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『天香桂花 』
華倫la0118

●月に住まう兎
 遙かなる宇宙、明けない夜に浮かぶ月。
 月の地表、星影の下に仙人たちが住む世界があった。
 中国に似た様式の文化を持つ月面コロニー。その一角に女仙たちが詰める男子禁制の薬学研究所がある。
 華倫(la0118)は、そこで日々を過ごす女仙のひとりだ。
 彼女は仙人であった兄に導かれ人から羽化登仙した娘だ。すでに人であった頃の記憶は遠く夢のようで、「夢月娘娘」と号した仙女、華倫としてここで生きている。月で過ごす華倫は素直で感情豊かで──かつて人で在った頃よりも、どこか幼い。登仙したためか兎の性質が強まり、彼女を覚えているひとはその影響かと考えたこともあったが、時が過ぎ、変わらずここで日々溌剌と過ごす彼女を見るに、むしろ、今の華倫こそが彼女の本質なのかもしれなかった。
 だが、そんな華倫の穏やかな暮らしは正体不明の侵略者からの襲撃によって幕を閉じた。

 象牙紅を基調色に使った薬箪笥の並ぶ部屋に、この研究所の主要な役目を担う女仙たちが集まった。
「侵略者たちの狙いは桃かもしれません」
 ひとりが発した言葉に、他の者たちも顔つきを厳しいものにした。
 此処には仙桃とも言える不思議な桃があった。数千年に一度実を結ぶこの桃は不老長寿、あるいは不老不死の効能を持ち、月の女仙たちが世話をして守る秘宝である。彼女たちはこの実を護り、不老不死の妙薬を作る役目があった。
「護らなくては……」
 ざわざわと広がる呟き。
 その場にいた華倫もきゅっと唇を引き結ぶ。桃を狙う外敵と戦うのは彼女の役目であった。
 侃々諤々の議論の末、女仙たちが選んだのは侵略者への隠密奇襲作戦であった。
 作戦の要には起動型と防御型の術を会得してる華倫が抜擢された。



