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『レイニー・ブルー・ブライダル 』
ミアka7035

 ――6月。
 初夏の陽気と雨期の湿気が織り交ざるこの季節は、天気の浮き沈みに気分が左右されやすくもある。
 雨が降ればよほどの用事がなければ外へ出たがらないのが人間というもので。
 いつもより人気の少ない大通りを、ミア(ka7035)は広げた傘を抱えて歩いていた。
 いつもなら人でごった返す時間でも、のんびり通りの真ん中を歩けてしまう。
 もちろんお天気は好きだけれど、こういうトクベツがあるのなら雨も悪くないなとミアは思った。
 くるくると傘が回り踊る。

 街の仕立て屋はどこも大忙しだ。
 それもここ最近賑わいを見せているブライダルフェアによるものである。
「綺麗だニャぁ……幸せそうニャス」
 窓から見える店内では、試着したドレスのデザインを確認する男女の姿があった。
 彼女たちのはにかんだ笑顔を見ていたら、何故か心の奥がチクリと痛んだ。

 そんな中、ひときわ大きな看板が目に付く。

――ブライダル体験会受付中。

 そう書かれた展示場の中は、沢山のカップルでにぎわっている。
 それぞれにカタログを見ていたり、打ち合わせをしていたり、式場を模したブースのようなものも目に入った。
 壁際には様々な種類のドレスやタキシードが並び、試着もできるようだった。
「へぇ。こういうのもあるニャスね」
 物珍しくて眺めていると、入口で受付をしていたお姉さんがニコニコと笑顔で歩み寄る。
 良ければいかがですか――突然声を掛けられてびっくりしたミアは尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げてしまった。
「うーん……楽しそうニャスけど、予定もないし……」
 こういうのは結婚を考えている人たちが来るものであって、少なくとも恋人もいない人が来る場所ではないはずだ。
 どうしようか、断ろうか。
 気持ちが決まりかけた時、聞きなれた声が響いてミアの耳がそばだった。
「おや、ミアさんではありませんか」
「エヴァルドちゃん?」
 スタッフの1人と歩いてきたエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)は、ミアを見るなりにこやかな笑みを浮かべる。
 彼は仕事の話を終えて、ミアの方へと歩み寄って来た。
 傘を握る手にきゅっと力が籠る。
「お仕事ニャスか?」
「ええ。商工会の共同事業でしてね」
 ブライダルと一口で言っても、衣装やヘアメイク、会場に料理、さらにはお土産と準備するモノもそれに関わるお店も多岐にわたる。
 そこで、はじめから合同で行って商店街でお客を囲んでしまえば――という案で始まったのだという。
「ミアさんも見学ですか?」
 ここでそうだと言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
 けど確認する自分の方が怖くなって、悪戯心はひっそりと飲み込む。
「通りがかっただけニャスけど……もしお時間あればミアに付き合ってもらってもいいニャス? その、ド、ドレス……着るだけ着てみたくて。アドバイスとか、してもらいたいニャス!」
 ミアは一息で言って、大きく息を吐いた。
 エヴァルドは頷いて手を差し出す。
「ええ、構いませんよ。どうぞ傘をお預かりしましょう」
 一瞬手を引かれるのだと思って伸ばしかけた手を、ミアは慌ててひっこめた。

 衣装ブースで見るドレスの数々は、外から眺めるよりも一段と輝いて見えるような気がした。
「一番はやはりプリンセスラインですね。次いでミニも若い世代を中心に人気です。生地が少ない分、費用も抑えられるのも理由のひとつでしょうね」
 マネキンに着せられたドレスを見て回りながら、エヴァルドはいくつかのドレスをピックする。
 かわいらしいデザインのが多いのは、かわいいと思ってくれているからなのだろうか。
 ためしに、頭の中で着ている姿をイメージする。
 なんだかお姫様みたい――思わずうっとりとして、頬が熱くなった。
 でもこれってウェディングドレスだから、新郎さんが並ばないと……。
 タキシード姿の男性が、妄想の自分の隣に並ぶ。
 体型はこれくらいかな……身長はこれくらいで、髪は――
「ミアさん?」
「ニャっ!?」
 ふと我に返ったとき、イメージした通りの人物が目の前にいて、ミアは思わず息をのんで見つめてしまった。
「お気に召したデザインはありますか?」
「え、えーっと……こ、これが良いニャって」
「ほう、マーメイドですか」
 エヴァルドはちょっと驚いた様子でドレスとミアとを見比べる。
「では試着してみましょうか」
 エヴァルドがスタッフを呼ぶと、ミアは彼女と一緒にドレッサー室へと入って行く。
 
