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『こいのぼりには大空がよく似合う 』
来生・一義3179

 とある年の4月下旬。例年、大型連休を間近に控えるこの時期であるが、この年は少し事情が異なっていた。というのもその大型連休の日数が、過去類をみないほどの長さとなっていたからだ。
 ここでは詳しくは触れないが、そうなったのも諸々の事情が重なった結果であるのだが、ただでさえ大型連休があると仕事やら何やらに影響が出てくるのだ。ならばこの年の影響の大きさとなると、想像に難くないことだろう。
 で、そういう際に一番影響を受けるのは、実際に現場などで作業を行ったりする末端の者である訳で……。

 某所アパート、その一室にて銀縁眼鏡にオールバックのスーツ姿である青年が、やや使い込まれた感じのあるノートパソコンのキーボードを手際よく両手の指先で叩いていた。それは独特のリズムを刻んでいたが、その指先がはたと止まり、すっとキーボードから離れた。
「……終わりませんね」
 ふう、と大きな溜息を吐き、来生・一義(3179)はひとりごちる。ノートパソコンの画面には、何やら入力途中であるらしい表計算ソフトのウィンドウが開かれていた。
 一義は内職の一つであるデータ入力の作業の真っ最中であった。大型連休直前、その作業量は膨れ上がり、かつ納期も早まっている。やってもやっても終わらない、そんな状況に一義はあったのである。
 こう見えて一義は幽霊である。幽霊であれば疲れ知らずなのではと思うかもしれないが、常に身に付ける指輪の力で生前同様の実体を保っている身であるので、その維持のためには睡眠や食事といったものも生前同様に必要とするのだ。ゆえに、幽霊であっても疲弊がない訳ではないと言えよう。
「空気でも入れ換えますか」
 停滞感のある室内の空気を入れ換えるべく、一義は窓に向かうと躊躇なく一気に開いた。と、外から室内に向けて風が吹き込んでくる。しばらくこのままにしておけば、いい具合に室内の空気も入れ換わることだろう。
「おや?」
 窓の外、少し先の方にビルが見えるいつもの光景。しかしながら、そのビルの向こう側にとある物がはためいていることに一義は気付いた。それは優雅に風に泳ぐこいのぼり。都会にあっては見る機会が特に少なくなっているとはいえ、この時期の風物詩となる物であろう。
「端午の節句ですか……。季節というものは、常に流れゆくものですね」
 一義はそうつぶやくと、再びノートパソコンの前に戻って、中断していたデータ入力の作業を再開させた。それから数分ほど、また独特のリズムを刻むようにキーボードを叩いていたが、その指先が突然またぴたっと止まった。
「……うん?」
 妙な違和感を覚えた一義は、窓の外に顔を向けた。少し先の方にいつものビルが見える。そしてそのビルの直線上、奥の方ではこいのぼりが風に泳いでいる。
「ビルより向こう側……?」
 眉をひそめて立ち上がり、窓に駆け寄る一義。窓の外に見える風景、手前側にはビル、そして直前上の奥側にはこいのぼり。そう、手前側にはビルがあるのだ。ならば、どうして奥側にあるこいのぼりが見えるというのか。手前のビルに遮られて、見えるはずなどないというのに!
「何か邪悪な……いや、そういう感じはしないか……。けれども、あれは普通ではない……?」
 見えるこいのぼりからは、別段悪意などそういったものは感じられない。しかし、普通のこいのぼりであるとも考えにくい。しばし思案した一義は、テーブルの上に書き置きを残すと、急ぎ部屋から出ていった――。

 その日の深夜遅く、こいのぼりがあるであろう場所に、一義はようやく辿り着いていた。人知を超えた極度の方向音痴である一義、案の定ここに辿り着くのにもとても時間を費やすこととなってしまった。まあ何にせよ、目的地に到着出来たのだから問題ない……ということにしておこう。
 そこはかなり小さな空き地であった。似たような広さの空き地が周辺に点在していたので、このあたりの土地の権利関係による空白地帯であるのかもしれない。どうにも権利が整理出来ず、活用も出来ずに空き地となっているのだろう。
 さて、一義がこの場に近付くまでは見えていたこいのぼりだが、不思議なことに今は全く見えなくなっている。目の前の空き地には草が生い茂っているが、それ以外には何も見当たらない。
「……下?」
 一義は空き地を、いやその地面をじっと見つめた。地上に何もないのなら、地中であればどうだろうか?
 何とも都合のいいことに、空き地の中には手頃なサイズの板切れが転がっていた。まるでここを掘れとでも言っているように。他に取る手も今は思い付かなかったので、一義はその板切れで空き地を掘ってみることにした。
 幸い、土を掘る作業は長く続ける必要はなかった。30センチほど掘った所で、何か金属的な物にぶつかる感触があったからだ。その感触を手がかりに注意深く掘り起こしていくと、地中からかなり古いブリキ缶が出てきた。
 ブリキ缶を引っ張り出して蓋を開くと、中には油紙や古い新聞紙で包まれた何かがあった。新聞紙の日付を見ると昭和、それも戦中のものであった。その新聞紙や油紙の包みを解くと、出てきたのはこいのぼり。一義に見えたのと同一と思しきこいのぼりであった。

 後日、一義は伝手を頼って、件のこいのぼりを拾得物として警察に届けてもらった。持ち主が見付からず拾得物の権利を得たならば、どこか大空の下で悠々と泳がせることが出来そうな家に譲り渡そうと、そういう算段も同時に始めていた。
 一義の見解として、件のこいのぼりはただまた使ってもらいたかったのだろう、と結論付けた。その強い思いが、見える者には見える形となってあのように発現したのであろう。ならば、一義としての最適解は決まっている。
 こいのぼりには大空がよく似合う。翌年の同じ頃には、どこかの地の大空の下で、優雅に気持ちよく風に泳いでいることだろう――。


【おしまい】


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ライターの高原恵です。発注どうもありがとうございました!
 おまかせノベルでしたので、時節の物を絡めたお話としてみました。
 今回のお話はいかがだったでしょうか。ではでは。
おまかせノベル -
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東京怪談
2019年06月27日

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