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『ドラマの先 』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001

 今日になってみれば、あれは本当にドラマみたいだったなと思う。
 人が流れ行く夜の街のど真ん中、必死で告げた言葉。
『私、リオンが好き』
 それはリオン クロフォード(aa3237hero001)の『俺、ニーナが好きだ』へ対する彼女――藤咲 仁菜(aa3237)がまっすぐ差し出した返答であり、それ以上ないと言い切れる純粋な思いであり、「私でほんとにいいんだよね?」なお問い合わせ。
 リオンは少しびっくりして。泣きそうな顔で笑って。突然巻き起こった事件を凝視する周りの人々を置き去りにして。仁菜へ向かってきて。
 もちろん仁菜も、同じようにびっくりして泣きそうな顔で笑って人々を置き去りにしてリオンへ向かってその首へ思いっきりしがみついて。
『もう放さないんだから』
『頼むからそうしてくれよ。ニーナはすぐひとりで突っ込んできたがるからさ』
 まあ、互いの間に微妙な温度差はあったけれど、ともあれ。
 ふたりはあのときから、共鳴の相方として名前を呼び合う関係から、世界でいちばん大切な人として名前を呼び合う関係になった。


「――はずだよね?」
 仁菜は思わずイラっと漏らし、それに気づいて辺りを見回して、誰にも聞かれていなかったことを確かめて息をついた。
 いけない。ここが普通にカフェだって、忘れてた。
 先日、なかよしな女英雄と訪れて、背中を押してもらった場所。ついあの日のことを思い出したくてやってきてしまったわけだが、さすがにあのときと同じお酒を同じだけ飲むのはよろしくなかったか。
 でも、それしかできないんだからしょうがないでしょ!
 だん! ライムシロップで甘く味つけしたウォッカをスパークリングワインで割った“いつもの”のグラスの底をテラス席のテーブルに叩きつけ、荒い息をつく仁菜。
 店員に荒れているのを察知されたせいで、グラスはやたらと頑丈なやつに替えられている。だからちょっとくらい乱暴にしても割れる心配はない。心配ないのがまた腹立たしくて、それ以上に申し訳なくて……仁菜はもう一度、そっとグラスを置きなおした。

 あれからリオンとはいつもどおりに過ごしている。
 いや、もちろん手を繋いだりはしているし、リオンがやたら荷物を持ちたがってくれたりはするけれども、なんというか、それだけのことで。糖度ぜんぜん足りてないんですけどって感じ。
 それは私も悪いんだよね。でもでもだって、今までだってずっといっしょに暮らしてきたんだよ? 今日から家族ってだけじゃなくて恋人同士! さあ、「それ以上」を始めましょう! なんて、できっこないじゃない!
 なんて、心の中でじだじだしてみたって状況は変わらない。
「私たち、ずーっとこんな普通に続いてって、普通に終わっちゃうのかな」
 それはそれである意味理想なのかもしれない。うん、納得さえできれば。
 問題は、仁菜が納得なんてできるはずないってこと。
 あー、私って実は普通に女子だったんだなぁ。
 必死で戦っていればよかったこれまでは、そんなことに気づく余裕もなくて……ああ、そうか。私って今、そういうことに気づいちゃえる余裕、あるんだ。
 仁菜はため息を酒といっしょに飲み込んで、胸の奥でつぶやいた。
 私ね、リオンとちゃんと恋愛がしたいんだよ。


「……俺、どうしたらいいんだ」
 リオンは今、先に“人生と恋愛のセンパイ”と訪れた創作居酒屋で肩を縮こめ、アメリカンレモネードをすすっている。
 このカクテルは加糖した赤ワインにレモネードという組み合わせで、アルコール度数は3パーセント前後。酒の弱さを自覚している彼の悩みをいい具合に薄めてくれるのがいい。
 いや、悩みを忘れている場合じゃないのだが、それでも、忘れたくなってしまうのだ。なにせ逃げ出したくなるくらいに追い詰められていたから。

