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『六月の白百合 』
鬼塚 小毬ka5959)&鬼塚 陸ka0038

 その日、リゼリオには久しぶりの晴れ間がのぞいていた。
 何日かぶりの陽気に家々の軒先には洗濯物が並び、街中がカラフルな生地で埋め尽くされる。
「うーん、やっぱりお日様は気持ちがいいですわ」
 心地の良い日差しを受けて、金鹿(ka5959)はうんと背伸びをした。
 肩を並べるキヅカ・リク(ka0038)はさりげなく頷きながらも、あっ、と声を上げる。
「でも僕は雨も嫌いじゃないよ」
「そうなんですの?」
「総菜が早い時間から安くなるからね」
 金鹿はじっとりとした目で彼を仰ぎ見た。
「またそういう食生活を……」
「ええっ!? ちゃんと栄養バランスは考えてるつもりだよ……?」
 リクは眉をひそめながら「あそこの野菜コロッケ美味しいんだけどな……」とこぼしている。
 金鹿は可笑しそうに笑うと、数歩前に飛び出して振り返った。
「それで、今日の予定は?」
「うーん……天気が良いし、買い物でも良いんだけれど。マリはなにかしたいことある?」
「あなたのしたいことがしたいですわ」
「うーわ、一番困るやつ」
 リクは苦笑して空を仰ぐ。
 2人が付き合い始めたのはまだ最近のことだ。
 それまでもちろん知らない中ではなかったわけだが、こうして一緒に過ごしてみるとまだまだ知らない一面があるもので。
 それを知っていくのは楽しいし幸せなことでもあるけれど、同時にいわゆる「気心の知れた関係」というのにはまだほど遠いんだろうなと気おくれもしてしまう。「そんなに悩むことですの?」
「あんまりいじめないでよ。こういうの慣れてないんだ……」
 気を抜くとゲーセンなんて言ってしまいそうなものだが、この世界になくって本当に良かったと安堵した。
「仕方ないですわね。とりあえずしばらくお散歩しましょう」
 金鹿の提案に賛成して、2人はそのまま街を歩きはじめる。
 これだけでも十分なんだけれど――と言うのはあまりに“らしい”ので、どちらからとも口にはできなかった。
「どこもかしこもブライダルフェアですわね」
「あー、時期だもんね。なんか、結局は需要が落ち込む時期をなんとかしたい業界のキャンペーンだって聞いたけど」
 街角のショーウィンドウにはきらびやかなウェディングドレスが展示されていた。
 
「そうなんですの? って――」
 金鹿はそこではっとしてリクを見る。
 あまりの勢いだったものだから、リクはぎょっとして一歩後退ってしまった。
「そ……そんな、婚期を急ぐようなはしたない女ではありませんので……」
「え? あ、あー……あはは、ごめん全然そんなこと考えてなかった」
 彼氏の家にさりげなーく買い物袋を忘れていって、さりげなーくそこに婚礼雑誌が入っているような――そんなスイーツな女ではないと。
 その鬼気迫る様子に思わず本音のフォローを返したリク。
 しかし、一方の金鹿はふいとそっぽを向いてしまった。
「そういうところは、デリカシーが足りないですわね」
「え? え?」
 訳も分からず狼狽える彼に、金鹿は笑顔で振り返る。
「ケーキで手を打ちますわ」
「えー。何か知らないけど、僕の負けなの?」
「守護者様、形無しですわね」
「まじかぁ」
 クスクスと笑みを湛える金鹿。
 そういう鼻につかないところは彼の良いところだと彼女は知っている。
 
