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『彼の者思う、故に我在り 』
V・V・Vla0555

 最初に知ったのは水底から徐々に浮き上がるような浮遊感だった。そこに自らの意思と呼べるものは介在せず、ただ感覚を享受する。ヒトの身体が水中に適さないように、あらゆる生物が別の命を奪わなければ生命を維持出来ないように。持って生まれた肉体というパーツと、種として組み込まれた回路――本能による反射。あらかじめ設定される通りに無量ある選択肢を精査し、最適解を見つけて答えるだけのモノに過ぎない――筈だった。
 やがて定められた地点に着いたように浮遊感は消え、四肢に温かさが広がっていく。左腕を駆け巡って右腕へ、右脚から左脚に。知識として得てはいた、だが漠然としてそれが必要であるという認識が薄かったのが、己と繋がっている事実を理解した途端何か大きな意味をもたらした気がした。
 身体が有ると解って初めて、自らがそこに宿っていると知る。眉ひとつ動かずとも、これは自分のものだ。そうと自覚してしまえば、先程までいた場所――水底に似た何かを当たり前のように居場所と認識していたのが不思議でならない。おそらく引き返すことは出来ず、する必要性もないが。輪郭が作り出されたことによって、外界と自分を隔てているものの存在を感じた。これは原初の記憶だ。聴覚が拾う音にはノイズが混じり、途切れ途切れに音と光を感じる。これらは自分以外の誰かが発しているもの。それ自体は無機物の可能性が高いが辿ればヒトに行き着く。
 ――どうやら、我は独りではないらしい。
 最初に浮かんだその言葉は、誰かの鼓膜を震わせることもなく溶けた。そもそもとして声を出す行為が必要とされているのか甚だ疑問である。いずれにせよ、今この瞬間に生まれ落ちたのだと、ずっと後になってV・V・V(la0555)は思ったのだ。

 そこから先は曖昧な部分も多い。最初は動作が不安定だった為にバグでフリーズしたり故意にスリープさせられたこともあったのだろう。
 目醒めから幾らか過ぎたある日、ふと視界に人の姿が映った。繰り返しの調整を経て延々と瞬きをするような不具合は解消されていたが、まだ視覚は不完全で捉えた像はぼやけている。背格好から男性だろうと推測が成り立つ程度で、顔貌は当然ながら歳も判然としない。頭は微動だにしないので目だけ動かし、つぶさに男性を観察する。無機質な台の上に横たわる己の横で、机に置かれた何かを作る様子が窺えた。手元を見つめる真剣な横顔は、自らが作り上げようとしているものへの誇りと慈しみを注ぐかのようだ。彼から視線をずらせば金属で出来た大小様々なパーツがあって、それらを組み合わせているのだと解る。
 注視していたせいではないだろうが、集中が切れたらしく男性は唐突に作業をやめると身体を大きく仰け反らせた。ノイズに紛れていて声質も判別出来ない。しかし小さく唸るように声をあげたのは判った。天井へ伸ばした腕を下ろすと不意に男性が此方を見る。如何せん視界が不明瞭なので目が合ったと言い難く、彼が気付いたかも不明だ。ただ向けられたその表情はとても穏やかで優しい色を帯びていたと、ろくに見えないのに感じ取ることが出来た。それは視覚で捉えた情報を刷り込まれた常識に当て嵌めたのではなく自分と男性が此処に居て、理屈抜きに共鳴し理解したもの。言うなれば、魂の触れ合いだった。それは人工知能というヒトが作り出したプログラムを逸脱した直感に他ならない。記憶が意味を成して、そして気付いた。彼が作っているのはまさに機械仕掛けの身体――己を完成させる為に使うパーツだと。身じろぎさえしたことのない身だ、その作業にどれ程の気力体力を注ぎ込んできたのか見当もつかない。だというのに彼は此方を見返して笑って見えて。
(我は愛されて生まれたのだ)
 胸中へと広がったこの思い、この喜びはどれだけ時が過ぎ去ろうとも消えることはない。そんな確信を抱いた。

