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『近くて遠い、遠くて近い 』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790)&日暮 さくらla2809

 何ともいえない沈黙が横たわる。いや、テレビからは敷地面積的に近所迷惑を考慮しなくていいのもあって大きめの音量で、初見なら誰しもが息を呑むような展開が繰り広げられているところだが。それを観る日暮 さくら(la2809)と不知火 楓(la2790)の殊の外熱心な視線に動揺せざるを得ない。むしろ俺が蚊帳の外じゃねーかと胸中でツッコミを入れるのは最早何度目になるだろう。居間に並ぶ三枚の座布団、その中央に腰を下ろす不知火 仙火(la2785)は胡座を掻いた太腿の上に肘を乗せて頬杖をつき思う。せめて間に挟むのはやめてほしかったと。既に見て内容を知っているのでどうも集中しきれず、現実逃避に現在に至るまでの流れを回想し始めた。
 とはいっても、波乱万丈七転八倒の物語があった――というわけでは勿論ない。これはただの映画視聴である。ただ切っ掛けとなったのが思いがけない場所でのさくらとの鉢合わせで、その際に彼女が興味を示したライセンサーが主役のノンフィクション映画がつい先日に動画配信された。模擬戦後の休憩中にふと思い出し彼女に教える。少し日が空いているので忘れているかもしれない、雑事にうつつを抜かしてなどと小言を返される想定もしつつ。しかしながらそんな仙火の予想に反して、さくらの反応は色好いものだった。SALF絡みでもそれ以外でも戦闘や鍛錬を抜きに彼女と関わることがここ最近は増えてきているのだが、如何せん仙火の脳内ではヘタレだの腑抜け男だのと言いつつ厳しいが道理からは外れていない指導をしてくる姿や敵を見据え、毅然として刀と銃を使い分けて戦う――そんなイメージが強い。距離感を測りかねているものの嫌ではなく、両親や楓とも交流があるからと不知火家で見ることにした。提案した時に若干表情が曇った気がしたが気のせいだろう。そして任務の合間を縫って時間を作り、さくらが家にやってきた。後は若いみんなでねと見た目も中身も若作りなくせに稀に年寄りじみたことを言う母が話もそこそこに謎の気配りで父と一緒に出掛けていき、三人で残される。後は仙火がセッティングをし、件の映画を観始めていよいよ終わりといったところだ。
「――それで仙火はどうですか?」
 不意に話しかけられて我に返る。自宅とはいえ、下手に動いて気を散らせるのも悪いと思い、位置取りもあって少し窮屈な感もあったが、その手の感想を求められた訳ではなさそうだ。じっと真面目に、本人にその意図はないかもしれないが、適当にやり過ごすのは許されない空気がある。いつの間にかスタッフロールが流れていた。
「悪い、聞いてなかった。何の話をしてたんだ?」
「どの登場人物が好きかだよ、仙火」
 さくらの代わりに答えたのは楓だ。ちなみにさくらは誰々だって、とフォローまで入れてくれる。さすが幼馴染だと感心しながら仙火は少し考えた。今日あまり見ていなかった場面も含めざっと回想し、
「俺はやっぱり主人公の師匠だな! 右も左も分からなかった主人公を導いて、立派に成長させた。立ち振る舞いも格好良いし一番画になってたろ?」
 まあノンフィクションと称しつつ多少の脚色はありそうだが、比類なき強さはまさに圧巻の一言に尽きる。脇役だからこそ引き立つ魅力というのか、彼が控えている安心感は凄まじい。なるほどねと楓が楽しげな顔をするのに微妙に違和感を覚えつつも、仙火は彼女に水を向ける。
「お前は誰が良かったんだよ?」
「僕は……そうだね」
 一度言葉を切って楓が挙げたのは主人公の幼馴染で、陰になり日向になり支えるもう一人の主人公とも評される人物だった。思わずまじまじと彼女を見返してしまうが当の本人はこちらの気持ちを理解しているのか否か、気にする素振りもない。
