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『踊るfanatic(1) 』
水嶋・琴美8036

 日が暮れ、世界は徐々に夜へと包まれていく。水嶋・琴美(8036)も今しがた、仕事を終えたばかりだ。
 しかし、彼女が歩くのは帰路ではなかった。琴美の足は真っ直ぐに、彼女を呼び出した司令の待つ場所……拠点へと向かっている。表向きの仕事は終わったが、彼女の本業は今からが本番なのだ。
 この世界に蔓延る悪や魑魅魍魎に立ち向かう特殊部隊、特務統合機動課。自衛隊に非公式に設立されたその部隊は、暗殺や情報収集等の特殊な任務を担っている。
 琴美は若いながらも、その部隊のエースだった。驚異的な戦闘能力を誇る彼女は、今まで一度足りとも任務を失敗した事がない。
 そんな彼女が呼ばれたという事は、この街に大きな危険が訪れているという事に等しかった。今から琴美が受ける任務も、簡単なものではないだろう。
 しかし、彼女の足が怯む事は決してない。街を守れる事を誇りに思っている琴美の足取りはどこまでも自信に満ちており、迷う事なく前へと進んで行くのだった

 ◆

「了解致しました。私は、その組織をせん滅すれば宜しいのですね」
 司令室で任務の内容を聞いた琴美は、迷う事なく頷いて見せた。
「悪魔の召喚を企む組織ですか。儀式が決行される前に、何とかしないといけません」
 真剣な様子で呟きながら、琴美はその爪先まで美しく手入れされている指で手の中にある端末に触れる。司令から送られてきたデータを、彼女の視線がなぞった。
 ホログラムとして浮かび上がった立体的な地図には、敵の所在を表すマークが三つほど記されていた。それを見た瞬間、すぐに琴美は今回の事件が何故自分に回ってきたのかを察する。
 三つもマークがあるのは、敵の本拠地が絞れなかったわけではない。……この全てが、恐らくは敵の本拠地なのだ。
「今回私が相手にする組織は、一つではないという事ですか」
 司令は、琴美の言葉にゆっくりと頷く。一度に三つの組織を相手にしなければならない。それはすなわち、琴美にかかる負担もその分大きいという事だ。しかし、琴美は動揺する事なく落ち着いた様子で資料の続きへと視線を移した。
 奇しくも同じ日に、複数の場所で儀式が行われようとしている。この三つの組織は一つの組織が分かれているわけではなく、思想も崇めている悪魔も普段行っている研究も違った全く別の組織だ。
 彼等にとっては、自分の崇めている悪魔とは別の悪魔を崇めている他の組織など憎むべき敵のようなものであり、協力しているという可能性は考えられない。示し合わせて同じ日に儀式を行おうとしているわけではないだろう。
「かといって、偶然という言葉で済ましていいものとは思えませんね」
 何らかの思惑が、今回の儀式の裏には存在するように琴美には思えてならなかった。何者かがこの組織達の裏で糸を引いているような、そんな予感がするのだ。
「何であれ、私のやるべき事は変わりませんけれどね」
 悪魔召喚の儀式を行う者をせん滅するのが、今回の琴美の依頼だ。裏に何かがいるというのなら、その何者かも彼女のターゲットに含まれる。
「今回の依頼も、私が必ず成功に導きます。待っていてください、司令」
 頼もしい呟きを残し、琴美はその身を闇夜へと踊らせるのだった。

 ◆

 戦場に向かう前に、琴美が必ず訪れる場所がある。拠点にある、彼女のための私室だ。
 その部屋にあるワードローブから琴美が手に取ったのは、一着の衣服だった。慣れた様子で、彼女はその服へと着替え始める。
 彼女の柔らかな肌に直接触れる事を許された黒色のインナーが、琴美の身体をなぞるように包み込んだ。下に履かれる同色のスパッツも、インナーと同様に彼女の美しいボディラインを崩す事はなく身体へとフィットする。
 上に羽織るのは、くの一らしい和風な装いだ。半袖程の長さに袖が短くされている着物を纏った琴美は、帯を腰へと巻く。
 きめ細かな肌を傷つけないためにも、手にはグローブを。丈夫な素材で作られているそれは、敵から攻撃を受けたとしても彼女の美しい肌を守ってくれるに違いなかった。最も、琴美が敵からの攻撃を受けて傷を負った事など今まで一度もないのだが。
「完璧ですね」
 スカートを履き、今一度琴美は自身の姿を確認し満足げに頷く。琴美の動きに合わせて、帯と共にまるで彼女の真っ直ぐな性格を現しているかのように規則正しく折り目のつけられたミニのプリーツスカートも揺れた。そこから覗くすらりと伸びた脚に、膝まである編上げのロングブーツを履けば戦闘に向かう全ての準備は完了する。
 もちろん、今身にまとった服はただの服ではない。くの一である琴美が、任務の時にだけ着る衣装。鮮やかに戦場を舞う彼女の動きに耐えきれる程に丈夫な、特殊な素材で出来た戦闘服であった。

 外に出る前に、一度琴美は窓の外を見やる。いつも以上に眩しく輝く月が、そこからは覗いていた。
 今宵は満月だ。月には、人を狂わせる力があるという話も聞く。今夜は、悪魔を召喚するのに打って付けの夜なのかもしれない。
「綺麗な月……けれど、過ぎた美しさは人を時に狂気に走らせますものね」
 だからこそ、この月を悪魔の醜い影で覆ってしまうのは許せない事だと琴美は思う。罪は、勝手に陶酔し狂う方にある。この美しい月には、何の罪もないのだ。
「さて、今宵を良い月夜にするためにも、参りましょうか」
 琴美は駆け出し、夜の中へとその身を忍ばせる。走り出した彼女の姿を、ただ月だけが見下ろしているのだった。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年06月28日

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