 ちょうど小腹も空いてきたところで、喫茶店に入りケーキセットを注文する。
 今日のメニューはアプリコットのタルト。
 コンポートにされたアプリコットは甘さの中にスッキリとした酸味があって、じめじめしたこの季節のちょっとした清涼剤代わりだ。
「マリの地元の結婚式はどんなだったの?」
「あまり出席したことはないですけど……新郎は紋付、新婦は白無垢。両家庭一同に会してお膳をつつく――そんな感じですわ」
「東方だとやっぱりそうか。確かに白無垢はしっくりくるなぁ」
 目の前の金鹿を見つめながら、リクは頭の中でぼんやりと彼女に白無垢を着せる。
 お化粧も施してあげれば、そこに居るのは立派な和風美人だ。
「リアルブルーの東方世界は西洋化が進んでいるのでしたっけ」
「そうだね。全く和風がないってわけじゃないけど、ほとんどは教会でウェディングドレスって感じだと思う」
 脳内彼女に今度はウェディングを着せる。
 うん、こっちもこっちで似合っている。
「うーん、マリは何着ても綺麗だから迷っちゃうね」
「ブッ……デリカシー無いかと思ったら今度はづけづけと参りますのね」
「僕、また何か言った?」
 金鹿はハンカチで口元を拭いながら、「なんにも」と首を振った。
「ほんと、私だからお相手できるようなものですわよ」
「そうかなぁ。素直な方だと思うんだけど」
「素直すぎると言ってるんですわ」
 その飾らなさに惹かれる女性も、勘違いしてしまう女性も、きっと少なくはないだろう。
 そういうところは彼女としてちょっと心配ではある。
 もちろん自分がそちら側ではないという自尊心を持ったうえで、だ。
「あのさ、もし……もしもだよ」
 不意にリクが声を掛ける。
 しどろもどろとしたその姿に、金鹿は何も言わずに彼の言葉を待った。
「その……将来の旦那がさ、僕みたいのだったら……どう思う?」
 それは期待していた――かけて欲しかった言葉ではなくって、金鹿がきゅっと唇を噛む。
「嫌ですわ……貴方でないと」
 リクにはそう口にした彼女の姿が割れかけのガラス玉のように思えて、思わず頭を下げる。
「ごめん。そういうつもりじゃなくって……」
「じゃあ、どういうつもりですの?」
「それは……」
 答えは喉を通らない。
 それもそのはずだ。
 きっと、リクが抱える不安に明確な答えなんてものはない。
 家族という関係への不安。
 自分という存在への不満。
 きっと根っこのとことではまだ、ゲーセンの筐体の中にしか居場所がなかったころの自分となんら変わっていない。
 それが思考に否応なくストッパーをかけて決意を鈍らせる。
「そのままでいいんですわ」
 代わりに金鹿が答えを出す。
「少なくとも、私が好きになったのは今のあなたなのですから」
「……ありがとう」
「やっとお礼を言ってくださいましたわね」
 クスリと笑って金鹿はタルトをつつく。
 リクも同じようにつつきながら胸の内で自分を叱咤した。
 何言わせてんだ――それがさらなる自己嫌悪に繋がることだとしても、叫ばずにはいられなかった。
 それと同じくらい彼女の言葉が嬉しかったから。
「迷うくらいなら、実際に見て選んでくれません?」
「え、実際に?」
「ええ。あ、ほら、試着とかできるみたいですの」
 金鹿が鞄から取り出したパンフレットには、「試着・相談受付中」と書かれていた。
 通りの洋裁店のものだろうか。
「へぇ、そんなサービスあるんだね。というか、いつの間に貰ってきてたの?」
「へ?」
 尋ねられ、彼女はキョトンとしてリクの顔と、パンフレットとを見比べる。
 それから慌てて冊子を鞄へ押し込んで、紅茶のカップを手に取った。
 冷め始めていた紅茶は、ほどよい苦みが協調される。
「さ、さっき……通りで貰いましたの」
「そうなんだ。うーん、じゃあせっかくだしこれから行ってみようか」
「そうですわね。特に予定もないことですし……」
 胸をなでおろしながらお茶を飲み干す。
 冊子にたっぷり付箋が張られていたことにはどうやら気づかれなかったようだった。
 
 いつしか陽も暮れはじめ、空にはうっすらと雲がかかりはじめていた。
 今夜からまた雨かな――そんなことを思いながら、2人は来た時と同じように並んで歩く。
「それで、結局どちらが良いんですの?」
 半ば呆れた様子で尋ねる金鹿。
 大量に増えたパンフレットを抱えるリクは、渋い顔で唸った。
「ますます分からなくなったよ……」
「もう、優柔不断ですわね」
「マスティマの演算装置と一緒だ! 似合うという結果が先に成立しているからこそ、その過程はもはや重要じゃないのでは……!?」
「しょうもないことを全世界の叡智の結晶と比較しないでくださいます?」
 ヤキが回りつつあったリクの脳内だったが、そこでふと金鹿の腕を取る。
 突然のことに、彼女はびっくりして彼を振り返った。
「どうかしましたの?」
 金鹿はどきりとしながらリクの顔を見つめる。
「しょうもないことじゃないよ」
 真面目な顔で答えたたった一言。
 だけどその一言に込められた想いが胸の内から溢れてきて、金鹿は大きく息を飲む。
「ほんと……そういうところですわ」
 頬の熱は夕日のせいにして、彼女はうつむき加減に表情を隠す。
「喫茶店での話……僕だって同じだ。僕も、お前じゃなきゃ嫌だよ」
「……なんだ、ちゃんと言えるじゃありませんの」
 消え入るような声で返して、リクの服の裾を握りしめた。
 バクバクと高鳴る鼓動が耳の後ろから聞こえてくる。
 それを彼の鼓動でかき消すように、金鹿はリクの胸板にこつんと額をぶつけた。
 リクはそんな彼女をそっと抱きしめて、頭を撫でてやる。
 すると、金鹿が恥ずかしさをごまかすように唇を尖らせた。
「迷って決められないなら、両方着たらいいんじゃありませんの……?」
「はは、なるほど。その考えはなかった」
 お色直しというものがあるし、あっちとこっち、両方の世界で別々に式をあげたっていい。
 異世界婚であることを考えればその方が良いのかなと考えると、リクの表情に自然な笑顔が浮かんだ。
「友達に紹介したいし、連れて行きたいところだって沢山ある。だから――僕は戦って、絶対に帰って来るから」
「……それも不正解」
 笑って、金鹿がダメ出しをする。
「置いていくような言い方をしないでくださる? 2人で行って、2人で帰って来るんですわ」
「あっ……うん、そうだね。一緒に帰ってこよう」
 頷いてどちらともなく身体を話す。
 金鹿がリクの腕に抱きついて、煉瓦通りに2人の影を伸ばした。
 重なる影は記憶に優しく刻まれる。
 
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
爆発汁――で済ませるのはあまりに忍びないので、まずはおめでとうございます。
そして発注まことにありがとうございます。のどかです。
キヅカさんはどこの誰とくっつくんだろうな〜と見ておりましたが、なるほどと納得いたしました。
そしてやっぱり、MS・クリエイターの見えない所でもキャラクターの物語は紡がれているんだなと改めて実感した次第です。。。

お互いに守るべき相手、支えるべき相手ができ、これから先の世界の見え方、目指す未来も大きく変わっていくのではないでしょうか。
お2人の未来が紡がれていくこと、そしてお2人で歩み続けることを切に願っております。

OMCクリエイター のどか
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2019年07月01日

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