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『親愛を幾匙掬えど 』
桃簾la0911

 適量掬ったそれを口に運べば、舌に桃と練乳の味を感じた後に氷の感触が残る。そして噛み砕く間もなく溶けた。アイスの美味しさは唯一無二で、世界を救うといっても過言ではない。しかし表情が蕩けたのも束の間、桃簾(la0911)の唇から溜め息が零れた。一口食べるだけで腕から肩にかけて柳眉が寄るような痛みが走るのだ。それが単純に不便で、至福のひと時を邪魔されることが腹立たしい。口をへの字にしつつも溶けるのを惜しんで黙々と食べ進めていく。自室は程良く冷房が効いていて気持ちがいい。自らの顔が綻びかけた事実に気付くと桃簾は首を振って、膨れっ面になりぽつり呟く。本名の頃にはしなかった子供じみた響きで。
「暇で仕方がありません……」
 言って、空のカップアイスにスプーンを置き、クッションを抱えるとソファーに横たわる。飼い主の心境を感じているのか、垂れ下がった桃簾の手を子猫が舐めた。ざらつく舌で二匹が労ってくれる感触は擽ったくて、意固地になっていた心が解けていく。腕を引いて交互に顎を撫でたら、ぴんと伸びた尻尾が揺れ動いた。運動量が極端に少ないのに妙に眠い。目が覚めたら治っているようにと夢うつつに願って瞼を下ろした。

 ニュージーランドのインソムニア攻略に際し、コアの破壊を目的とした突入が行なわれた。桃簾も小隊【一番槍】の一員として作戦に参加し、仲間の路を切り拓いた結果重体と診断される怪我を負った。ライセンサーになってそれなりに経ったが初めての出来事だった。とはいえ生死の境を彷徨わずに済み、依頼受諾の制限等もない。さすがに戦闘では足を引っ張ること必至なので、やるにしても危険がない場合に限られるが。そしてIMDによる技術革新はナイトメア対策に留まらず速やかな回復を促す。
 なので、桃簾としては病院で説明を受けた時、他人事のように冷静な感想が零れた程実感がなかった。隊長からは感謝の意と同時に気に病んだ様子も窺えたが、自らの役目を無事こなして目的を遂げたのだ、文句などありようがない。保護者の青年も血相を変えてやってきたものの、経緯を説明するにつれて緊張が和らいでいき、そして、溜め息をつくと笑って言った。バトル漫画のライバルみたいなことしたなと。
 激戦の後ということでゆっくり療養するのも悪くない。最初はそう思っていた。しかしながら一日二日と過ぎて、自らの体調が改善していくのが分かると桃簾はあることに気付く。それは、暇を持て余している現状だ。
 思えば箱入り娘だった為か、風邪などの軽い病気に罹ったことはあるが何日も寝込むような重病や流行病、大怪我には縁がなかった。この世界での経験は何事であっても己の糧になる――だが退屈だけは絶対願い下げである。そこを脱するには自らの行動が肝要だ。思い立つ日が吉日と先達も格言を残している。幸いにも痛みは随分と和らぎ、思うように動かない身体がもどかしいものの出掛けることに支障はない。朝食を済ませて、早速身支度を整えると意気揚々と部屋から出る。疚しさなど微塵も感じていないので、当然正面からだ。今まで必要性を感じなかった手摺りの有難みを知りつつ、廊下を進んで共用であるキッチンの脇を通る。珍しく青年がいて目が合った。まるで幽霊でも見るような顔をされたので怪訝に思いつつも桃簾は言う。
「気分転換に散歩にでも行ってきます」
 と、ふらふら覚束ない調子で。そして通り過ぎようとしたところで悲しいまでの体力の無さにもたつきつつ青年が駆け寄ってきた。目を丸くする桃簾に返ってきたのは了承の言葉ではなく、馬鹿じゃないか、の一言だった。人差し指を立て、彼にしては稀なことに叱りつけるような語調で言い募られる。やれ自分が今どんな状態か分かっているかだの、頼むから心配させないでくれだのと長々。最初の頃に、頭を撫でようとしてきて払いのけたことがある。それを憶えているようで肩に手を乗せて、真面目な顔を作り言ったのは現在流行中のアニメの主人公を嗜めるヒロインの台詞だった。思わず半眼になる桃簾の身体の向きを反転させて、引き返すよう促される。彼が思うほど重傷ではない、そう訴えようかとも思ったが、大人しく引き下がることにした。何故ならこの後シフトが入っていたからである。帰りに寄り道をすればいいと踏んだのだ。しかしそれは浅慮だったと約二時間後に思い知ることになる。