「……楓、お前って案外」
 ナルシストなんだなと続いた筈が、肩を掴まれる感触に止まった。振り返れば鑑賞中何食わぬ顔で正座を貫いていたさくらが膝立ちになり、怒っているような悲しんでいるような複雑な感情を滲ませてこちらを見ていた。壮大なエンディング曲が流れる中で、ぎりっと奥歯を噛む音が聞こえた気がする。彼女は主人公――先程は好きな登場人物だと言ったらしい――の名を口にし、
「――の方が師匠より強くなります。ただ時間が足りなかっただけで必ず追い越せていました。二人はそれだけの力を持っていたのです」
「……二人?」
 それは幼馴染と二人でということだろうか。首を捻るとさくらは瞠目して小さく首を振った。何でもありませんと呟く声も微かで、再び座布団に腰を下ろす。軽い体重でも客用の柔らかい座布団が音もなく沈むのが見えた。
「みんなで協力して強敵を倒すっていうのもいいけど、仲間内で実力を高め合うシーンも面白かったね。切磋琢磨しているのを見ると楽しいっていうか……そういう意味では僕も主人公の方が好きかな?」
「……なんでこっちを見んだよ」
 楓は基本微笑を絶やさないが、内心どう思っているかはその笑い方で判別出来る。だから分かる、彼女に面白がられていると。単純にさくらの味方をしたからなのか、他に何か意味があるかまでは不明だが。胡乱げな視線を向けると楓は仙火越しにさくらを見る。
「――君にとっての彼が僕と同じだと嬉しいけど……なんてね」
「……それは……」
「おい、俺を置いてけぼりにすんじゃねえぞ」
 さくらは真面目が過ぎるし楓はやたらとはぐらかそうとするしで、二人を足して割ったら丁度いいんじゃないかなどとどうでもいいことを考えたくなる。仙火も本気で怒っているのではなくて、敢えて流しやすい状況を作って空気を変えられればと漠然と考えているのが半分、呆れているのがもう半分だが。楓がごめんごめんと本気とは思えない言い方で言って、
「ちなみに君は誤解しているみたいだから言っておくけど、僕も自分と重ねて好きだって言ったわけじゃないよ? ……強いて言うなら父さんに少し似ている気はしたけど」
「……あ、そういうことか」
 言われれば素直に納得出来る。仙火は楓の父親としての叔父――血縁関係的な意味でなく親同士が兄妹分なのが由来だが――の印象が強いのであまり感じたことがないが、幼少時には姫の再来と噂された程の女性的な容姿だったらしい。だから幼馴染が女性でも連想したのか、と考えたところで境遇にも幾らか類似点が見られることに気付いた。敢えて詮索することでもないしとそう詳しくないが。
(――ん? 僕“も”?)
 不意に楓の物言いが引っ掛かった。さくらも誰かと主人公を重ねてあんなに真剣で、そしてどこか痛々しい顔つきになったのだろうか。別々にこちらの世界に来たという幼馴染か、元の世界に残っている誰かか。本人が黙して語らないことなら、仙火にはそれを知る術はない。いやそれよりも。
 ――何故自分は師匠が一番好きだと思ったのか。一度浮かんだ疑問は引っ掛かって、答えは拒絶する間もなく胸にすとんと落ちてきた。そもそもこれが映画を見る大きな動機となっている。しかしノンフィクションとはいえ似た登場人物に対しあんな感想を口にしたと思うと、素直にその事実を認められないもので。もやもやとした感情はクレジット画面も消え、静かになった居間に響く自分の腹の音に掻き消された。女じゃあるまいし、それに羞恥心を覚えたわけではなかったが、仙火はすっと立ち上がり腕捲りをする。そして怪訝な顔のさくらを見下ろして言った。
「せっかくだし飯も食ってけよ。……食えねーもんとかはあるか?」
 虚を突かれたようでさくらが薄く唇を開いたまま固まる。彼女が珍しく言い淀みながら答えるまで幾らかの時間を要した。

 ◆◇◆

「ごめん、余計なことを言ったかな」