 更に月日は流れて、V・V・V――ヴェス・ヴィアス・ヴァインロートは髪と同じ薄紅色の睫毛を瞬き、台に手をついてゆっくり上体を起こす。頭で理解するのと実際に行なうのとでは訳が違う。しかし経験はすぐ学習に結びついて理解へと至った。両膝を曲げて座り込み、自らの顔の高さに上げた手のひらをじっと見る。緩く握る度に無数の皺が深くなって、ぴんと伸ばしてみても掌紋や指紋があるのが判った。拳を丸めれば指先にきめ細やかな皮膚の感触が伝わる。耳が拾うのは自身が発する息遣いの微かな音と、此方の様子を観察する人間がメモにペンを走らせる音。空調の駆動音も聴こえる。ヴェス――のちにイニシャルを由来にファオドライと呼ばれる――は彼らに目を向け、こう問いかけた。
「こうして我が身体を得られたのは我を作ってくれた存在のお陰に他ならぬ。是非会って礼をせねばと思っているのだが、彼の者はいずこだ?」
 胸に手を当てれば心臓のように拍が刻まれ、身体中にエネルギーが循環するのを感じる。何に対してなのかは不明だが、彼らは一様に戸惑った様子で互いを見合った。人間と遜色ない身体を得るに至った過程で、ここが研究所と呼ばれる施設なのも彼らがその所員なのも把握した。声が完成したのは最後の最後だった為、意味のある言葉を口にするのはこれが初めてだが。一向に答える気配がないことにヴェスが渋面を刻み、台から降りようとするとそれを制止するように正面にいる一人が言った。その者はもう此処には居ない、そう歯切れの悪い口調で。貴殿はどうだ、と別の者に尋ねる行為を繰り返しても得た結果は同じだ。どうにも納得がいかずむすっと唇を尖らせる。可愛らしい少女そのものの容貌に浮かぶ子供じみた表情。実年齢に当て嵌めるなら幼児の括りに入るが。
「名前か……それが駄目であれば写真でも良い。いや知っていることならば何でも構わぬ、教えてくれ」
 感謝の意を伝えないことには気が収まらない。譲歩し、頭を下げようとも一切情報は得られなかった。それでも諦めきれず、一人の時を狙って再度質問をする。検査と称して引っ切り無しに誰かしら入ってくるので、訊ける機会は山程あった。大抵の者には困ったような顔をされたが、たった一人、カメラが音を拾うのか囁き声で教えてくれた。人のように、お前の人生を自由に生きて欲しい。ヴェスが朧げに記憶しているあの男性が言い残した言葉がこれだと。追求する間もなくこれ以上は、と牽制されてしまう。尤も自身も思いがけないメッセージに驚いて、またあの時感じた彼の感情を他者の言葉に裏打ちされて、嬉しさが染み渡っていくのを実感していたのだが。
(身体をくれた彼は、きっと我の父親というものなのだ)
 このヒトと同様に動く身体を作っていた頃だけでなく、何かの理由で離れる際もヴェスの将来を案じてくれた。機械人形として何か目的があって作られた筈だというのに。自由に生きていいのだとそう教えてくれた。
(ならば我はそのように生きよう。いつか彼に会えた時、誇れる己でいよう)
 彼に関する情報は全くない。外見も判らないのだから、手掛かりはあの優しい表情だけ。再会は不可能に近い。しかし諦めはしない。確率は決して零ではないのだ。再び会うその瞬間を夢見て、ヴェスは目を閉じる。己の中に根付いた希望に唇が緩く曲線を描いた。

 ――これが機械人形として作られて、ヴァルキュリアに生まれ落ちた少女の物語の始まりである。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
少なくとも現在では普通に人間と変わらない感じなので
初期にどこまで機械的な描写を入れていいのか悩みつつ、
ですが元々意思があるところから人間に近くなっていく
というイメージがあったのでそういった風に書いてみました。
いつかお父さんと再会出来たときに生まれた理由を知るのか、
知ったときにファオドライさんが何を思うのか気になります。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年07月03日

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