 あの夜、リオンは相方だった仁菜へ好きだと告白して、恋人になった。
 でもそれだけだ。ふたりの関係性はなにも変わっていない。
 なるべく気づかっているつもりだけれど、正直なところ、そこからなにをしたらいいかがわからなくて。
 ハグとかはこれまでだってずっとしてたことだし……キスは、そりゃ俺だってしたいけどさ。女子って「そういう気分じゃない」ってあるんだろ? ニーナの覚悟とか決意とかは俺だってわかるよ。でも、そういう気分なんてわかるわけないだろ!?
「そもそもなんだよ、気分ってさ」
 人の心を察する力には自信がある。王子だったらしい過去からしても、多分それだけでやってきたんだろうなと思うし。
 そんな彼が察せられないのはただひとつ、世界でいちばん大好きな女の子の“気分”だけ。
 いちばん大好きだからこそ、なにより大切にしたい。その気持ちが、胸を突き上げる衝動を抑えつけるから――リオンは今日まで「いつもどおり」を演じてきた。
 どうすれば大好きで大切だって伝えながらいつもどおりから抜け出せるんだろうな、
 リオンはやたらと酸っぱく感じる酒で舌を押しつけて、喉の奥でつぶやいた。
 そうだよ。俺、ニーナとちゃんと恋愛したいんだ。


 そうして同じ想いを抱いたふたりは、少しずつ努力を開始した。
「リオン! 手、繋ご!?」
 受け身でいてばっかりじゃだめ! 私からちゃんとリオンに向かってかないと!
 仁菜はロップイヤーを跳ねさせながら真っ赤な手を伸ばしてリオンの手を掴み。
「ニーナ! エコバッグは俺が持つって! 重たくて大変だろ!?」
 リオンは真っ赤な顔でうなずいて、空いているほうの手に買い物袋を提げる。
 勢いが増しただけで、していることは変わらない有様なわけだけれども。
 しょうがないでしょ! だって私、ちゃんと幸せなんだから! なんて言い訳しながらも、仁菜は思ってしまわずにいられない。
 リオンが側にいてくれるだけでいいって思っちゃうんだもん。我慢させてるんだよねって、それはちゃんとわかってる。わかってるんだけど……
 そしてリオンも、あせあせあわあわしながら心の中で叫んでしまう。ちゃんとする気はある! あるんだけどさ! ニーナが手ぇ繋いでくれるって、なんかそれだけでいいやって思っちゃうんだって!
 って、結局俺、足りてないだけなんじゃないのか。大好きなんかよりもっとずっと、愛してるんだって伝える覚悟が。

 かなり深刻な葛藤に苛まれ、ぎこちなく街を行くふたり。
 その耳に、ふと鐘の音が飛び込んできて。
「このへん、教会なんてあったっけ?」
 首を傾げたリオンに仁菜がさらりと応える。
「結婚式場の鐘だよ。結構有名だから」
 そういうことか。リオンは納得しつつ仁菜を窺った。
 鐘の音を追うように視線を空へと向ける彼女。その横顔がやけに綺麗で……思い知る。
 ニーナはもう、かわいくて健気なだけの女の子じゃない。結婚だって自分で決められる、ちゃんとした女性なんだ。
 じゃあ俺はどうだ?
 俺は……王様じゃありえないけど、もう王子様でもない。ニーナを愛してるだけの、ただの男だろ。自分がやらなくちゃいけないことは、自分で決める。だから――

 繋いだ手から、リオンの熱が伝わってくる。
 仁菜にその熱の意味はわからないけれど、それでもたったひとつだけ、わかることがあった。
 リオンはきっと、すごく大事なことを決めたんだ。だったら私は――


