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『この身は鋼 』
ジャック=チハヤla3438

 バキ、という音がした。

 それは呆気ないほどの破砕音。破損の音。
 なれど痛みは一つもなかった。なぜか?

 ジャック=チハヤ(la3438)はヴァルキュリアである。
 彼はロボット、鋼の体。肉はなく、骨はなく、血液もまた、ない。
 だから左腕ひとつ『ちぎれた』ところで、みっともなく泣いたり喚いたりしないのだ。
 不自由さはあるが、ただ淡々と「破壊された」信号が送られる、それだけ。

「腕部、損傷」

 淡々とチハヤは状況を呟く。
 眼前にはナイトメアが複数。
 虫のような見た目をしたソイツは、食い千切ったチハヤの左腕を、メキメキとスクラップにしながら飲み込んだ。
 チハヤの千切れた腕の断面からは火花が散っている。
 痛みはない。ただ、重量のあるラウンドスラッシャーを少し持ちにくそうに右手で構えている。

「……、」

 チハヤは迫りくるナイトメア共を見上げた。
 死だ。アレらは死の具現だ。破壊の具現だ。
 おそるべき、おぞましき、残酷なる侵略者。

『――力を示せ』

 最中に電子の脳に閃くのは、言葉だ。
 チハヤはこの声を知っている。
 チハヤの『オリジナル』であり、『博士』の言葉。

「力を示せ」

 命令を繰り返す。
 ステータスコード四〇四型は、天使にして悪魔である。
 模倣された幻想生物。機械の天使、機械の悪魔。
 ジャック=チハヤは強くなければならない。
 ジャック=チハヤは力を示さねばならない。
 より美しく。より完璧に。
 オリジナルのように。
 ジャック=チハヤは模倣品なのだから。

「……チハヤは『千剣破』。どんな敵をも打ち破って、帰還するゆえの、名前」

 チハヤは想像の力を得物に込めた。ラウンドスラッシャーが唸り回る。
 小さな少年型ロボットを頭から食い殺そうとしていたナイトメアへと飛び込んだ。その虫のような体を真正面から一刀両断、飛び散る体液は機械の瞳にはスローモーションに見えた。

「キャハハハハ! あたいにゃ右腕も左足も右足もまだまだ残ってるよッ!」

 狂気的に笑う。着地を待ち構えていたナイトメアの首を撥ね、チハヤはツインテールと鬼灯の耳飾りを揺らしながら周囲を凶器で薙ぎ払った。
 一見して異様だ。少年にしか見えない華奢な人型は、腕が千切れているのに血も出ず痛がりもせず、それどころか嬉々として得物を振り回して哄笑している。

『力を示せ』

 絶対命令は繰り返される。
 それはAIに刻まれた本能だ。
 心臓だ。脳味噌だ。脊髄だ。

「実行する! 実行する! 実行する!!」

 それは動作に対し機械が粛々と返答を繰り返すように。
 オリジナルのように情愛などはない。
 ただただ、命令を実行し敵を殺す機械のよう――否、事実機械なのだ。それにオリジナルを真似て「そんなこと」を言ったって、どうせ嘘っぽく聞こえてしまう。愛玩用に命令を聴くだけの存在だったんだもの。
 
 ナイトメアの攻撃が掠める。頬の人工皮膚が一文字に裂ける。血潮の代わりに火花が散る。
 立て続けに攻撃が襲った。薙ぎ払うような一撃に、チハヤの小さな体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「……ぁあ、アア、嗚呼――!」

 だがチハヤは人外の動作で起き上がる。口角を吊ったその顔に、右目に、今度は知覚攻撃の矢が刺さる。バキンとまた、壊れる音がして、チハヤの頭がガクンと仰け反った。

「――問題ないさ!!」

 弓を掴み、引き抜き、握りつぶす。顔を元の位置に戻しながら。
 電子の脳は損傷具合を即座に教えてくれる。カメラアイが片方やられただけで。まだもう片方が残っている。武器も握れる。立ち上がれる。ならば戦える。力を示すことができる。

「戦える! まだ戦える! ジャック=チハヤは『力を示す』ッ!!」

 迫るナイトメアを横薙ぎに切り飛ばし、チハヤは戦いを続けるのだ。

「トドメを刺せるとでも思ったァ!? 残念でしたー! チハヤちゃんはメカボディなんだよねぇッ!!」

 いくらでも替えが効く。いくらでも作り直せる。腕も足も臓器も目も。
 だから人間ならば顔をしかめるような無茶な動作だってできてしまう。
 しかしそれは自己犠牲や自尊心の低さなどではない。
 ジャック=チハヤにそんな陳腐な感情や動機など似合わない。
 あくまでも好戦的に、どこまでも自由自在に、そして狂気的に。
 それこそが求められているオーダーなのだ。ジャック=チハヤはそれを知っている。理解している。
 ゆえに、忌避も拒否もない。
 嬉々として、狂々とするのみなのだ。

「おらァッ!!」

 ラウンドスラッシャーを叩き下ろす。相手は堅い外殻を持つナイトメアだった。
 がん、と堅いものと得物がぶつかる。丸鋸が回り、猛烈な高音と火花が散る。
 進む両断の中、抵抗のようにナイトメアがしなる鋭い尾のような器官でチハヤの胴を貫いた。

「それぐらいで――あたいが死ぬかよッ!」

 ぐっと得物に力を込めた。
 刹那の、両断。
 貫いたそれを引き抜き、崩れる敵を蹴り飛ばす。

「ふぃー」

 チハヤはようやっと得物を下ろし、息を吐いた。呼吸は必要ないから、「息を吐く」行為の真似事だけど。

「終わった終わった。お仕事かんりょー」

 周囲を見渡した。死屍累々屍山血河。もう動いているナイトメアはいない。周囲はガランドウで、胡乱な気配もない。

「んー、それにしても随分やられちゃったニャー」

 チハヤは改めて自分のボディを確認した。左腕ぶっとび、ほっぺたザクリ、右目完全損傷、装甲もあちこちメチャクチャだし、胴体にゴルフボールが通りそうな穴が開いている。右腕も、片手で無理矢理に暴れまわったものだからかなり摩滅していた。
 でもオーダーは果たせた……ハズだ。まあナイトメア退治という絶対しなくちゃいけないことはやりきった。この任務の報酬は、治療費もとい修理費に消えそうな予感はするが……。

「世知辛い世の中だよ……」

 そういえば左腕――と探そうと思って、そうだモグモグめしゃあされてたんだった。あー。パーツがちょっとでも残ってたらと思ったけれど、これは左腕は総とっかえだな。

「うん、ま、いっか」

 しょうがないしょうがない。「腕も回収しなさいよ! 修理できるかもでしょうが!」って博士に叱られそうだけど、「食べられちゃったんだモン無理無理無理」って返せばいい。ロボットの良い所は食費がかからないところだし、その辺で節約すればいいさ! あんまり博士が怒るようなら、このお腹の穴でゴルフでもする? って言ってやることにしよう。いやこれもっと怒られるな。やめとこ。

「じゃー帰るかー」

 何気ない声でそう言って、チハヤは踵を返すのだ。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
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ジャック=チハヤ(la3438)/男/14歳/ヴァルキュリア
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2019年07月02日

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