 居間を出てすぐにある台所から包丁で具を切る規則正しい音が微かに聞こえる。菓子作りと違って料理にはまだ慣れておらず、不格好だったり味付けを間違ったりと片方を立てればもう片方が立たない有様のさくらとしては身勝手ながらも憎らしいというか、相手が仙火であるが故の理不尽な感情を抱かずにいられない。そのせいでつい険しい表情をしてしまっていたのか、多少のぎこちなさはあっても決して不快ではない沈黙を破って楓がそんなことを言ってくる。彼女はテレビを消し、座布団に座り直して何とは無しに台所の方を見ていた。それが今はこちらを向き、どこか婉然とした――二歳という小さくて大きい年齢の隔たりを意識させる。さくらは首を振った。
「私が迂闊だっただけで楓は何も悪くありません。ですからあまり、気にしないで下さい」
 この世界への理解と思い入れを深めるつもりが、逆に元の世界に対する感傷を呼び起こされてしまった。こちらに来た当初は同郷の人間がおらず密かに心細い思いをしていたし、妹や弟のように思っている幼馴染や両親の友人と思しき人たちと再会してからは、それまでと違う意味で孤独を感じるようになった。
 ライバルと定めていた仙火があまりに情けない男だったこと、彼の父親は逆に高く構えていたハードルを今は使えない翼で飛び越えるような強さであること。彼の母親はさくらの母と瓜二つなのに、接していると別人になったのだと痛感させられる。幼少の頃より掲げてきた目標が手の届く場所にあるのに、自身の内的な問題、相手の能力――これは父子で真逆の意味だが――に左右されて上手く噛み合わない。――何よりも彼らと馴れ合うことを良しとしようとする自分が嫌で。いつか近い内に足元を掬われるような漠然とした不安がよぎる。主人公のモデルとなった人物は師匠に打ち勝てたのだろうか。
「さくらは放っておいてほしいのかもしれないけど……僕はもっと、君を知りたいって思うな」
「楓が私を?」
「そう。ほら出会って結構経つけど大体いつも仙火と一緒だし。他のことも話してみたいかな」
「……それは何故ですか?」
「君のこと、面白い子だって思ってるからね」
 話さないのは勿体無いよね? と、彼女に異性としての魅力を感じている人間には刺さりそうな口説き文句が飛んでくる。その認識が合っているかはまた別問題だが。本気かどうか声音でも表情でも判らないが、冗談と決めつけて突っぱねることも出来ない。
 さくらにとって楓は飄々として捉えどころのない――そしてとても綺麗な人だ。彼女との初対面はきりたんぽ鍋を囲んだ日だった。仙火との巡り合わせから然程時間が経っていない頃の話。あの時も楓がおどけた言い回しで親友と名乗ったのを聞き、気心の知れた相手が側にいることを表情には出さず、羨ましく思った。同時に二人が酒を呑んでいることにじりじり焦げるような感覚も抱いた。今まで大人たちが飲酒する様子を見ていても特に何も思わなかったのに。
(どうしてなのかは判りません。ですが楓の声は、言葉は、残酷なほどに綺麗で)
 ――何故か少し泣きたくなる。
 今はまだ友人と呼べるほど親しくない。それでも伸ばされた手を掴みたい、そんな風に思うのだ。
「……私も――」
 躊躇に躊躇を重ねて、包丁の音もしなくなった頃になってさくらは口を開いた。思わせぶりな楓の顔が紅葉よりはずっと淡く、確かに色付いたのを見た。

 ◆◇◆

「……なに変な顔してるんだ?」
 絶品と名高いオムライスを並べる仙火と不意に目が合い、そして奇妙なものを見る目つきを向けられる。飲み物は楓が用意しテーブルはさくらが拭いてくれた。それ自体は特段気味悪がる事柄ではないが、自然な形での人心掌握を得意とする彼のこと、微妙な空気の変化を察しているに違いなかった。
「別に何もないよ。そうだよね、さくら?」
「ええ。貴方の気のせいではないですか?」
「……まあいいけどな」
