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『Largo? 』
グラディートka6433)&雲雀ka6084

 婚約者となってから、数ヶ月が経とうとしている。
(今日は何をしましょうか?)
 真紅の薔薇を贈られてからの半月の方が、落ち着かない日々を送っていた気がする雲雀(ka6084)である。想いを告げる決意を固めるまでは不安定だった態度は、なりをひそめた……と、思う。
 キッチンへ向かう雲雀の傍に先導してくれる者はいない。今までだって幼馴染として行き来は頻繁にあったため、慣れているというのはあるけれど。今の雲雀は誰の案内がなくても勝手に入って構わない、自由に過ごして構わない、ということになっていた。所謂、花嫁修業の待遇である。
 早いうちに婚家のやり方に慣れるべきと言うのが雲雀にメイドとして施された教育の中にあるから、待遇の変化は至極当たり前な事として受け止めている。ただ、いつか……仕えている主人に寄り添いその婚家についていくために教えられたその心構えを、自身の婚姻の為に適応するようになるとは思っていなかっただけで。

「ディ、今日は何を作っているのです?」
 声に振り向けば、雲雀が顔を覗かせている。ちょこん、なんて効果音が似合いそうで本当に可愛らしいと思うグラディート(ka6433)の顔に自然と笑みが浮かんだ。
「餃子だよ〜?」
 言いながら作業台の上を指し示す。皮と具がすべて揃ったところなので、わかりやすいはずだ。一度、使い終わったものを片付けてから、組み合わせて成型する予定。
「それはまた……随分と大掛かりなのです」
 感心しているように聞こえるけれど、どこか呆れている響きが含まれている。グラディートは雲雀の視線の動きを追って、それから答えに行き当たった。種類も量も多いと、そう言いたいのだろう。
「食べたくなったからね〜」
 自分が食べたいものを忠実に再現したくなったわけだから、自分で作るのが一番に決まっている。定番の肉餡だけでも肉の種類と味付けを変えて三種類、野菜類も三種類、芋や南瓜でほっくり仕上げた具も三種類……面白くなってきたので、甘味系はあえて三種類になるよう厳選してある。
 皮の方も調理法に合わせて粉の配合を変えた結果、これまた三種類になってしまった。
「考えたら色々食べしたくなったんだよね。どんな組み合わせがいいかとか、気になったら止まらなくてさ〜」
 丁度休みの日だし、楽しい暇つぶしだよ? そう続けてみたけれど、何故か雲雀の肩が下がっていた。

 普通はそんな理由で、これほどまで手の込んだ料理はしない。確かに食べたいというのも理由にあるからだろうけれど、思い立って急に台所に立つ、なんて素人はやらない。
 グラディートの料理の腕はプロ並みだと周囲は認識しているが、当の本人は未熟だと思ってるのが本当に不思議だ。
 確かに彼の周囲は料理上手が多くて、謙遜せざるを得ないのかもしれないけれど。
(料理上手な夫、と言うのは確かに格好いいのです)
 けれど雲雀は主人に仕えるメイドとして研鑽をつんでいるわけで。家事もいっぱしの腕を持っていると自負をしているわけで。
 そんな自分よりも美味しく料理を仕上げてくる婚約者を内心では羨ましいと思っている。
 とはいってもそれを思い出すのは彼が料理をする時だけだ。なにせ本当に美味しいので、すぐに食べることに気が取られて、感情を長続きさせてなんてもらえないのだ。

「雲雀ちゃんの分もあるからね〜」
 楽しみにしてて。会話をする間もグラディートの手は止まらない。流石に豆を炊くとか、肉をミンチにするなんてところから手掛けたわけではないけれど、刻まなければいけない食材は多かったし、既にまとめ終わっている生地をこねるためのボウルはもう出しておく必要がない。
「なら、雲雀も手伝わせてほしいのです」
 予感はあったけれど、実際に手を貸してくれるのは嬉しい。感謝の言葉はきちんと目を見て伝えようと、器具を洗う手を止めて向き直る。
 作業台は拭きあげられ、スプーンやバット等、これから使うための道具が揃えられていた。雲雀の手にも布巾があるので、この後は洗い物を補助してくれるらしい。
「ありがとう♪ 共同作業だね?」
「ッ!?」
 さっきまで当たり前のようにきびきびと動いていただろう雲雀の顔が、即座に真っ赤になった。ボウルを渡せば、どこかあわあわと落ち着かないようで。
「手が多ければそれだけ早く、別の事が出来るのです!」
 どうにかして照れを隠そうとする、その様子こそ愛しいのだけれど。
(言ったら怒るかな?)
 本気で怒らせるつもりは無いけれど、揶揄いたい気持ちが沸き上がった。

