『玉串納め 』

榊　守（aa0045hero001）

　荒野をぶった切る長い長い道路を、黒いセダンが風を切って走る。榊　守(aa0045hero001)は、白手袋を嵌めた両手でしっかりハンドルを握り、限りなく続く直線道路でも姿勢正しく車を運転していた。普段ならリクライニングをぐっと下げ、窓も開け放って風を受けながら車を転がすところだが、今日は後部座席にイザベラ・クレイ(az0138)がスーツ姿で座っている。そもそもこの車は公務用の車両だ。そんな事は出来ない。
「今回の共同訓練……我々はどの程度のメンツを揃えるべきと思う？」
　書類を見つめながらイザベラが尋ねる。H.O.P.E.ニューヨーク支部で組織された、アメイジングス部隊との共同訓練。最近その力に覚醒したばかりの者も多く、いわば新米揃いなのだ。アクセルを踏む足を緩めながら、守はバックミラーに映る彼女の姿を見遣った。
「こちらも新隊員を中心に編成しながら、２、３人“スイーパー”を混ぜるのがよろしいのでは。多少こちらが胸を貸すつもりで、強めに部隊を編成しましょう」
「そうだな。私も同感だ。少し戦いの厳しさを教えてやるくらいが丁度いいか」
　守がイザベラの下で働き始めてからほぼ1年近くが経った。1人では何にも出来なかった少女と違って、何でも出来る彼女は最初雑務ばかりを寄越してきた。秘書というよりは使用人のような状態だったが、最近では公務の際の運転を任せたり、仕事の相談を持ち掛けてくるようにもなった。守はようやく秘書らしく過ごせるようになったのである。相変わらず愛車の運転は任せてくれないが。
　そのまま30分ほど車を転がし続けていると、ふとセンタークラスターに備え付けられた無線から声が響く。イザベラの第一英雄、ブラックコートの名義上の局長だ。
『近くでイントルージョナー1体の出現が確認された。ワープゲートもないし、俺達の方が距離的には近いが……出場するか？』
「1体ならいい。送り出す人間を選出するだけ面倒だろう。我々がそのまま出向く」
『わかった。とっとと帰って来いよ』
　切れる無線。イザベラは革手袋を嵌めながら、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「さあ榊、とりあえず寄り道するぞ」
「了解です」
　守は再び深くアクセルを踏み込み、荒野の道路を風のように突き進んだ。

　住宅街の中、車や庭の柵を薙ぎ倒しながら1体の巨大な恐竜が走り回る。まるで映画の中の世界である。拳銃を抜き放ち、守はセダンを降りる。その瞬間に、彼方で吼える恐竜の声が聞こえてきた。
「これまたステレオタイプな闖入者が出てきたものですね」
「それならそれで、やる事はシンプルでいい。害獣駆除とやる事は同じだ」
　第2英雄と共鳴したイザベラは、セダンのトランクに積まれたケースを開き、狙撃銃を組み立てて肩に担ぐ。
「さっさと終わらせよう。暴れられるだけ面倒だ」
「了解しました」
　守は銃を構えて走り出す。家の影に隠れながら、こっそりと暴れる恐竜へ間合いを詰めていく。鋼鉄の光沢を帯びた、いかにも固そうな鎧に包まれた肉食恐竜だ。
　口から涎を垂らしながら、餌を求めてずんずんと恐竜が道路を進む。守の目の前まで、恐竜が近づいてきた。両手で拳銃を構え、銃口を中空へ向けて固定する。鈍い足音が近づいてくる。恐竜の巨大な眼が、照準の先を横切る。その瞬間、彼はすかさず引き金を引いた。
　弾ける銃声。片眼を潰された恐竜は仰け反り呻いた。その瞬間、守は通りに飛び出し恐竜の目の前を横切っていく。
「こっちだ、うすのろ」
　叫んで挑発、恐竜は唸り、守へ頭突きを仕掛けようとする。咄嗟に飛び退いた守だったが、その時、スーツの懐から小さなケースが飛び出してしまった。
「やべっ」
　目を丸くし、守は咄嗟にケースへ手を伸ばす。地面に落ちる前に何とか掠め取ったが、既に恐竜は目の前まで迫っていた。
　頭突きが直撃、守は庭の柵まで吹っ飛ばされる。恐竜は吼え、さらに守へ圧し掛かろうとする。咄嗟に身構えた守だったが、恐竜は一歩も近寄らないうちに、脳天を狙撃銃の一発で撃ち抜かれてしまった。
　断末魔を叫びながら倒れる恐竜。ハッと振り向くと、狙撃銃を担いだイザベラが呆れ顔をしていた。
「全く、何をしてる」
「……すまん」



　数時間後、守はイザベラと共にブラックコート本部の屋上に立っていた。夕刻の喧騒が響く街を見下ろして、守は改めてスーツの懐を探る。
「本当は休みの日に手渡すつもりだったが……仕方ない」
　差し出したのは、シルバーで出来た玉串型のペンダント。差し出されたイザベラは首を傾げる。
「これを私に、か？」
「ああ。何だかんだで形のあるものを贈った事は無いと思ってな」
「別に気にする必要もないだろうに。私だってお前に渡しているのは給金くらいのものだ」
　受け取ったイザベラは苦笑した。守も照れくささのあまりちょっと頭を掻いたが、気を取り直して彼女へ向き直った。
「俺の気持ちの問題だ。少し知っておいてもらいたいこともあるしな」
「ふむ？」
「俺の名前は……榊守なんだが」
「知ってる」
　きょとんとする彼女。守は彼女が手にする玉串のペンダントを指差した。
「榊ってのはお嬢がつけた名前でな。由来は神道の玉串に使われる木なんだ」
「『シントー』か。折々の祭りは興味深いが……」
「要するに神への捧げものだから、縁起の良いものだ。お守りと思って持っていてくれると嬉しい。……仕事の邪魔になりそうなものを、イザベラが身に着けるとも思えないしな」
　眼を瞬かせる彼女。しばらくじっと玉串を見つめていたが、やがて微笑む。
「……そうだな。有難く受け取っておこう」
「そして、守の方は自分でつけた。……この世界では、今度こそ大切な物を守るために生きる。守り抜いてみせる。そう決めたからだ」
　真っ直ぐに守はイザベラの眼を見据えた。彼女の手から零れる鎖の先を、そっと守は握りしめた。二人の手が、鎖を通して繋がる。
「今は、その中に私も入っているという事か？」
　イザベラはこっそりと囁く。その声はあまりに小さくて、守の耳には届かない。彼が首を傾げると、彼女は小さく溜め息をついて踵を返した。
「いや何でもない。聞かなかった事にしろ」
「待て待て。それはナシだろうおい……」
　守は慌てて彼女の背中を追いかける。彼女は淡々と応えた。
「公務に戻るぞ」
「それはナシでしょう……ちゃんとお聞かせくださいよ……」
「黙れ。仕事に戻るぞ」
　かくして、二人の日々は今日も過ぎゆくのであった。



　おわり




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
　榊　守(aa0045hero001)
　イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

すこし時間を先に進めて書かせて頂きました。進展は亀の歩み……大分イザベラも気を許すようにはなったかもしれませんね。

ではまた、ご縁がありましたら。

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2019年07月02日