 桃簾は電化製品と相性が悪い。それが確定するまで何度青年の悲鳴を聞いたか。しかし触れたら壊れる事実が判明すると、彼は対策として音声認識による操作と青年や家政婦が代わりになるという最新技術と人力の両極端な方法を採用した。部屋までついてきた青年がテレビの電源を入れ、半日分はあるだろうプログラムを組んで、念押しをし出ていった。彼の趣味であるアニメをゴリ押しはせず映画やリアルタイムで放映中のテレビ番組も組み込まれている。それを眺めつつ出掛ける時刻を待っていたら電話が鳴った。家庭用電話機の操作なら何も問題なく、手が離せない時以外は友人知人は皆この番号にかけてくるのだ。近頃は見舞いばかりなので今回もそうと思って出た。が、相手はこの後すぐに顔を合わせる予定の友人兼バイトリーダーだった。明るい挨拶に桃簾も同様に返す。
「少ししたら出ようと思っていたのですが」
 言葉を続ける隙も許さず、ダメだと言われる。更に治るまでシフトは外しておいたからと希望を打ち砕く宣告まで付け加えられた。不満があれば桃簾は臆さず物申せる――がバイトリーダーとして利用客や同僚に迷惑をかけるのはよくない、友人として気が気じゃないから大人しく寝ててと言われれば青年の言葉も思い出して我儘を押し通すことなど出来なくなる。しかしそこは綺麗に客を捌く猛者、物で釣るという手法も心得ていた。タイミングを見計らっていたらしく、桃簾の部屋にもあるインターフォンが鳴って、治ったらまた宜しくという言葉の後に通話が切れる。見舞いの品と称し届けられたのは桃のかき氷風アイスだった。そして今に戻る。

 図書館で借りてきていた本を読んだり、あまり大ぶりな動作は出来ないものの猫じゃらしを手に子猫たちと遊んだり。ソファーの背凭れを倒してごろごろしてとかつてない程桃簾はダラけた。どれも楽しいのだが、それが数日続くと如何せん飽きる。持て余した暇を誰かに送りつけたいくらいだ。
 ぼうっと眺める白い天井に照明が灯る。ようやく今日が終わろうとしていた。今まで私室に不満はなかったが暇を潰すには娯楽が足りないようだと気付く。日がな一日引き篭もる青年にある種の尊敬の念を抱いた。
 同じ体勢は辛いので寝返りを打とうとして、僅かに痛みが走る。幾つもの戦いに挑んできたが、ここまで長引いた怪我は初めてだ。最初は戦えるか懸念があったものの、意外と向いていたらしい。ただ上手く事を運べていた為実感が湧かないだけで、戦いはいつも命懸けだ。危険なのだと突きつけられる。まだ漠然とだが。
(だからといって、後悔はしていません)
 SALFに所属することも戦闘で取る行動も決めたのは自分だから。もし失敗に繋がったとしても毅然と受け止めてみせる。そう決意を抱きつつ桃簾はまた溜め息をつく。そして唇を尖らせ一人呟いた。
「……でも、退屈です」
 だから次は重体に陥らないよう一層精進しよう。桃簾は密かにそう決意するのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あまり深刻になり過ぎないというのは出来たと思うんですが、
ほのぼのというよりもコメディに片足を突っ込んでいる感が……すみません。
泣く以外の感情表現は豊かだと把握しているものの、自分の中で
桃簾さんが子供っぽく頬を膨らませるイメージが全く無くて、
目から鱗というか、認識が甘かったなぁとしみじみ思います。
あまり情報を見れていない迂闊さが出てしまってますね。
ですが、こういう一面もあるんだと知る感覚はとても楽しかったりもします。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年07月01日

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