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『反吐が出る話。 』
鞍馬 真ka5819

 ──目覚めるとともに、苦痛が全身を苛む……
「ん……ふぅ……」
 なんてことは、鞍馬 真(ka5819)にとっては別に良くあることに過ぎなかった。
 どこか艶っぽい吐息は、静かに息を吐くことで苦痛をやり過ごすためのもの。穏やかに見えるそこで彼は今冷たい金属棒を全身にねじ込まれるような激痛と寒気を味わっていた。許容量を超えた苦痛を脳が吐き気として処理する。それももうよく知ったことだから、胃からせり上がる感覚をそのまま浅い呼吸を繰り返して沈めていく。
 狂いそうになる痛みと寒気に狂えなくなった頭が、蒼白になった自分を見下ろしながら酷く冷静に思考する。
 身体の痛みなんて。どうでも良いことだった。最悪なんてのは、こんなものじゃない。
「……ぐっ……ああっ……!」
 ──最悪なんていうのは。こういうことを言うんだ。
 うすら笑いすら浮かべて、視線を隣のベッドにやる。伊佐美 透(kz0243)がそこで、低い呻き声を上げ続けている。
 苦痛に小さな身じろぎを繰り返す。抑えられないその挙動が、漏れる声が更なる苦痛を呼ぶのか、整った顔立ちが歪んで形を変え続ける。そこからは脂汗が滴り落ち続けていた。
 ほら。
 守りたくてやまなかったはずのものが。そうやって、そこに。
「うぅ……げぇっ……!」
 吐き気は今度こそは堪えられず、真は咄嗟にタオルで口元を抑えた。胃酸が喉を焼く不快感。だが涙が滲むのはそのせいではない。
「ごめん……」
 言葉は。
 ただ剥がれて落ちたものだった。
 何を意図したものでもない。
 向こうに意識があるのかどうかすらどうでもいいのだから、聞かせたい訳でも聞かれたくないわけでもないのだろう。
「ごめんよ。守れなかった。信じてくれたのに、応えられなかった」
 剥がれ落ちる重みでさらに壁が崩れていくように。言葉はただ、ボロボロと崩れて落ちていった。
「きみを……弱いと感じたことなんて無かった。頼りにしていた。対等で在りたいと思っていた……のに」
 虚仮脅しで覆ってきた脆くて弱い壁が崩壊していく。その向こう、心根は空っぽだと思っていて……顔を出したのは、もっと醜い何かだった。
「なのに。今は守りたいと、思ってしまう。……傲慢、だよね……」
 何だ……これ。
 私が、きみを、何だって?
 ──反吐が出るじゃないか。
 傲慢な上にこの様で何を言うのか。応えなきゃいけなかった。自分に向けられた信頼だった。なのに何一つ応えられなかった。どうすればよかったのか分からなかった。戦い続けて、大精霊の力も得て、それでもすべきことが為せなかった。
 何も変わっていない、成長していない、同じように絶望した一年前のあの時から!
「……はは」
 乾いた笑い一つを上げて、身体を起こす。それによる苦痛よりじっとしている方が拷問だった。
「……次の戦いに、行かないと。失敗は働きで取り戻さなければ」
 そう言い残して、立ち去ろうと、して。
「ちょっと……待って」
 透の声に、縫い留められた。
「依頼に行くのは止めないけど……話しておきたいことがある」
 そうしてそう言われたら、もう逃げるわけにもいかなかった。