 なんか仲良さそうだしな、と顔に書いてあった。なので楓も流し、また仙火を挟んで三人横並びに座る。今までなら楓と仙火が並び、さくらと対面するのが自然な形だった。しかし今はこれが一番しっくりとくるように思う。仙火に近くて遠い幼馴染の自分と、遠くて近い何かしらの深い縁を持つさくら。彼女と顔を合わせたのも仙火の紹介が最初で、今もまだ彼ありきではあるが。一歩彼女にも近付けた気がしてそれがなんだか嬉しかった。
 勿論任務に当たる以上は関わる人間を守り抜くために全力を尽くすし、縁を結んだライセンサーの仲間も多い。しかし楓の第一は家族――こちらの世界では仙火と彼の両親しかいないが――であり、二択を強いられても死力を尽くして全てを守り通す以外選択肢はないが、感情だけで物を言うなら間違いなく家族の方が大切だ。と、ケチャップで楓の葉の絵が描かれたオムライスを少々勿体無く思いながら崩して思う。
 遠い未来いつか必ず、今はぼろぼろに傷付いているこの幼馴染を置いていくことになる。仙火は天使と人のハーフであり、楓は母も由緒ある血筋の陰陽師だが人間だ。不知火の血が濃ければあるいはとも思うが、十中八九、彼の方が長命だろう。その現実を楓よりも仙火自身が一番に気にしている。
 ――情は時に誰かを殺すかもしれない。人間は一人では決して生きられないが、他人を大事に想えば想うほど失った時の痛み苦しみも深くなる。身の回りの人たちが健在で何とか上手くやっている今でさえ、覚悟した筈の負傷に肝が冷える思いがするというのに、死を目の当たりにしたとき心が耐えられるかどうか。しかし出会いは良くも悪くも自分を変えるものだ。だから別れを恐れず多くの人と関わってほしい。彼のために自らを犠牲になどしないから、生きている限りは隣を歩き続けるから。一緒に今を楽しんで、未来へと向かおう。そして今この時のようにさくらも仙火の隣にいてくれたらいいなんて、身勝手なことを願っている。己も生かすのが真の士道、ならば彼女の気持ちもありきではあるけれども。
「もし、料理で解らないことがあったら俺に言えよ?」
「嫌です。貴方を負かすのは私ですから」
「お前なあ」
 数々の女性を惚れさせたその優しさも、さくら相手では逆効果である。それにしても随分頑なで、そして可愛らしいことだと思う。仙火の周りにはあまりいないタイプだ。頭に乗せた手を払いのけられ、呆れた声を零しながらも仙火は顔を綻ばせて、好物だが零さないよう控えめな量を口に運んだ。楓も様子を眺めるのをやめて一口食べてみる。元々美味しかったのが更に進化しているような気がした。同じ日は二度となく同じ行為でも少しずつ何かが変わっていく。薙刀や刀を振るうのも同様に。
「僕は得意って程でもないけど、さくらが良かったら教えようか」
「……! 本当ですか」
 丁度飲み込んだところだった彼女が即座に反応する。うんと楓が頷いて気軽に応じると、やけに楽しそうな仙火の奥でさくらが眉尻を下げ微笑むのが見えた。
 世界が回って何か変わるなら、より良い方向を目指して進む。前進した喜びが人知れず楓を満たした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
頂いた情報を活かした話をとも思ったんですが、
前におまかせで書いた話の後日談的なものを考えてみたかったのと
仙火くんを真ん中に挟んでの楓さんとさくらちゃんの関係について
想像してみると楽しかったので、その辺りを踏まえた内容になりました。
仙火くんと楓さん、仙火くんとさくらちゃんの関係が変わっていったら、
女子二人の相手への感情もどう変化していくのかなと気になります。
前半で楓さんが言っているのは自分は主人公を仙火くんに重ねてる的な
そういうニュアンスのアレです(分かり辛くてすみません……!)。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年06月28日

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