 営業の一環なのだろう、生地や装飾の説明を受けながら1時間しないほどの時間が経過して、エヴァルドがドレッサー室へと呼び入れられる。
 彼が中へ入ると、正面の鏡越しにミアと視線が合った。
 マーメイドタイプのドレスに身を包んだミアは、強調された身体のラインをちょっと恥ずかしそうに手でひた隠しにしようとする。
 アップにまとめた髪を飾るのは、純白だけでは色が寂しいと彼が選んだ造花のバレッタ。
 大輪の花々が、ブーケのように髪に咲く。
「似合う……ニャス?」
 指先に前髪をくるくるとまきつけて、ミアは伏し目がちに尋ねた。
「そうですね……私はミアさんに謝らなければいけないかもしれません」
 ミアの後ろに立って、一緒に鏡の中から彼女の姿を見る。
 そう口にした彼は、自分を戒めるように小さく唸った。
「かわいらしいものが似合うだろうと――そう決めつけてしまっておりました。もうとっくに大人の女性、なのですよね」
 真剣に見つめる彼の姿に、ミアは胸元で重ねた手をキュッと握りしめる。
「これなら、恥ずかしくないかニャぁ……」
「何に恥ずかしがる必要がありますか」
「えっ……うん、ありがとニャス」
 彼の言葉はきっとミアの意図していたものとは違う。
 だけど、たとえ表面上の言葉であったとしても、それが嬉しかった。
 
 ミアは着替えて展示場へと戻る。
 あまりお仕事の邪魔をしてはいけないと、エヴァルドとも一度お別れをした。
 まだ会場にいるかな――辺りを見渡して彼の笑顔を見つける。
 だけどその瞬間にざわざわとした気持ちを感じて、ミアは駆け出していた。
 スタッフたちだろうか。
 何人かの女性に囲まれて談笑する彼の腕を強引に取って、会場を離れる。
 彼は驚いていたが、それに構っている余裕は今の彼女にはなかった。
 
 外に出て、ようやく勇み足は止んだ。
 立ち尽くす2人の頭上に、しとしとと冷たい雨が降り注ぐ。
「傘……お預かりしたままですよ」
 腕にしがみついたまま離れないミアに、エヴァルドは優しく語り掛ける。
 ミアは無言で首を横に振ると、そっと、名残惜しそうに手を離した。
 怒らないんだ――そう思った時、思わず目頭が熱くなった。
「エヴァルドちゃんにとってのミアは、ただのミア……ニャス?」
 彼の顔を仰ぎ、溢れ出した言葉をそのまま口にする。
 エヴァルドは表情から笑みを消して、小さく息を飲んだ。
「……私の知る船乗りのジンクスに『はなむけの日に愛を囁くな』というものがあります。船の女神が嫉妬して、航海がうまくいかないのだそうです。世界はこれから大きな航海へ出かけようとしています。だから――」
 語り掛けるように彼は言う。
「すべてが終わったら、私と食事をしてくださいませんか。答えはどうか、その時に」
 ミアはやや不安そうに、だがはっきりと頷き返す。
 エヴァルドは雨に濡れた顔で改めて笑みを浮かべた。
 それはいつも見せてくれる彼の笑顔だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度は発注まことにありがとうございます、のどかです。
ブライダルフェアでのひと時ということでいただきました企画ですが、6月ですのでそこに雨の要素をちょっと加えてみました。

しとしとと降る雨。
嫌いな方のほうが圧倒的に多いとは思うのですが、昔、1人だけ雨が好きな知り合いがいました。
なんでも、雨は人の距離を近くする――のだそうです。
なるほどなと理解したのは、それから数年後の事でしたが。。。

FNBの世界も決戦目前です。
全てが終わった暁に、2人の物語が紡がれていきますことを願っております。


OMCライター のどか
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2019年07月01日

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