●凶夢の艦
 敵の艦は月の影に停まっていた。
 岩場の濃い影の?Kに紛れるように停めたそれらを発見したのはつい先日だ。女仙たちは見つけてからずっと、距離を取り身を隠しながらそれを見張っていた。
 準備を終えて駆け付けた華倫へ、この日見張っていた女仙たちが慌てた様子で訴えた。
「いいところに。様子がおかしいの」
「奴ら、続々と集まっているのよ」
「集まって……?」
 華倫も身を隠しながら近づき、観察する。
 敵艦を守る歩哨は以前のままだが、確かにその周囲で待機していたはずの兵たちの姿が見えない。
「痺れを切らして総攻撃でも仕掛けるつもりかしら」
 いらついたような彼女が言うには、コロニーのあちこちに散って暴れていた遊撃兵たちもすべて撤退したと連絡があったのだという。
「それは、いけませんわね」
 嫌な想像が頭を過って華倫は眉を顰めた。
 現在、侵略者と月側は双方辛い戦いを繰り広げている。華倫たちは激しく抵抗を続けているが先の予測は明るいものではない。だからこそ、研究所の会議で奇襲の案が通ったのだ。
(膠着した状態を打破するための、一手。それも考えられなくはありませんわね)
 この妙に静まり返った状況が、いつどのように変わるかわからない。
 不安げな面持ちの他の女仙たちと敵艦を見比べて、華倫は決心した。
「ここで待っていても何もわかりません。わたくしが潜入してみますわ」
「華倫──!」
「対策を立てるにしても、相手の動きがわからなければ立てようがありません。
 大丈夫ですわ。これがわたくしの仕事ですもの」
「気をつけて──」
 仲間に微笑みを残して、彼女は緩く波打つ白い髪を靡かせた。
 気配を消して岩場を降り、見張りの目を掻い潜る。
(……はぁっ。ここまでは見つからないですみましたわね。次は)
 華倫は懐に手を忍ばせる。
 彼女は二種類のトークンを操る。
 ──ひとつは起動型の紙の兎、もうひとつは、防御型の土の蛙のトークンだ。
(今ならいけますわね。まずは情報収集を──!)
 歩哨の目を掻い潜って敵艦への潜入を果たすと、華倫はさらにその奥へと進む。
「!」
 身を隠す場所もない広い廊下で何か声が聞こえた気がした。いつでも戦えるよう身構えながらなおも気配のする方へ進むと、廊下の壁の一部が大きくくり抜かれているのが見えた。
 人に似た声が、そこから聞こえる。
「今はもうこの世界に、これ以上の旨味は感じられない」
 敵の言葉を自分が理解できることに驚きつつ、華倫はそっと中を覗く。
 そこはブリッジのようであった。
 思ったより近くに人影が見えて、彼女はすぐさま頭をひっこめた。
(覗くのは、無理そうですわね)
 代わりに、壁に張り付いて更に警戒に警戒を重ねて耳をそばだてた。
「ここの知的生命体は上質で魅力的ではあるが、絶対数の少なさと抵抗の激しさを鑑みるとあまりにもロスが大きい。私としては一刻も早く『あちら』へ移りたいと考える」
 小さく、非常に聞き取り辛かったが、それは確かにこう言った。
「次は、より実りの多い、ブルーオーシャンへ」
(──!?)
 華倫の耳がこちらへと近づく、別の複数の足音を拾った。
(……この数。ひとりで対応するのはさすがに厳しいですわね)
 踵を返すと、彼女はここへ来るまでに目星をつけていた、荷物が積まれた船室へ忍び込んでやり過ごすことにした。
 部屋に踏み込んだ瞬間、くらりと眩暈がした。
(今のは──? いえ、それより。敵は撤退を選んだとみていいのでしょうか)
 外の廊下の様子を探りながら華倫はさっきの情報を整理する。
 耳にした情報に他に気になる部分もあったが、とにかく敵が月から去るのなら、自分たちにとってはこの上なく良い報せだ。本来ならもっと確実な物証でも持ち帰りたいところだが、緊迫した艦内の様子からして一旦退くべきと判断した。
 だが、その判断は少しだけ遅かったのだ。
 部屋を出ようとした華倫だったが、激しい振動に身を伏せる。
「あぁ……っ」
 断続的な振動と激しい音は尚も続く。
 轟音に、“悲鳴”のようなもの。
 そこで初めて、この艦の外で戦闘が行われているのだと気付き、華倫は驚いた。
(どういうことでしょうか……?)
 歩哨との衝突があったのか、それとも、華倫が潜入したことを知らない仲間が先走って攻撃を仕掛けたのか?
(どちらにせよ、わたくしが今外に出ては足手まといになるだけですわ)
 息を顰めて、時を待つ。
 戦闘音はどんどん激しくなり、そして、唐突にぴたりと止んだ──。
 苦戦を強いられていたはずなのに、こんなに急に終わるはずはない。
 不安を胸に華倫は今度こそ部屋を出た。
 艦内は静まり返っていた。
(月は、研究所は……仙桃は──)
 華倫は艦から飛び出て──外に広がる見慣れぬ景色に言葉を失った。
 頭上には抜けるような青空、見慣れぬ景色。
 先程まで周囲を囲んでいた岩場は消えていた。
「──ここ、は……っ!?」
 突然、息が苦しくなった。
 喉を押さえて両膝をつく。
「く、──はぁっ」
 毒だ。
 混乱した頭で、それだけ、理解した。
 視界が暗く翳り柔い身体は硬い地面に投げ出された。
 遠ざかる意識の中で近付く足音に反応して肩がぴくりと動く。
(──……なんですの……ライセンサー……? サルフ……?)
 聞きなれない単語を捕らえたが、相手を確認することなくすぐに意識はブラックアウトした。

 華倫が侵略生命体ナイトメアの艦で共に二〇五八年の地球へ転移してしまったこと、この世界の大気が彼女にとって毒であることを知るのは、彼女が保護されたSALFで目を覚ましたあとのことである。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物
 華倫(la0118)

ご依頼ありがとうございました。
前世での縁によりお預かりさせて頂きました。
新たな世界でも華倫様が楽しく過ごされますように。
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グロリアスドライヴ
2019年07月01日

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