 頬が熱いを通り越して、首が熱いと自覚できてしまう。けれど今は作業台を挟み向かい合って餡を包む作業真っ只中なものだから、顔を隠すなんて出来る訳が無かった。時間が経てばこの熱も収まるはずだと、焼き餃子用の皮を薄く延ばす作業に集中する。
「うん、やっぱり雲雀ちゃんは上手だね〜♪」
 すぐに邪魔が入ってしまったので、少しだけ婚約者の手元へ視線を向けた。
(それをディが言うのですか)
 グラディートの手つきは雲雀よりも達者だとわかりきっていた。その上でこちらの様子も確認できているというのが流石である。
 少しでも追いつきたいと思えばこそ、より集中して……
「いいお嫁さんを貰ったよね、僕♪」
「ディ……ディー!? 気が早すぎるのです!」
 また邪魔が入った。台があってはじめて進められる作業だからものを落とすようなことはないけれど。手元が狂って伸ばしていた皮が破けた。一度丸めてやり直せばいいけれども。
「ふふっ♪ 慌てる雲雀ちゃんも可愛いよね♪」

 普段からメイドとして生活している雲雀は家事全般をそつなく熟すことができる。主家の許可もあってこうして定期的にグラディードの家へ訪問を続けているわけだが、時間の大半はこの家での家事の采配に慣れることが主目的となっていた。
「分かっていましたが、それほどやることが残っていないのです……」
 部屋の設えを覚える、なんて段階はとっくの昔に終わっている。昔から遊びに来ていた場所でもあるのだ。メイドとしての研鑽を積む練習として当時から癖をつけていた。おかげで、季節に合わせた模様替えをその都度確認するだけで済んでしまう。
 今やっているのは、部屋の点検をする程度だ。普段から掃除は行き届いているので、年末などの区切りでもない限り雲雀が掃除に取り掛かることはないのだろう。
 いつか来る夫婦生活の為に婚家の私生活におけるリズムの把握も大切であるけれど、それも幼馴染なら既にわかっていることばかりだ。
 当たり前にやっていたことを、メイドではなく家主一家の一員として熟す。立場の変化という面はあるが、それだって普段から主人一家のふるまいを見ているので困ることはない。
(花嫁修業……です?)
 なんだか、婚約者にご機嫌伺いをしに来ているだけのような。
 一応、新たに教わることはある。婚約者という立場になったからこそ教えてもらえるようになった他家にない特殊な事情だとか、独特の風習の類。時間は多くあるので少しずつ教わることになっているし、教えてくれる相手の都合もあるので、これは毎回の事ではない。
 結果として、改めてやることも、知らなければいけないようなことも、あまりないのが実情だったりする。

「せっかくですから大きなものも洗ってしまうのです」
 提案する雲雀の後ろをついて回ってみたけれど。
「ひとりでやらせてほしいのです」
 すげなく断られてしまった。さてどうしてくれようかと微笑みを浮かべる。
 窓越しに見える雲雀は今、庭で洗濯物を干している。つまりグラディートは離れた場所から見守っているというわけだ。
 雲雀は小柄だから、何をするにしても踏み台を移動させなければいけない。
「結構な重労働だと思うんだけどな。本当、頑張り屋さんだよね♪」

 じっと見つめる先は雲雀の口元。多少の距離はあるけれどいつも見ているのだ、読み取るのは簡単なこと。
「仕事をしている実感が出てきたのです」
 浮かぶ笑顔はとても清々しいもの。雲雀が、メイドの仕事に誇りを感じている証拠だ。
「普段だって働いているんだから。うちに来たときくらいゆっくりしたっていいのにね〜」
 くすくすと笑い声が零れてしまうけれど、この部屋には他に誰も居ないのだから問題はない。そもそも、こうして様子を伺っていることも秘密にしているわけなので。
「花嫁修業だって聞いてるけど。わざわざ必要かな?」
 当たり前だが家事は既に完璧。それだって全て雲雀がやる必要はないのだ。むしろ、やり方を知っている程度でも充分だったりするのだが。
「仕事に関しては、本当完璧主義だよね〜」
 そうやって必死な所は可愛いし、魅力のひとつだと思うけど。実際、周囲からの雲雀の評判はすこぶる良いと言っていい。様々な意味でふらふらしていると評されていたグラディートがついに腰を落ち着けた、その立役者という形で非常に感謝されていたりする。
「僕は一途なんだけどな〜?」
 なんとなく、ではあるが。雲雀に不安らしいものがあるのは感じとっている。
「でもさあ、だからこそ僕と一緒にいるべきじゃないかな?」
 せっかく昼食までは同じ時間を過ごしていたのに。妙に物足りない気分にさせられている。
「……気になっちゃうのも、仕方がないよね?」
 対の紅金はじっと、小鳥を見据えている。

