた石畳に目を落とした
 まだ少し冷たい風が花びらを一枚、隣の彼女の元へ届けた。
 張り付いた桃色は喪服によく映えた。
 ──ファリン。それは、自覚の無い自殺願望だ。
 彼女の明けない服喪にヤンは思う。
 ファリンが『王』へと挑んだ時の彼女の覚悟を知るヤンは、彼女が三年ものあいだ喪服を纏い続けるのはただ落ち込んでいるからではないのだと考えていた。
 そうではない。それだけではない。
 家督争いによってもたらされた苛烈な幼少期を経たファリンは、未だに「自分はいらない娘」だと思っているふしがある。だから、戦争が、”戦うことしかできない”と己を評する彼女の、生きる場所で……死に場所だったのではないか、と。
 もし、そうならば。
 このまま彼女がここで枯れゆくつもりならば、いっそのこと彼女はこの俗世を出てしまってもいいのではないか、と。
「……お兄様?」
 立ち止まった彼を訝しく思ったファリンが振り返る。
 数歩前。陽光の下振り返る彼女は三年前より美しく、出会った時より大人になった。
 そんな”妹”を見て、彼はあの日の空を思い出す。
 二〇一八年九月、入道雲の残るあの日。
 愚神商人との接触を切欠にヤンは失われた記憶を思い出した。
 離すまいと強く抱いたのに現世界(ここ)へと持って来れなかった、抜け落ちてしまったとても大切な記憶。
 静かに、ヤンはファリンへと語り掛けた。
「遠い未来──人の一生が終わり、なお続くその先の未来、それが俺が元居た世界だ。そこで再会を約束した人がいる」
 目の前にいる彼女に似た印象を持つその人を、ヤンは思い浮かべる。
「……『向こう』であれば生を長らえ、あるいは羽化登仙してその時に届くことができる。
 ファリン、君を、彼女に紹介したい」
 唐突な、しかし、それは重大な問いかけだった。
 ヤンはファリンに、彼が誰よりも崇拝する師たる女仙に共に会って欲しいと言う。そして、そのために彼女に遠い『故郷』へ来てほしいと伝えたのだ。
「わたくしは……」
 すぐに彼の意図をすべて察したファリンは言葉を詰まらせた。
 ヤンは静かに頷いて、また歩き出した。
 返答はまだいいということなのだろう。
 やがて、遅れて来たダイと合流した三人は、ファリンを挟む形でベンチに座った。
「その様子じゃ、話は済んだみたいだな」
「ああ」
 英雄たちの短いやり取りで、ファリンはヤンの申し出についてはダイにも伝わっていることを知る。
「緑の多いところだな、ここは。少し休んでから帰るか」
 改めてファリンからヤンの話を聞いたダイはそうか、と頷く。
「……時薬とはよく言ったものですわね」
 話し終えた後にファリンが漏らした小さな呟きをダイは聞き逃さなかった。
「おじ様は」
「行くとしても遅れて行くかな」
 ヤンがファリンを故郷に誘うことを相談を受けた際に、ダイは今と同じ返答をしていた。
「そうですの……」
 しゅんと耳を垂らしながらも、同時にファリンには彼が留まる理由に思い至った。それは、ヤンが自分だけを誘ったことで確信に変わり、そうならば吉報であると心の中で喜んだ。
 色々あったがファリンの実家は、今はファリンの二番目の姉が継いでいる。彼女は不惑を前に先代が落とした業績を最盛期以上に盛り立てた女傑である。ファリンの秘書でもあるダイはその姉と業務上の連絡を取るうちに親しくなり、今では仕事以外でも会う仲になっていた。彼が残るのは、きっとそういうことなのだろう。
「英雄一人残ったとしてもどうにかなるだろう。二番目、空いてる奴は珍しくねえし」
 第二英雄の彼はそう言った。
 一時のつもりとはいえ、ライヴスリンカーとリライヴァーが別れるというのはそういうことだ。
 別離を示唆したダイの言葉にファリンの胸は痛んだが、それでも、諦めていた永い夜に小さな光を見つけてしまった自分から目を逸らせない。
 服喪とは終わりがあるものだということはファリンにも解っていた。
(……わたくしは)
 よく咲いた桜が少しだけ花びらを落とし始めていた。


 翌日──、喪服を脱いで現われたファリンを二人の英雄はそれぞれの微笑みで迎えた。
 色のある服を着た彼女の姿は、昔を思い起こすのと同時にその頃とはまた違うのだと感じさせた。
 ──夜が明けようとしている。
「わたくし、お兄様と一緒に参ります。お兄様の大切な方に会いに行きたいのです」
 顔を上げたファリンの宣言に驚く者はいなかった。
 旅立ちを選んだ彼女の目はこれからの先の未来や、そしてやるべきことに向いている。
 元々、そういうひとであったのだ。ファリンは。
 戦いの最中でも、日常でも。
 そして、それを共に戦って来た二人の英雄たちはよく知っている。
(……クールタイムは終わったな)
 ダイは彼女の三年の服喪が無駄であったとは思わない。
 あれは、ファリンが彼女らしく生きていくために必要なものだった。
 だから、胸を張ってこう言える。
「一路平安、前程万里ってな。──またな」
 送り出すダイの言葉に、彩を取り戻したファリンは笑顔を浮かべた。
「ええ。おじ様、あとのことをよろしくお願い致します」
 それから。
「──また、いつか」
 春陽差し込むその日も、新たな出発と岐路に相応しいよく晴れた日だった。





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物
 ファリン(aa3137)
 ヤン・シーズィ(aa3137hero001)
 ダイ・ゾン(aa3137hero002)

ご依頼ありがとうございました。
ファリンさんたちの選択と新しい旅が素晴らしいものとなりますように。
そして、これまで築いた絆がその旅の糧となりますように……!
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2019年06月26日

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