 内に仕込まれたライトで下から七色に輝く噴水。
「前に1回来たことあるよね。あのときは水、出てなかったけど」
 なつかしげに言う仁菜へうなずいて、リオンはこのときのために用意してきたハンカチを取り出した。そしてそっと噴水の縁に敷いて、そのとなりに座わる。
「王子様だー」
 仁菜はハンカチの上へしとやかに腰かけ、くすくす喉を鳴らす。
 それがすごく自然で、綺麗で、リオンは思うのだ。ああ、ニーナってなんかほんと、大人になったんだな。
「当然だろ? 元王子様なんだから」
 こちらも合わせてかるく応えておいて、リオンは仁菜の肩に手を置いた。
「思い出した。あのときもこうしてくれたの」
 公園の向こうには、今も変わらず観覧車がゆっくりと円を描いていて、ふたりはなんとない感慨に浸りながらそれをながめる。
「……あれから8年経ったんだよな。俺は自分が変わらない、変われてない気しかしないけど、ニーナは変わったよな」
「そうかな? あ、お酒はね、ちょっと飲むようになったよね。ちょっとだけね」
 ロップイヤーがしおしおして、目が泳いでいるあたりに自覚を感じるわけだが、置いておく。
「すごく思ったりもしたんだ。あのときの約束で、ニーナのこと縛っちゃってたんじゃないかって」
 いっしょに行ってくれるかと訊いたリオンへうなずいた仁菜。それは誓約なんかじゃない約束として、今までずっと果たし続けられてきた。
 でも、わかっている。仁菜が縛られてなんかいなかったことを。ほかの誰でもない、仁菜からの「好き」がもらえたから。
「もしそうだったら、リオンが好きって言ってくれたときわーって耳塞いでたよ」
 仁菜もわかっていればこそ、あえて言葉にする。言葉にしなくちゃ伝わらないんだって、大事な友だちが教えてくれたんだから。
「うん。でもさ、俺はわかってるつもりで、やっぱりわかってなかったんだよな」
 立ち上がったリオンはくるりと振り向き、仁菜に真面目な顔を向けた。
「あのとき俺はニーナと約束して、この前、好きだってちゃんと言って。それで全部やりきった気になってて」
 仁菜の心臓がぎくりと跳ねる。好きだと言われて、いっしょにいられたらそれでいいかなと思ったのは仁菜だ。
 リオンといっしょに恋人っぽくなれる努力はしてきたけれど、それは言い訳だったんじゃないだろうか。努力はしてるんだから、このままでもいいよね、と。
 仁菜はリオンに続いて立ち上がった。
 リオンがここに自分を連れてきたのは、8年前の王子様じゃなくて、今の彼でなにかを伝えるためだとわかるから。
 私も今度こそ、誰かを護りたくて必死なだけだった泣き虫な兎姫を置いていくよ。
 まっすぐ背筋を伸ばして、リオンの顔を見上げる。
 そして。仁菜が心を整えるのを待っていたリオンが、再び口を開いた。
「もう、好きだなんてごまかしたりしない」
 仁菜の前に片膝をつき。
「ニーナ、愛してる。王子様でもなんでもない、ただのリオン クロフォードでしかない俺だけど。それでも俺といっしょに歩む道を選んでくれる?」
 あのときと同じ言葉に今だからこその言葉を添えて、小さな箱を差し出した。
 そっと開けられた箱に収まっていたのは――
「リオン、それ」
 箱の内からリオンの手に移されたプラチナのリングには、仁菜の誕生石でもあるダイヤモンドが輝いていて。
「そんな――ずるい! するいよ――だって――私っ、はいって言うでしょ――わかってるでしょそんなの――それにもう、泣き虫な私――置いて行くんだって」
 見る間に仁菜の両目からあふれ出た涙は、拭っても拭っても止まらない。
 きっと今日、リオンが大切な告白をしてくれるんだと察していた。だから、ちゃんと笑顔で応えられるよう、ここまでちゃんと心の準備を進めてきたのに。
 本当にうれしいことってずるい! こんなにあっさり、私の全部壊しちゃうんだから!
 その間にリオンは仁菜の左手を取り、恭しく薬指へ指輪を通した。
 それがまたぴったり嵌まってしまうのが悔しくて、うれしくてうれしくてうれしくて、仁菜は泣きながら笑ってしまう。
「いっしょにいられたらいいなんて、もう絶対思わない。だって、リオンに選んでもらえたこと、こんなにうれしいんだもん」
 指輪を嵌めてくれたリオンの手を引いて立ち上がらせ、仁菜はその胸に飛び込んだ。
「愛してる、リオン」
「ああ」
「ずっとずっと、ずーっと、いっしょだからね」
「ああ」
 やさしい指で仁菜の髪を撫ぜるリオン。
 仁菜は彼にしがみついたまま。
「今度お返しに、絶対わんわん泣かせてやるんだからね」
 そう、絶対このままじゃ終わらせない。
 リオンのこと、なにがなんでも幸せにしてみせる!
「そこは張り合わなくていいだろ」
 言い返しておいて、ふと笑んで。
「ニーナが泣いてくれたの、すごいうれしかったからさ。もし俺が泣かされたら、そりゃもう最高にうれしがらせてやるよ。今のお返しに」
「え、だめ! 私もいっしょに泣いちゃうから!」
 そしたらいっしょに泣こう。リオンの言葉にまた涙が出てきて。でもまるで嫌じゃなくて。それがまた悔しかったから、仁菜はもっと強く彼を抱きしめた。

 8年前と今が繋がって、さらに続いていく。
 兎姫じゃない仁菜と王子様じゃないリオンが紡ぐ、「大好き」のドラマの先へ。
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2019年07月05日

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