「揶揄われているわけではないとわかっている……のですよ」
 お嫁さん、だなんて。将来をしっかりと考えてもらえている。
 婚約者として互いの家族にも周囲にも示されたことで安心できる状況となり、新しい関係に雲雀が慣れるように心を砕いてくれている。彼のリードはとても心地の良いものだけれど……
「雲雀は、婚約者で、将来の奥さんなのです」
 自分からも妻だと胸を張れるよう、自信がつくようになりたい。

「雲雀ちゃんはさ」
 労いを込めて紅茶を淹れながら語り掛ける。自分の仕事を取らないでほしいと強情な婚約者の口には、余った林檎ジャムを使った蒸し饅頭を笑顔で放り込んだ。座って食べないと行儀が悪いよと追い打ちをかければ、雲雀は渋々と椅子に座った。両手に持って頬張る様子はまさに小動物で、いつまでも見ていられる気がする。
「奥さんの仕事って、なんだと思う?」
「!?」
「あ〜……ごめん、雲雀ちゃん。タイミングには気を付けたつもりだったんだけどな〜?」
 咽る雲雀の背を優しく撫でながら、もう一方の手でグラスに水を注ぐ。
「ほら、これ飲んで?」
 涙目でぷるぷる震える雲雀も可愛いなんて思いながらそっとグラスを近づける。
「……ッ」
「うん、ゆっくりね」
 一筋零れた水滴を視線で追いそうになったけれど、流石に間が悪いなとばれないように視線を逸らす。
「んく……ん」
 一杯を飲み干して、ゆっくりと深呼吸をして。それからやっと視線があわさる。
「ディは、いつも突然なのです!」
 苦しかったのだと睨まれても、怖くはないしむしろ、可愛い。
「ごめんってば」
「反省してる顔じゃないのです!」
「ん〜……まあ、それはほら、雲雀ちゃんが、僕を見てくれたから?」
 目を見開く雲雀を、真正面から見つめる。
「離れられて、寂しかったんだよ?」
「それは……」
「さっきのと相殺で、許してくれる?」
「……仕方ないのです」

「それで、さっきの話だけどね?」
 そっと居住まいを正す君は、どんな顔をするのかな。
「僕が思うに、奥さんの一番のお仕事は、旦那さんを幸せにすることだよ」
 家事だとか役割だとかはどうでもいいと思っているんだよ。
「それでね、雲雀ちゃんが僕の傍で笑ってくれれば幸せ」
 でも、きっと君はそれだけじゃいけないと思うんだろうね。きっと、根っこから染みついている部分なのだと思うから。
 誇りを持った君が好きだけど、君の誇りが無くても変わらず好きだよ。
「更に子供が一緒で、みんな笑顔ならもっと幸せだな〜♪」
 僕自身は絶対じゃないと思っているけれど。君には必要なのかと思ったから。ずるいかもしれないけど。強引に役割を示しておくね。
 子供が産まれるまでは自身がないままじゃないのかな、なんて。そんな可能性に気付いたから。
 皆は僕がついに捕まったなんて言うけど。僕のほうこそ君を捕まえたんだから。
 今日一番の真っ赤な顔で黙り込む婚約者に、そっと声をかける。
「……ねぇ、雲雀ちゃん? ……そんなに、気が早いかな?」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ka6433/グラディート/男/15歳/影格闘士/言葉通り、様子はちゃ〜んと伺ってるよ?】
【ka6084/雲雀/女/10歳/疾霊闘士/順番はっ、どうなったのです!?】

何処までも走り抜けていく日常ですが、頻度高くテンポが変わっていくのです。
特上を数段飛び越えて精製された砂糖で、末永く粉塵爆発していただきたく。
おまかせノベル -
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2019年07月04日

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