「……死ぬかもしれないって。俺が君より弱いってはっきり自覚したら、もう、前と同じようには見られないか?」
「……弱いなんて、言わないでよ。きみの隣で戦ってきた。きみを見てきた。きみたちはずっと、立派に戦ってきた。それが全部私の勝手な幻想だったなんて認めろって言うのか」
「うん。俺自身は何も変わらないつもりだけどな。どうして欲しいかって言ったら、これまで通りだ。状況に合わせて、皆で適当と思える相手と役割を決める。どんなものになっても、俺は俺なりにその中で最善を尽くす」
「今まで通りに……出来るか分からないんだよ。私はきみを侮ったり軽んじたりしたくないんだ。けど……守りたい」
「それもだから……状況次第。『それが必要な相手や状況』だと、きみが判断するかどうかじゃないか」
 言われて、でも、真はすぐには納得できずに俯いた。信じたい。一緒に戦ってほしい。……けど、死なないで。それはきっと無茶なお願いだ。認めたくなくても頭の中で理解しているから、そこで理性と感情がぐちゃぐちゃになる。
「上手く割り切れないのはさあ……分かるんだよ。分かるというか──思い知ってる」
 そうして透は、はっきりと寂しげな声でぽつりと言った。真ははっと顔を上げる。
「──ちょっと違う話だけどさ。まあたまにあったことだよ。『もう違う世界の人に思えるから』って言われて、距離を置かれること」
「……!?」
 それは偶々透の近況を知り試しにと彼の芝居を観に来たかつての知り合いに、たまに起こることだった。そしてそれは、透自身は何も変わってないと訴えても、割り切れない人間にはどうしようもない違和感なんだろうと。
 きっと根底はそれと同じ問題なんだろうと、透は寂しげに微笑する。
「だからさ。逆に俺からしたら、君が大きな戦いで受勲しようが、守護者になろうが、或いはこうやって落ち込んでようが──真は、真だよ。頼りになるでもほっとけないでもない。友人だから、傍にいる。そのつもりで……いたかった、けど」
「け、ど?」
「これも言っておく。真、君は俺に対等と言っておきながら、失敗は預けてくれないよな。もし本当に対等なら、この状況で最初に掛ける言葉は、『ごめん』じゃなく、『私たちはどうすれば良かったと思う?』であってほしかった。俺にも責任があると思って欲しかった」
「いや、だって……でも……」
「無い物ねだりだよ。分かってる。結局、力と立場の差の分、何かあればその結果の責任の多くを君一人で抱え込むんだ。どんな言葉を尽くしても俺はそれを引き取れない。楽しさは共有できても苦しさは共有できない。してもらえない。そんなので友人とか──反吐が出る話だよな」
 失敗の可能性は常にあるからこそ成功は喜びたり得る。失敗の原因から切り離されて考えられるのは、結局勝利の喜びからも隔離されていることに他ならない。
「俺たちは、対等じゃないよ。対等にはなれない」
 与えられているものが違う。立場が違う。そこに目を向けようとしないのは、対等では無く悪平等だ。
「そうして──これも話しておくよ。俺にとって、『俺と居るために何かの感情を我慢される』のは、トラウマ級の地雷だ」
 それから彼は、かつて他の誰かにも語った、かつて付き合った人との顛末を真にも話した。
「だから……良いよ、君も、俺と居るのが辛くなったなら、離れていってくれ。その方が多分……お互いにとって、良い」
 そこまで言って透は、そこで苦痛が限界だったという風に、どさりと再びベッドに倒れ込んだ。反射的に真は駆け寄る。当然彼の全身も急な動きに激痛を訴えるが、そんなことはどうでも良かった。
「長々と……ごめん。依頼、行くんだろ……」
「……そんなことっ! 無理して悪化したんじゃないのか!? 今人呼ぶから!」
「君はさ、そうやって。『失敗を取り戻すため』じゃなくて……『誰かのために』行くんだろ。止めないけど……そこで自分を見失うなよ」
 透はそうして。普段よりずっと青褪めて見える表情で目を閉じた。呼吸は荒くて、額に前髪を汗で張り付かせていた。気持ち悪そうなそれをどうしても置いておけなくて、真は傷に触れぬよう、動かさないよう慎重に濡らしたタオルでそれを拭った。

 ──眠るように横たわる透の傍で、真は暫く、どうすればいいのか分からないまま佇んでいる。








━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
上手く言うべきことが纏められたかは分かりません。ただやっぱり、PCとNPCが真の意味で対等になれるかというと……綺麗事だと思います。
難易度の高いシナリオは、手応えのある状況と、それによる成功に酔いしれてよしいという願いからで、こちらとしても成功を望み、喜びながらリリースしております。
故に失敗はこちらの責任でもあるのですよ、と言っても、成功も失敗も、同じ意味、同じ価値として考えてもらうのは……やっぱり無い物ねだり、なのでしょうかね。
とまれ、そんなわけで何を想うか、どうするかはこれ以上はおまかせします。御無理はなさらぬよう。
そんなこんなも含めて、この世界と皆さんが好きでこちらはやっておりますので。

あ、重体素人と玄人の差には拘りました。重体玄人とは。
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ファナティックブラッド
2019年07月02日

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